鷹がアヒルに「水辺を去って草原に来たれ」と勧める話

『精神的マスナヴィー』3巻
ジャラールッディーン・ムハンマド・ルーミー

 鷹がアヒルに「水辺を去って草原に来たれ」と勧める話

鷹がアヒルにこう言った、「水からあがって来てはどうだい、甘くかぐわしい草原を楽しんでみたらどうだい」。けれど賢いアヒルはこう答えた、「立ち去れ、鷹よ。水辺はわれらを守る鎧だ。われらのやすらぎもよろこびも水辺にこそある」。悪魔とはこの鷹のごときもの。急げ(急いで自らを守れ)、おお、アヒルたちよ!用心せよ、おまえたちを守る砦、その水辺から離れてはならぬ。

435. 鷹に告げよ、「去れ、去れ!われらから遠のけ!親切な忠告者どのよ、われらの頭上におまえのそのかぎ爪を近づけないでもらおう。おまえの招待状は受け取れない。この招待状はおまえがおまえのために取っておけ。おまえの言葉に耳を貸す気はない、おお、不信の輩よ!われらにはこの砦(水辺)があり、われらにはこれで十分だ。だから砂糖も砂糖きび畑も、おまえのために取っておけ!おまえからの贈りものなど欲しくはない、おまえのために取っておけ!いのちがここ(肉体)にあるうちは、食べるに欠くこともないだろう。軍勢がここ(地上)にあるうちは、旗がついてまわるのと同じこと」。しつこく手に負えぬ悪魔のごとき田舎の男相手に、慎重なフワジャはあらゆる弁解、あらゆる口実を披瀝してみせた。

440. 「今はちょっと都合がわるい」、彼は言った、「大事な用があって手が離せない。わたしがあなたのところへ出かけてしまっては、片がつかなくなってしまう。扱いの難しい用を王に命じられてしまっていてね。これを済ませないことには安心して夜も眠れないとの仰せだ。王の命令とあっては無碍にはできぬ、王に対する面目が立たぬ。毎朝毎晩、策を求めて王の使者がわたしのところへやってくる。王がお怒りゆえに御眉をしかめると分かっていて、みすみす田舎へ出かけてゆくのが正しいと思うか?

445. そんな過ちをお菓子た後で、どうして王のお怒りを和らげられようか?当然、わたしが生き埋めにされる他はないだろう」。彼は幾百となくこうした言い訳をしてみせたが、そうしたその場しのぎは神の意図したもうところにはそぐわぬものであった。たとえこの世のあらゆる原子が逃亡を企もうとも、天の命とあっては無駄なこと、無駄なこと。どうして地が天から逃れられよう、どうして地が天から身を隠せよう?地にあるものならば何であれ、それらは天から下されしもの。逃げ場もなければ隠れ場もない。

450. たとえ太陽の炎が大地に燃えうつったとしても、大地はこうべを垂れて抗うことなく黙って受け入れる。そしてまた、たとえ雨が降り注ぎ大地の上に立ち並ぶ都をなぎ倒したとしても、(大地は)黙って受け入れる、「何であれ思し召すままに –– わたしは囚人に過ぎぬ」。ああ、大地の一部たるあなたがたもこうであれ。こうべを上げて歯向かおうとするな。神の命が下されたなら、抗って逃れようとしてはならぬ。あなたがたも「われらがおまえたちを土から造っ(コーラン22章5節)」たと(の御言葉を)聞いただろう。御方は、われらに大地と同様の謙譲と服従を望みたもう。(御方から)顔をそむけてはならない。

455. (神は告げたもう、)「見よ、われがどのように大地に種を蒔いたか。汝らは大地の塵である。その塵を、われはどれほど尊きものとしたことか。汝ら、今いちど大地の謙譲に学べ。汝らが謙虚であるかぎり、われは汝らを誰もが従う王の中の王となそう」。水は高きから低きへと流れる。そして再び、低きから高きへと帰ってゆく。小麦は大地の上から蒔かれて地中にもぐり、それからたちまち地上に戻って育ち麦穂となる。あらゆる果物の種子は地中にもぐる。大地の下に育った根から、大地の上に新たな芽を出す。

460. あらゆる祝福の源泉が天から地へと下され、純粋な精神の滋養となった。謙虚さゆえに天から地へと下ったそれらが、価値ある人の血肉となり生命となる。(雨や太陽といった)無生物が、人間という生物の質に変化する。「われらは生命の領域から降りてきた。そして今、低きところから高きところへ帰りゆく」。こうして彼らは喜びと共に最も高い天に向かって飛び立ってゆく –– あらゆる原子が、動くものも動かぬものも絶えず告げる –– 「われわれはなべて神のみもとにかえりゆく(コーラン2章156節)」。

465. 隠された原子たちのズィクル(唱念)とスブハー(称賛)は大気を満たし天空にも達する。(神の下したもう)天命がそれらの合間をくぐり抜けるとき、幻惑の魔法が働いたのか、田舎の男が都会の男に王手をかけた。ありとあらゆる方策を講じたにも関わらず、(都会の)フワジャは王手をかけられた。そしてこの気の進まぬ旅により、彼は災厄のただ中へと落ちてゆくことになる。彼が恃みとしていたのは、彼自身の精神の堅固さであった。確かに堅固たること山のようではあった –– ただしさざ波が寄せれば崩れてしまう程度の。天より下された天命がその姿をあらわにするとき、いかなる賢者であれ目も耳も塞がれてしまう。

470. 魚たちは海を飛び出し、空を飛ぶ鳥たちも情け容赦なく罠に捕えられる。ジンや悪魔どもでさえ瓶の中へ逃げ込む。否、ハールートですらバビロンの坑へと自ら飛び込む。(全てが消え失せ、残るは)ただ天命にすがる者、天命を拠り処とする者のみ。運命を受け入れてこそ、人は運命から自由になれる –– そうなればたとえ星々が凶兆の角度を示しても、血のひとしずくさえも流せない。救いは天命そのものの裡にある。解放を望むなら天命をあるがままに受け入れよ、それがどのような策よりも優れている。