試訳:書道に関するアフォリズム

書道に関するアフォリズム

The calligraphy of Islam: Reflections on the state of the art

Mohamed U. Zakariya

 

美しいカリグラフィとは

植物ならば、それは花
鉱物ならば、それは金

食物ならば、それは甘く
飲物ならば、それは純粋

(Ahmad Ibn Ismail:アフマド・イブン・イスマイル、美しいカリグラフィを評して)

 

筆が泣けば・・・

筆が泣けば、紙は微笑む。

(Al-Attabi:アル・アッタービー、詩人。左に向かうストロークを書き進める際に、葦の筆がきしんでまるで泣き声のように聞こえる様子を評して)

 

カリフが仰るには

インクは闇夜のごとく黒いが、
(書かれた文字は)星のごとくきらめく。

……諸外国の王侯が、彼らの格言とやらを我らに送り届けたいのであれば、その前に我らの有する書体のうち、どれによって書きたいのか、と問うてやれ。どれでも好みの書体を選ばせてやれ、その高貴さを思い知らせてやれ。

(the caliph Al-Ma’mun:アル・マームーン、アッバース朝第7代カリフ。学芸を重んじ、ギリシア語古典哲学文献のアラビア語へ翻訳を推奨した人物)

 

誰かが言うには

筆というのは、空っぽで中身など何もない愚か者のくせに
口を開けば、知恵のある言葉を次から次へとしゃべり出す。

(無名の誰かが語った詩)

 

道具の手入れ

カリグラフィとは、精神の幾何学である。ただし精神の幾何学を実践するには、道具を必要とする。筆の手入れを怠るな。いつでも心を込めて作り上げ、良い状態に保っておけ。良い筆を作ることができれば、カリグラフィの仕上がりもよくなる。だが筆を軽んじれば、おまえはおまえの精神を軽んじたことになる。そうすれば、カリグラフィもおまえを軽んじるだろう。

(Yaqut Al-Mustasimi:ヤアクート・アル=ムスタスィミー、偉大な書道家の一人)

 

ペンは剣よりも強し

若者よ、おまえに勇気があるというのなら
栄光と勝利をわがものにしたいと望むなら
剣を捨て、剣よりも高貴な筆を武器とせよ
いつの時代でも筆よりも強い武器などない
神でさえわれらの運命を筆にかけて誓った

(Abu Al-Fath Al-Busti:アブー・アル・ファス・ル・ブシュティー、詩人)

 

ていねいに書きなさい

……本日、貴殿よりの嘆願書を拝受した。だがわれわれは読みながら何度もつっかえ、読了するために多大なる労力と苦痛とを強いられた。貴殿の書く文字の何たる粗雑なことか。いったい貴殿は何を意図しておられるのか。貴殿が真実を述べているとするなら、真実が貴殿の筆を助けるはずだが。

文字は美しく書くべきだ。美しく書かれた文字は、書いた本人にとって栄誉であるばかりではなく、書いた本人をも美しく見せ、願望をかなえる糸口ともなる。……

貴殿の真実をわれわれに知らしめて頂きたい。われわれに嘆願書を再度お送り願う、ただし次回は美しく書いて頂きたい。その時には、友よ、われわれは必ずや貴殿の味方となろう。……

(ヤフヤ・イブン・サイード。イブン・ターヒルから届いた嘆願書に対して送った返信)

 

Rの韻詩

慈愛あつく慈悲深い神の御名において。
旅は常に神の御許に始まり、神の御許に終わる。

技術の向上を願う者よ、
作品の美しい仕上がりを望む者よ。
祈れ、君の書道に対する心情が真実ならば。
神は仕事を容易にして下さるだろう。

まずは全ての書体を学び、習得せよ。
書体のひとつひとつは、まるで生きている財宝だ。
汚れたインクの染みですら、
細工師の首飾りのように変化させるだろう。

筆を作るには、注意深くなくてはならない。
太すぎず、細すぎず、中ぐらいの軸を選べ。
まずは筆の両端を見比べて、どちらかを選べ。
選んだなら、そちらをほっそりと削り上げよう。

うまく削れたら、長くもなく短くもなく、
中心へ向かって、切れ込みを入れよう。
切れ込みは軸の中心まで入れよう、
均整の取れた文字を書くためにも。

筆は紙の上では定規ともなる、
筆の直径はそのまま線の直径となる。
削り終えたら、筆先を仕上げよう、
ほんの少し、まるみを帯びた筆先が良い。

紙に向かう面に、曲線を与えよう、
だが大き過ぎても、小さ過ぎてもいけない。
これらの全てを、完璧な外科医の施す手術のように、
仔細を点検し、不具合のないことを確認しよう。

最後の最後に、筆の先端に取りかかろう、
筆に命を与えるのだ、これこそが仕事のすべて。
直線と、曲線の中間を取って仕上げよう、
尖り過ぎても、丸みを帯び過ぎてもいけない。

けれどこれ以上は教えられない、私の秘密だからだ、
私にだって、守らねばならない秘密ぐらいはある。
だからこの先は自分で探せ、
探せば案外簡単に知れてしまうことだ。

煤のインクで君のインク壷を満たし、
酢、あるいは酸っぱい葡萄の汁を少し足そう。
砒素と、しょうのうを混ぜ合わせた赤い粉、
これもほんの少しインク壷に入れよう。

インク壷の中味が熟成したら、さあ、紙の準備だー
よく吟味して選べ、混じりけのない、なめらかに磨かれた紙を。
切り揃えたら、重しをして油断することなく管理せよ、
しわや折り目のつかぬよう、変色など決してさせぬように。

飽きず眺めていられるような、一生の手本となる書を入手せよ。
好みにかなった良い手本ならば、技術ばかりではなく
忍耐と努力をも身につけさせてくれるだろう。
忘れるな、忍耐強い者のみが望みをかなえるということを。

がっしりとした文机を用意しよう、
揺れたり、倒れたりしないように、必要ならば修理を施せ。
用意できたら、さあ、右手を体の正面に構えていよいよ書き出せ。
忘れるな、勇気ある者のみが結果を手にするということを。

さて、君はようやく入口に立ったばかりだ、
惨憺たる出来栄えであっても、恥じることはない。
初めての書を、素晴らしく上手に書けた者など一人もいないのだ、
初めての仕事はつらいもの、それから少しづつ慣れるもの。

喜びはいつでも、苦しみの後を追いかけてくるもの。
やがて思い描いていた通りの完成にたどり着いたとき、
君はどれほど誇らしく、どれほど幸福な気持ちになることだろう。
そのときは、神に感謝を捧げるといい。

感謝する者を、神は愛し給うだろう。
そのあとは、ただ神の望まれるままに歩むといい。
君は君自身の手に満足するだろう、君と共によく忍耐し、
美しく書けるようになった君の指に満足するだろう。

まぼろしの宮殿に飾られた、まだ見ぬ美しい書の数々。
君の手と指が、それらを君へと届けるだろう。
明日の君の姿を、今日までの君が作り上げている、
人はみな明日という日に、自分が作り上げた全てを見る。

人という人はみな書道家だ、やがて時は満ちて、
各々の行為の筆が記した、一冊の書物を受け取るだろう。
預言者ムハンマドに平安あれ、
暗い夜空を照らす、輝く星のあらんことを。

(ブン・アル・バッワーブ、偉大な書道家の一人。生涯にコーランを64回筆写した。「道具の手入れの書」を記したアル・ムスタスィミーの孫弟子。アル・バッワーブに直接手ほどきをしたのは、ムスタスィミーの弟子にあたる女流書道家だった。)

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