音楽の記憶

『ルーミー詩撰』
メヴラーナ ジャラールッディーン・ルーミー

音楽の記憶 1

 

ある人は言う、私たちの耳を心地良くくすぐるナイもリュートも、
突き詰めればその旋律は、回転し続ける宇宙より受け取るのだと。

だが信じる者は、あらゆる定理と推論とを軽々と跳躍してしまう、
そして宇宙に響く音という音を、甘くするものは何なのかを知る。2

私たちアダムの末裔は、かつて彼と共に天使たちの音楽を聴いた。
今となっては、はるか昔の遠い記憶もほころび破けているものの、
それでも耳の奥底に残っている、地上の何ものとも無縁の残響が。

ああ、音楽こそは聖なる晩餐、愛する者全ての血となり肉となる。
音楽が鳴り響けば、魂は天上の記憶を恋い焦がれて高みを目指す。
灰という灰は光り輝き、魂の奥底に不可視の炎が火の粉を散らす。
私たちは音楽に耳を傾け、歓喜と平安をその舌に味わって満ちる。

 


1. 『精神的マスナヴィー』4-733. イスラム哲学・詩文学において、有名なピタゴラスの理論はほぼ自明の理として扱われる。以下、バスラに本拠地を置く「純粋の同胞団( Ikhwanu ‘l-safa )」による一文を引用:「……天球が回転すれば、惑星やその他の星座群もそれに従い連動するが、その際にはある一定の音階による旋律が発せられる。旋律は惑星と星座群による神への賞讃であり、天使たちの魂を楽しませる。その残滓は地上に住まう私たちの耳をも捉えるが、それこそが音楽と呼ばれるものである。その際に私たちの魂もまた音楽を聴くが、魂は地上の音楽の向こう側に天上の楽園と、そこに住まう魂にのみ許される、尽きることのない歓喜を思い出す。それで私たちの魂は、地上から天空を目指して飛び立ち、かつての仲間たちに再会することを切望するのである」。

2. 音楽が人間の精神活動に与える影響は、スーフィーたちに魂の先在を連想させた。音楽に耳を傾けるとき、すべての人間の魂は永遠について思いを馳せる(コーラン7章171節)。かつて聴いた神の声を再び聴き、天空の主の祝歌を思い出すのである。

7-171. われらがあの山をあたかも天蓋(てんがい)のように彼らの頭上でゆさぶり、それが自分たちの上に落ちてきそうに思われたときのこと。「われらがおまえたちに授けたものをしっかと受けとれ。その中にあることを記憶せよ。おそらく、おまえたちも畏れかしこむだろう」