「ラッバイカ」

『ルーミー詩撰』
メヴラーナ ジャラールッディーン・ルーミー

「ラッバイカ」 1

 

夜、その男は一心に神を念じていた。 –– 「アッラー!」
繰り返される御方への賛美で、彼の唇は甘く熟した。

–– 何とまあおしゃべりな男よ。

話しかける者があった。悪魔である。

–– 「ラッバイカ」とのお返事はどこだね。
アッラー!アッラー! おまえが幾度呼んだところで、
玉座からは一度も、「ラッバイカ」と返ってきやしない。
いつまでアッラーを呼ぶつもりだね、そんな厳しい顔をして。

すっかり心を砕かれた男は、あきらめて横になり眠りについた。
すると夢とも思えぬ鮮やかさで、ハディルが顕われた。2

–– おまえに問う、何ゆえに神への賛美をためらうか。
何ゆえに悔やんで悲しむのか、かれの名を呼び続けたことを。

男は答えた。
–– いいえ、ただ「ラッバイカ」とのお返事が頂けないものですから。
開かぬ扉を前にして、立ち去るべきかと思ったまででございます。

ハディルは答えた。
–– それは違う。聞け、あの方からの伝言だ。

 

おまえが「アッラー」と呼べば、
それがわれの「ラッバイカ」である。
おまえが胸に抱く想いも嘆きも憧れも、
おまえの胸にあっておまえのものではない。
それらは全てわれよりの使いであると知れ。
おまえの畏れ、おまえの愛が、
われの好意を捉える投げ縄となる。

見よ、おまえが送り届ける「アッラー」のひとつひとつに、
われからの「ラッバイカ」がひそませてあるのを。

 


1. 『精神的マスナヴィー』3-189. 無心で神を祈るとは、神の眼前に在るということである。無心で神を祈ることそれ自体が、祈る前から用意されていた神の返答である。

2. ハディルという名でよく知られる謎に満ちた神秘的な聖人。様々な形をとってモスレムの伝説に登場する。詳細は『イスラム事典( Encyclopaedia of Islam )』参照。詩句中の「鮮やか」は、字義的には「緑の男」を意味する彼の名と、精神的生活やその成長への彼の関与を暗喩している。

 


邦訳者註:「ラッバイカ( labbayka )」=「われここにあり」「わたしはここにいます」。