年表・The A to Z of Sufismから (6)

何事もなかったかのように、前回からの続きです。

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1140/534 アブー・カーシム・アフマド・アッサマーニー没。ペルシャの神秘詩人。 散文・詩文を取り混ぜた革新的な書『精神の安息』著者。ユースフ・ハマダーニー没。中央アジアに影響を与えたペルシャ人シャイフ。

1141/536 アフマド没。ジャーム出身で霊性に関する複数の著作がある。イブン・アル=アーリフ没。イベリア出身の著述家。Mahasin al-Majalisの著者。
1153/548 聖ベルナルド(クレルヴォーのベルナルドゥス)没。修道制度の改革者。

1157/556 バフラームシャー・イブン・マスウード没。ガズニー朝のスルタン。 サナーイーは『真理の園』第十章を彼に捧げている。

1166/561 アブドゥル・カーディル・アル=ジーラーニー没。有名なスーフィー説教師、最初の公的なスーフィー教団とみなされるカーディリー教団の名祖。

1168/563~4 アブー・アン=ナジーブ・アブドゥル・カーヒル・アッ=スフラワルディー没。 ペルシャ人シャイフ、著述家。アフマド・アル=ガッザーリー、ナジュムッディーン・クブラー、アブー・ハフス・イマル・アッ=スフラワルディーらを教えた大学者。スーフィー探究者の心得書Kitab adab al-muridin(弟子の徳)の著者。

1182/578 アフマド・アル=リファーイー没。イラク出身のシャフィーイー学者、リファーイーヤ・タリーカの創始者。

1191/587 シハーブッディーン・ヤフヤー・アッスフラワルディー没。「Maqtul (殺された者)」。照明学の生みの親。神知学、思索的スーフィズムの分野に影響を与えた。

1189/585~1192/588  第三次十字軍。アッカ(アッコン)の戦いとそれに続く休戦により、キリスト教徒のイェルサレム入場が可能になる。

1193/589 サラーフッディーン(サラディン)没。クルド人スルタン、アイユーブ朝の創始者。スーフィーとデルヴィーシュの庇護者であり、獅子心王リチャードを相手に十字軍と戦った英雄。

1197/594 アブー・マドヤーン没。トレムセンのスーフィー聖者。多くの門下生を集めた。おそらくアブドゥル・カーディル・アル=ジーラーニーの弟子であったと考えられている。

1198/594 コルドバのイブン・ルシュド(アヴェロエス)没。アラブの最も偉大なアリストテレス注釈者。ガッザーリーによる対哲学者の議論に反論した。モロッコのベルベル人によるマラケシュのアルモハド朝(ムワッヒド朝)の宮廷医師も務めた。

12/6世紀後期 コルドバのファーティマ没。イブン・アラビーに精神的導きを与えた女性指導者。イブン・ムナッワル没。ペルシャ人の伝記作家。

13/7世紀 劇的な政治的変化の時代。モンゴルがアジア全土を席巻し、ヨーロッパ深部に来襲。破壊と荒廃のこの期間が、神秘主義的活動の急増と手堅い成長をもたらす。イスラム世界における神秘主義的著述の最高峰の数々が書かれたのもこの時代である。インドでは複数の教団が確固とした基盤を築き、またエジプトでも教団が複数、新たに誕生している。サリ・サルティク没。ビザンチン帝国と戦ったテュルク系のデルヴィーシュ戦士。

1200/596~7 イブン・アル=ジャウズィー没。スーフィズムに関して慎重な見解と保留を示したことで知られる神学者。

1204/601 第四次十字軍。ラテン軍によるコンスタンティノポリ略奪。コルドバのマイモニデス没。偉大なラビ、神学者。

1206/602~1296/696 デリーに奴隷王朝(マムルーク・スルタン朝)勃興。北インドにおけるムスリムの支配力を確立した最初期の政治体制。

1206/602~3 クトゥブッディーン・アイベク没。アジュメールのスーフィー廟の庇護者。

1209/606 イルヤース・イブン・ユースフ・ニーザーミー・ガンジャウィー没。アゼルバイジャンの詩人。神秘主義的な道徳訓アンソロジー『五部作(Khamsa)』の著者として知られる。

1209/605~6 ルーズビハーン・バクリー没。神秘主義的愛を描写したシーラーズの主要なペルシャ人著述家。

1216/613 アル=マーリク・アッ=ザーヒル没。アイユーブ朝の統治者。スーフィーと学者の庇護者。

1219/616 マジュドゥッディーン・バグダーディー没。クブラーウィーヤ教団のシャイフ、著述家。

1220/617 アブドゥルハーリク・グジュドゥワーニー没。ハマダーニーの(おそらく)弟子で、トランスオクサニア地域に彼の教えを伝播した。ナジュムッディーン・クブラー没。中央アジア出身、クブラーウィーヤ教団の創始者。
1221/618 ファリードゥッディーン・アッタール没。ニーシャープールの詩人で伝記作家。『鳥の言葉(Mantiq at-tayr)』他の著作がある。

1222/619頃 ジャマールッディーン・アッ=サーウィー没。中東中央部にカランダリー教団を普及させた。

1225/622頃 アフマド・ヤサウィー没。中央アジア出身、ヤサウィー教団の創始者。

1225/622 アン=ナースィル没。停滞していたイスラムの精神生活の復興と、モンゴルの脅威に対抗するためのイスラム統治者の統一を望んだ。

1226/623 アッシジのフランチェスコ没。キリスト教神秘家、フランチェスコ会の創始者。

1227/626~7 ジンギス・ハーン没。悪名高いモンゴルの侵略者。中央アジアを広範囲に制圧し、その子孫も15/9世紀まで幅広く中東地域を支配した。

1228/625 アブドゥッサラーム・イブン・マシーシュ没。モロッコの禁欲家。シャーズィリーヤ・タリーカの思想と実践を通して広く影響をもたらした。

1231/628 バハーウッディーン・ワラド没。中央アジアのシャイフ。ジンギス・ハーンの侵略を逃れて家族と共に西方へ移住した。ルーミーの父。

1234/631~2 アブー・ハフス・ウマル・アッ=スフラワルディー没。ペルシャ生まれの学者、神学者、説教師。『霊知の美徳(’Awarif al-ma‘a¯rif)』の著者。

1235/632 イブン・アル=ファリード没。エジプト人でアラブ神秘主義詩人。『葡萄酒の歌(Khamriya)』、『Tの韻詩』の作者。

1235/632~3 クトゥブッディーン・バフティタル・カーキー没。デリーの奴隷王朝君主イルトゥトゥムシュの崇拝を受けた聖者。

1236/633 ムイーヌッディーン・チシュティー没。インド人シャイフ、チシュティー教団設立の創始期における主要な人物。アラーウッディーン・カイクバード没。セルジューク朝ルームのスルタン。学者の庇護者であり、ルーミーの一族が暮らした町コンヤに壮大なモスクを建立した。

1238/635 アウハドゥッディーン・キルマーニー没。四行詩で知られるペルシャ詩人、イブン・アラビーの知己。

1240/637~8 ムフイッディーン・イブン・アル=アラビー没。イベリア出身の神秘主義著述家。『メッカ啓示』、『叡智の台座』など。バーバー・イルヤース没。ホラーサーン出身、アナトリアで活躍した神秘家。

1241/639頃 ブルハヌッディーン・ムハッキク没。ルーミーの師。

1244/641~2 ジャラールッディーン・タブリーズィー没。インドに赴いた最初のスフラワルディーヤの一人。

1247/645 シャムスッディーン・タブリーズィー失踪。おそらくクブラーウィー教団の一人。ルーミーと行動を共にした。 ルーミーの詩作に多くの影響を与えた。

1250/648~1517/923 アイン・ジャルートの攻防でモンゴル軍を撃破したマムルーク朝が、カイロを首都に中東地域の中央部を広く支配するようになる。芸術と建築を称揚し、多くの重要なスーフィー教団の創始者たちを庇護した。

1252/649 サアドゥッディーン・ハンムーヤ没。ホラーサーン出身のシャフィーイー派学者。

1256/654 ナジュムッディーン・ダーヤー・ラーズィー没。ペルシャ人のクブラーウィーヤ、解釈者。『下僕たちの大道(Mirsad al-ibad)』 著者。

1258/657 アブー・ル=ハサン・アッ=シャーズィリー没。モロッコ人の神秘家、「神の友」。シャーズィリー教団の創始者。サラーフッディーン・ザルクーブ没。神秘家。職業は金細工師。ルーミーに影響を与えた人物で、彼の娘はルーミーの息子スルタン・ワラドの妻になった。

1261/659 サイファドゥッディーン・バーハルズィー没。中央アジア出身、ナジュムッディーン・クブラーの弟子。コンスタンティノポリがラテン統治からビザンチン統治に置き換えられる。

1262/661 バハーウッディーン・ザカリーヤ・ムルターニー没。インドでのスフラワルディー教団の活動を開始した人物。ラール・シャッバーズ・「カランダル(修行者)没。スフラワルディー教団に属したインド人ダルヴィーシュ。

1265/664 ファリドゥッディーン・ガニシャカル、別名バーバー・ファリード没。インドのチシュティー教団シャイフ、ニザームッディーン・アウリヤーの師。

1270~1/669 ハッジ・ベクターシュ・ワリー没。ホラーサーンのデルヴィーシュ、ベクターシュ教団の名祖。

1270/669 イブン・サビーン没。イベリアのスーフィー、哲学者。

1273/672 マウラーナ・ジャラールッディーン・バルヒー・ルーミー没。ペルシャ人の神秘主義詩人。「回旋するデルヴィーシュ」の開始者として知られる。『精神的マスナヴィー』やその他の詩作品の著者。のちにマウラウィー教団が創始される。

1274/672~3 カーディー・ハミードゥッディーン・ナーガウリー没。インド人のスフラワルディー派学者。サドルッディーン・アル=クーナウィー没。アナトリア人の学者、イブン・アル=アラビーの継息子、弟子。イブン・アル=アラビー著『叡智の台座』の解釈書を著した。トマス・アクイナス没、ボナヴェントゥラ没。いずれも著名なキリスト教神秘家、神学者。それぞれ、ドミニコ会士とフランシスコ会士。

1276/675 サイイド・アフマド・アル=バダウィー没。リファーイー教団のエジプト人デルヴィーシュ。

1277/675~6 ムイーヌッディーン・パルワーネ没。セルジューク朝のコンヤ大公、ルーミーの主要な庇護者。

1278/677 ブルハーヌッディーン・イブラーヒーム・ダスーキー没。エジプト人のスーフィー詩人、ダスーキー教団の創始者。

1282/680 アズィーズッディーン・ナサフィー没。中央アジアのシーア派スーフィーで理論家、クブラーウィー教団シャイフ。

1284/683 フサームッディーン・チェレビー没。ルーミーの弟子、マウラウィー教団の第三代指導者。

1287/686 アブー・ル=アッバース・アル=ムルシー没。アブー・ル=ハサン・アッ=シャーズィリーの後継者。

1289/688 ファフルッディーン・イラーキー没。ペルシャ人の詩人で、ルーミーとイブン・アラビーのどちらとも交流があった。『閃光(Lamaat)』の著者として知られる。

13/7世紀後期 タプドゥク・エムレ没。アナトリアに神秘家集団を創始する。

1292/692 ムスリフッディーン・サアディー没。ペルシャ人の訓話作家、詩人。

1296/695 シャラフッディーン・アル=ブーシーリー没。エジプトの詩人。預言者の神秘的地位を讃えるブルダで知られる。

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ビッグネームがいっぱい出てきました。ブルダというのは、今もこんな感じで。