第14話

『スーフィーの寓話』
メヴラーナ ジャラールッディーン・ルーミー

「強欲な一文無し」1

 

家も家族もない一文無しの男がいた。

彼は刑務所の中にいた。冷たい鉄格子の、あちら側に閉じ込められていた。

囚人達に与えられる食事を、彼は途方もなく食べた。彼の食欲のすさまじさに、牢獄の人々の心はカーフ山2のごとく重くなった。かっさらうように全てを食べつくす男を見ていると、何やら胸の冷えるような恐ろしい思いがして、他の囚人達はパンの一口すら食べる勇気も消え失せてしまうのだった。

そこで囚人達は、カーディー3の使者 - この人物は、なかなかに洞察力鋭い男だった - に訴えることにした。「カーディーのところへ行く時には、私達がよろしく言っていたと伝えて下さい。そしてあのひどい男が、どれほど私達を苦しめているかを伝えて下さい。

牢獄にいながらにして放浪者。追従者にして迷惑極まりない男。まるでハエのよう、招待もサラームも無しに、あらゆる食卓で厚かましく振る舞う。六十人分の食事だって、あいつにとっては何ということもない。『もう十分だろう』と声をかけても、聞こえないふりをして食べ続ける。他の囚人達の口には、ほんのひとかけらの食物も入らないという有り様。

食事を交替にしようと申し出たこともあるのですよ。けれどあの男はまるで地獄のような喉元が見えるほどに口を開けて怒り出すのです、 - 神は「食え」4と命じたではないか、と。

こんなことがもう三年も続いているのです - 三年に及ぶ私達の飢餓に、正義をお示し下さい!私達を支配する裁きの主の、影が永遠でありますように!

どうかあの水牛野郎を刑務所から追い出して下さい。それか、あいつに食事の手当を払ってやるなり、公金で賄うなりして下さい。男も女も、あなたの働きあってこそ幸福になるというもの。どうか正義を行って下さい。あなたの助力が必要なのです、どうか私達の嘆願を聞き入れて下さい」。

礼儀正しい使者は、カーディーの許へ行き、挨拶その他諸々と同時に、囚人達の嘆願についてさりげなく話題に忍び込ませた。カーディーは一文無しの男を呼び出した。そして役人達にも命じ、直々に彼について調べ、尋ねた。すると囚人達が述べたという不満の全てが、事実であることが明らかになった。

カーディーは男に告げた、「立て、そしてこの刑務所から去るのだ。全くの一文無しかと思えば、おまえには遺産として所有する小さな家があるというではないか。そこに蟄居しなさい」。

男は答えた、「あなた様の恩恵こそが、私にとっての家であり家族でございます。異教の者にとって現世がそうであるように、こここそが私にとっての楽園です5。もしもあなた様が私を引っ立てて、刑務所から追い出すなら、私はたちまち極貧に陥り、物乞いをする羽目になることでしょう」。

悪魔は「主よ、審判の日まで私に猶予を下さい」6と懇願したというが、この男もまた、悪魔とさほどの違いも無かった。

「現世においては、この牢獄こそが私の居場所なのです。もしも私からこの喜びを取り上げると仰るなら、私をここから追い出すと仰るなら、私は何を仕出かすか分かりません。私を追い出した敵共の、子供の首を刎ねるかもしれません。来世への旅路を歩む旅人達の、一切れの信仰と一切れのパンを、策略と姦計を用いて奪い取るかも知れません。

私は、自分の貧窮を武器にしてやる。時には脅し、時には誘惑し - 女が、編み上げた髪とほくろを用いて誘惑するようにね。そのようなことになれば、嘆き悲しむ人が大勢出てくるでしょう。そして一斉に、怒りの抗議をあなたの許へ持ち込むことでしょう」。

カーディーは言った。「おまえが一文無しの破産者であることを証明してみせよ」。「他の囚人達にお尋ねください」、彼は言った。「彼らが、私の証人ですよ」。カーディーは答えた、「囚人達はおまえに不信感を抱いている。おまえのために血を流し、おまえから逃げ出したがっている。おまえを追い出してくれ、助けてくれと訴えているのも彼らなのだよ。囚人達は当事者だ、従って彼らの証言を採用することは出来ない」。

法廷にいた全ての人々が口ぐちに騒ぎ立てた、「そいつは一文無しの破産者ですよ、持っているのは返しきれない借りばかりだ。私達が証人になります。そいつは堕落した背徳者です」。

そこでカーディーは言った、「彼を連れて市内を一巡せよ。ここに住む者全てに男の顔を覚えさせ、『この男は一文無しの悪党だ』とふれてまわれ。商いをする者は、この男につけ売りをしてはならない。金貸しをする者は、この男に銅貨一枚も貸してはならない。この男が詐欺を働いたなら、それがいかに些細なものであろうとも、私は彼を再び牢獄へつなぎ7、生涯を格子の中で過ごさせる。

彼が一文無しであることは明白だ。彼は何ひとつ持たない男だ。彼には支払う金も無ければ、売りさばく品も無い」。

奇妙な見世物8が始まった。誰かが、普段は薪売りのクルドに飼われているラクダを連れてきた。男は大声でわめいて抵抗した。警吏をおだてたり、錆びついた呪いの贈り物9を差し出したりもしたが、どちらも無駄なあがきだった。怒れる飢餓10はラクダに乗せられ、ラクダの飼い主がその後に続いた。全ての住人達に知れ渡るよう、区画という区画を、通りという通りを彼らは練り歩いた。

テュルクとクルド、ギリシャとアラブの者達の中から、とりわけ美声を持つ者が、列に加わり大きな声で宣言した -

 

この男は一文無し!この男は一文無し!

この男に、びた一文でも貸してはならぬ!

逆さにしても裏返しても、ノミの一匹すら持ち合わせておらぬ!

一文無しの破産者、嘘つきのごろつき、役立たずのアブラムシ!

ご用心!ご用心!この男と取引してはならない!

この男が雄牛を売りつけに来たなら、

あなたの財布の口をきつく閉じよ!

再びこの男が法廷に連れだされたなら、

それがこの男の命尽きる日となろう!

 

- すっかり日も暮れた頃、一文無しはやっとラクダから降ろされた。

ラクダの飼い主のクルドが言った、「おれはこれから、ずっと遠くのおれの家まで帰らなくちゃならない。あんたは朝から一日中おれのラクダに乗っていた。大麦を買えとは言わないが11、せめて干し草の分くらいは払ってくれよ」。

「おやおや」、一文無しは言い返した。「今日の一日中、私ら全員が一体何をやっていたと思っているんだね。あんたにはものを考えるってことが出来ないのかね。それとも、頭の中がお留守なのかね。私が一文無しだってことは、一番高い天の、そのまたてっぺんまで知れ渡ったはずだが。すぐ近くにいたおまえさんに、報せは届かなかったとでも言うのかね。

おまえさん、ラクダを貸せば金が入ると思ったのかい。そういう愚にもつかないそら頼みが、大事なことから耳を塞いでしまうんだよ。教えてやろう、お若いの。人の耳っていうものは、自分に都合の悪いことは聞かないように出来ているんだよ」。

 


*1 2巻585行目より。

*2 イスラムの伝統的解釈によれば、世界はカーフの山々によって取り囲まれている。誰も頂上に到達出来ないほどの高い山とされている。

*3 裁判官、司法官の意。

*4 コーラン7章31節:「食べよ、そして飲め。」(ただし同章同節はその後に「しかし度を越してはならない。神は度を越す者を愛したまわない」と続く)

*5 預言者ムハンマドは「不信の徒にとり現世は楽園である」と述べた、という伝承がある。

*6 コーラン7章14節:「彼は言った、『彼ら人間どもが復活させられる日まで、私に猶予を与えて下さい』。」

*7 イスラム法的には、債務超過が証明された場合、債務者が禁固刑に処される可能性は取り消される。

*8 破産者である一文無しの男を連れて市内を練り歩く行列を指している。

*9 「呪いの贈り物」賄賂の意。

*10 「怒れる飢餓」一文無しの男を指す。

*11 「大麦を買えとは言わないが」全額支払えとは言わないが、の意。