『スーフィーの寓話』
メヴラーナ ジャラールッディーン・ルーミー
「スーフィーと、ロバと、不実な下働きの男」1
ある晩のこと。放浪のスーフィー2が一人、ダルヴィーシュ3達のための修道場を訪れ、一夜の宿を求めて客となった。彼は自分の連れていたロバを厩舎につないだ。それから彼は道場へ向かい、祈祷と瞑想を捧げる同胞たちの輪に加わった。まことに、持つべき同胞とは書物よりも神の友である。スーフィーの書物とは、黒いインクで書かれた文字の羅列ではない。雪のように白い心こそ、スーフィーの書物と呼ぶにふさわしい。
敬神の念に満ちたスーフィー達の瞑想が、やがて恍惚と熱狂に包まれて終わりを告げると、彼らは客人に食べ物を振る舞った。それで彼は、自分がつないできたロバのことを思い出した。彼は下働きの男に命じた。「厩舎に行って、ロバに干し草と大麦を食べさせてやっておくれ」。「ラー・ハウラ!」4、彼は言った。「そんなにがみがみ口うるさく言わんでもいいでしょう。もうずいぶん長いこと、それが私の仕事ですよ」。
スーフィーは続けて言った。「大麦は、いったん水でやわらかくしてから与えるのだよ。何しろあのロバはすっかり年老いて、歯もぐらついているからね」。「ラー・ハウラ!」、彼は言った。「だんな様は何だってそんなことをわざわざ私に言うんです?これは私の仕事なんだから、任せておいてくれりゃあいいんですよ」。スーフィーは続けて言った。「背中も痛むことだろう。鞍を外したら、マンバルの膏薬を背中に塗ってやりなさい」。「ラー・ハウラ!」、彼は叫んだ。「あれこれ、お知恵を出してくれるのも結構ですがね。私ゃあんたみたいなお客人ばかり、千人も万人も散々面倒を見てきたんです。誰もかれも、翌朝には皆すっかり満足して旅立って行きましたよ。私らにとっちゃあ、客人は家族と同じように大事なんですよ、もちろん家族じゃなくたって、生きてるものは何でも大事ですがね」。
スーフィーは続けて言った。「水を飲ませてやっておくれ、ただしぬるめに温めたものを」。「ラー・ハウラ!」、彼は再び叫んだ。「やめてくれ、聞いているこっちが恥ずかしい」。スーフィーは続けて言った。「大麦に混ぜる干し草は、短く切ってやっておくれ」。「ラー・ハウラ!無駄話も短く切って下さいよ」、彼は答えた。スーフィーは続けて言った。「寝場所は、小石や糞が混じらないよう掃除してやっておくれ。地面が湿っているようなら、乾いた柔らかい土をかぶせてやっておくれ」「ラー・ハウラ!」、彼は叫んだ。「神様、お助け下さい!だんな様、私ゃ自分の仕事については誰よりもようく分かっていますよ。だからこれ以上の無駄話は勘弁して下さい」。
スーフィーは続けて言った。「くしを持って行って、背中を梳いてやっておくれ」。「ラー・ハウラ!だんな様、あんたときたら恥知らずもいいところだ」、彼は言った。それから、腰に手をあてて肩をいからせ、「私ゃもう行かせてもらいます」と言った。「まずは干し草と大麦を取りに行かなくては」。それから勢いよく出て行った。そのまま厩舎には近づきもせず、行こうとも思わなかった。下働きの男はまっすぐに悪友たちの許へ行き、口うるさいスーフィーの客人について散々に罵倒した。兎が目を開けたまま眠るように5、下働きの男も、実際は眠っているも同然だったが、目を覚ましていると見せかけてスーフィーの客人を騙したのだった。
一方スーフィーは、旅の疲れをいやそうと体を横たえた。目を閉じると、すぐに彼は夢を見た。自分のロバがオオカミの群れに襲われて、八つ裂きにされている夢だった。「ラー・ハウラ!」、彼は叫んだ。「何という憂鬱な悪夢だろう。ああ、あの親切な下働きの男はどこにいるのだろう?」。彼が再び眠りにつくと、またもやロバが夢に出てきた。道に沿って歩いているのだが、井戸に落ちたり、溝に嵌まって転んだりと難儀している。立て続けに不快な夢を見たスーフィーは、ファーティハ6とカーリア7を唱えた。
彼はひとりごちた。「一体、私に何が出来ただろうか?同胞たちは私を一人だけ残して帰ってしまい、建物には外から鍵をかけられている」。それから、彼はまたこうも言った、「親切そうに見せかけて、あの下働きの男め、とんでもないくわせものだったかも知れないぞ。私とロバへの、パンと塩のもてなしはどうなっているのだ。私は、あくまでも礼儀正しく彼に接したはずだ。どうして彼は、私にこのような意地の悪いふるまいをするのだろう?何であれ、憎悪には必ず理由があるはずだ。お互い、同じ人間だと思えば、友人同士になれないはずがない」。
しかし彼はこうも考えた。「優しく寛大なアーダム8が、一体いつイブリース9を成敗してのけたというのか?死と苦痛をもたらすことを生業とするヘビやサソリを相手に、未だ人間は手も足も出せないでいるではないか。結局、オオカミはオオカミ以外の何ものにもなれない。切り裂くことがあれらの本能なのだ。嫉妬が、人間の本能であるのと同じように」。それから、また彼はこうも言った、「いや、悪く考えるのは間違っている。自分の兄弟について、こんなふうに悪い考え方をするのはよくない」。しかし彼は再び思い直した。思慮分別とは、まさしく悪について思考することよって身に付くものではなかろうか?悪について思考しない者が、悪から無傷でいられるという保証もないのだ。
スーフィーが悶々と苦悩し続けていたのと同じ頃、ロバはロバで苦境に陥っていた - 敵にこそ災いあれ!
哀れなロバは石ころだらけの地面に横たわっていた。鞍は重くのしかかり、おもがいが食い込んで裂けそうだった。死にそうに疲れきっているというのに、飼い葉も与えられず、息も絶え絶えになって長い夜を過ごした。一晩中、ロバは繰り返し祈った、「神よ!大麦はあきらめますから、せめて干し草だけでもお与え下さい、どうかどうか、一握りだけでもお与えください」。言葉を持たぬ哀れな生きものは、沈黙の雄弁さをもって訴えた。「私のシャイフ10よ、どうか憐れんで下さい。粗野で恥知らずな悪者のせいで、私は苦悶のうちに命をすり減らしています」。哀れなロバは、飢えのために一晩中眠れず、もだえ苦しみながら夜明けを迎えた。
夜が明けると、下働きの男がやって来て即座にロバの背中の鞍をまっすぐに乗せ直した。それからロバを売り買いする商人達がするように、ぐったりと起き上がらないロバを二、三発殴りつけた。彼がロバにしたことは、まさしく彼のような野良犬にこそふさわしい仕打ちだった。殴られた激しい痛みでロバは跳ね起きた - たとえロバに言葉が話せたとしても、今のこの感情を伝えるのにふさわしい言葉など無かったことだろう。
スーフィーが彼の上に乗って出かけると、ロバは頭から前のめりになって幾度となく道に倒れ込んでしまった。そのたびに、行き交う旅人達がロバを抱きかかえなくてはならなかった。彼らのうち皆が皆、何かがおかしいと考えた。ある者はロバの耳を激しくつねって中を覗き込もうとした。ある者は無理やり口を開けさせて、隠れた傷が無いか探した。別のある者はひずめに小石が詰まっているのではないかと言い、また別のある者は、目の中に塵やほこりが入っているのではないかと言った。
「シャイフよ、一体これはどうしたことでしょう」、彼らは尋ねた。「昨晩、ロバのためにちゃんと感謝のお祈りを捧げなかったのじゃありませんか?『神様、今日も私のロバは元気です、ありがとうございます』と、ちゃんとお祈りしなくっちゃあ駄目ですよ」。問い詰められたスーフィーが答えて言うには、「一晩中『ラー・ハウラ!』だけを頼って過ごしたこのロバには、他にどうすることも出来ないのだよ。『ラー・ハウラ!』以外に食べるものも無く、夜はお祈りで過ごし、昼はこうしてひれ伏しながら過ごしているのだ」。
*1 2巻156行から。「不実な下働きの男」とは、悪魔や宗教における偽善者を指す。
2,3 第2話・註2参照。(以降、当該用語については註を省略する)
*4 祈祷の定型句のひとつ。「(全能の神を除いては)何の力もありません」の意。
*5 うさぎはしばしば目を開けたまま眠ると言われている。この下働きの男も、スーフィーの前ではあたかも抜かりなくきびきびと働くかのように見せかけて、つまりうさぎのように「起きている」と見せかけて、実際には何もせず眠りこけていた。
*6 イスラム教の聖典コーランの第1章の章名。
*7 コーラン第101章の章名。
*8 人類の祖アダム。イスラム教におけるアダムは神の創造した最初の人間であると同時に、最初の預言者である。
*9 悪魔。ディアボロスが変化した語。
*10 宗教上の導師をこう呼ぶ。長老の意でも使われる。