第16話

『スーフィーの寓話』
メヴラーナ ジャラールッディーン・ルーミー

「熊を信じた男」1

 

昔々、竜が熊に襲いかかり、その顎で今まさに食おうとしていたと思いたまえ。

そこへ勇ましい男が登場し、竜を倒して熊を助けたと思いたまえ。

間一髪のところで助かったこの熊は、あたかも『七人の眠れる若者』2の番犬のように、命の恩人の後を追って離れようとしなかった。竜と戦って熊を助けた男は、さすがに疲労困憊し、休息を取ろうと体を横たえた。熊は忠誠心を働かせ、横たわる男の傍で寝ずの番を勤めた。

するとそこへ一人の賢者が通りかかり、男に尋ねた。「一体、これは何ごとか?兄弟よ、きみはこの熊をどうするつもりなのか」。男は、竜から熊を助けた冒険について賢者に語って聞かせた。「馬鹿な!」、賢者は言った。「熊に心を預けるなど、絶対にするものではない」。

それを聞いて男は考えた。「ふん。嫉妬しているに違いないぞ」。そこで彼は大声で言い返した、「ごらん、この熊がどれほど私になついていることか!」。「もちろん、良くなついている。しかし『愚者の愛は虚偽の愛』とも言うぞ。愚者の愛よりも、私の嫉妬の方が君にとってはよほど役に立つはずだ。熊を追い払い、私と一緒に来なさい。熊と友誼を結ぶのはやめておけ、きみと同種の者の言葉を聞け、同種の者を裏切るような真似はするな。

それともきみは、私が熊に劣ると思うのか?私がきみの仲間になろう、だから熊の仲間になろうなどと考えるな。私の心は、きみを案じて震えている。このような熊と、森へなど決して入ってはいけない。私の心がこれほどまでに騒ぐとは、今の今まで一度も無かった。これぞ神の光というものだろう、決して大げさに言っているのでも無ければ、こけおどしで騒ぎ立てているのでもない。

聞いてくれ、私は神を信じる者、そしてこれぞ神の光3だ、 - ご用心、ご用心!それより先へ行ってはいけない、その寺院は炎に包まれている4。引き返せ、今すぐにだ!」。賢者は強い調子でそう語りかけたが、彼の耳には何ひとつ入らなかった。疑念は厚い壁である。人と人とを、これほどまでに隔ててしまうのである。「あっちへ行ってくれ」、男は言った。「邪魔をするな、おしゃべりなやつめ。お説教の押し売りはやめてくれ」。

賢者は答えた、「私は決してきみの敵ではない。私を助けると思って、どうか私と一緒に来てくれ」。「疲れているし、眠いんだ」、男は言った。「放っておいてくれ。熊よ、行くぞ!」。立ち去る男の後ろ姿を見送りながら、賢者は仕方なく今までと同じように一人で歩くことにした。何度となく振り返りながら、彼は祈った、 - 「神よ、ご加護を!」。

熊のとなりに横たわり、男は深い眠りに落ちた。男のとなりで寝ずの番をしつつ、熊は飛び回る蠅を追い払った。追い払っても追い払っても、蠅はすぐに戻ってきて、眠る男の顔にとまろうとする。熊は何度も蠅を追い払ったが、蠅もまた何度でも戻ってくるのだった。繰り返すうちに熊はだんだんと蠅に怒りを覚え、ついに限界に達してしまった。熊はその手に石を握りしめた。

再び、蠅が飛んできて、「ここはおれの居場所だ」と言わんばかりに男の顔の上にとまった。熊は握りしめていた石 - 石臼ほどの大きさの - を、自分の友の顔の上にとまった蠅めがけて勢いよく振り下ろした。蠅はつぶれて死んだ。男の顔は砂よりも細かく砕け、世界中にこのような格言をまき散らすことになった -

熊を信じた男

愚者の愛は熊の愛

熊の愛は愚者の愛

愚者の愛は憎悪ともなり

愚者の憎悪は愛ともなる

 


*1 2巻1932行目より。

*2 『七人の眠れる若者』コーラン第18章に登場する。ローマのデキウス皇帝支配下における迫害を逃れ、洞窟に隠れたとされるキリスト教徒の若者の伝説「エフェソスの七人物語」にも関連する。七人は洞窟の中で三〇九年間眠り続けたとされる(同章25節)。彼らに同行していた犬(同章18節、22節)はアル・ラキームと呼ばれていたとする伝承がいくつか残されているが、これが真実かどうかは疑わしい点が多い。

*3 預言者の伝承。

*4 「炎に包まれた寺院」すなわち、願望や欲望を祭壇に供えてこれを崇めること。