第5話

『スーフィーの寓話』
メヴラーナ ジャラールッディーン・ルーミー

「タカとフクロウの群れ」1

 

彼はタカ、いずれは王の腕へと還る身である。
道にはぐれたそのタカは、しかし盲いていた。
道にはぐれて、彼は荒野2に墜ちた。

いと高き神が放つ光を一身に集めて、
かつてのタカはその全身全霊が光そのものであった。
だが神の定めたもう運命が、彼から光を奪った。
その瞳は塵によって塞がれ、正しき道からは遠く引き離された。

そして今、荒野に取り残された彼を、
フクロウの群れ3が取り囲んでいる。

フクロウ達の間に喧騒が起こった。
「見ろ、タカだ、タカが来たぞ!
我らの住処4を奪おうと企んでいるに違いない」。
フクロウは相争ってタカを襲った -
美しいその羽を、翼を、引きちぎるようにして奪い合う。
まるで見知らぬ旅のダルヴィーシュの、
外套に飛びかかって襲う凶暴な野良犬のよう。

「一体、この私が、」タカは言った、
「どうしてフクロウと共棲みなぞ出来ようか。
このような荒野など、百でも二百でもフクロウにくれてやる。
私は望んでここにいるのではない。
私は去るのだ、王の中の王の許へ還らねばならぬ。

フクロウどもよ、鎮まれ!
あまり興奮し過ぎると、自ら命を縮めることになるぞ。
私はここにとどまる者ではない、私には私の住処がある。
こんなに荒れ果てた廃墟であっても、
おまえ達にとっては栄華の都なのだろう。
しかし私にとっての喜ばしき褥とは、王の腕に他ならぬ」。

「油断するな!」
首領とおぼしきフクロウが、群れに向かって語る。

「このタカの企みは分かっている。
我らを住処から追い出して、そこに居座る魂胆だ。
狡猾にも、我らの住処を乗っ取ろうとしているのだぞ。
我らの巣を奪おうだなどと、なんという偽善者か。
王だの、王の腕だのとありもしない嘘をつき、
我らを路頭に迷わせようとしているのだ。

見くびるな!
そのような嘘にだまされるほど我らは阿呆ではないぞ!
貴様が何と言おうが、鳥は所詮ただの鳥に過ぎぬ。
どうして鳥が、王と親しくなれるものか。
こいつの言うことになど耳を傾けるな、
少し考えればその価値も無いことは分かるだろう。

『王も、王の軍勢も、私のことを探している』だと?
嘘に決まっている、全てがこいつの策略なのだ。

語るに落ちるとはまさしくこのこと、
おまえの陰謀の罠など、おまえ以外の誰がひっかかるものか。
我らか弱きフクロウが、タカから盗んで何が悪い。
『王が、王が』とおまえは言うが、では王の援軍などどこにいる?
いつまで経っても、誰もおまえを助けに来やしないじゃないか」。

タカは言った、
「もしも私の羽一枚でも触れようものなら、
王の中の王は、フクロウの眷族を根絶やしにするだろう。
おまえたちがフクロウではなく、
タカであったとしても同じことだ。
私の心を血しぶかせ、私の体を痛めつければ、
王はあらゆる丘と谷に、
討ち取った何十万、何百万ものタカの首を積み重ねるだろう。

私は御方の庇護の許にある。
たとえどこへ行こうとも、
御方の庇護が私を背後から守っている。
わが姿は、常に王の御胸に影を差す。
私の姿を見失うのは、王にとっても耐えがたいことなのだ。

王が私を、王の道へと飛び立たせるとき、
私は身も心も、これ以上はないほどの高みまで飛ぶ、
まるで王の放つ一筋の光のように。
月のように、太陽のように、
私は空の垂れ幕を引き裂いて飛翔する。

フクロウの群れに祝福あらんことを!
本当に、おまえたちは運がいい、
こうして私の秘密に触れることが出来たのだから。
そうやって私に執着するがいい、私を追い回すがいい。
そうしているうちに、やがておまえ達フクロウにも、
高貴なタカに変化する歓喜が訪れぬとも限らないのだから。

私には、私の統べる魂の王国がある。だのにどうして、
私が誰かの機嫌を伺い、世辞を言う必要があろうか。
私には聞こえる、タカを呼ぶ音が、
打ち鳴らされる太鼓の音が -
「還れ!」5と繰り返すあの声が。

たとえ敵の手に墜ちようとも、
わが証言者は唯おひとつの神をおいて他にない。
王の中の王と私は似ても似つかぬ。
王の中の王ははるかに遠い -
だがそれでもなお、放たれる光輝の一筋を、
私はこうして保持している。

「私」に属する全ては、
「王」に属する全てと相反する。
それゆえに、私は「私」を捨て去り、
「王」の中へと「私」を消し去ったのだ。

「私」はすでに死に絶えて久しく、
その墓をおとなう者もない。
今の私は、わが主の馬の脚の下に巻き起こる砂塵の一粒。
わが主の馬が駆け抜ける、
その背後に残された、
ひづめの跡にようやく見出されるほどの、
小さくはかない一粒に過ぎぬ。

騙されるな、
私の姿がいかに弱々しく見えようとも。
おまえ達も私に続け、
私に続いて主の御足の下の塵となれ。

さあ、私もそろそろこの荒れ地を旅立たねばならぬ。
私の祝宴に加わるがいい、
いと高き者の頭上に輝く王冠となることを欲するならば!」

 

 


*1 2巻131行から。タカは行い正しき者の象徴であり、時として預言者、聖者を指す場合もある。その心が神の方を向いている人を表わしている。

*2 現世を指す。

*3 現世の種々を指す。

*4 不信の徒は、遣わされた預言者達は自分自身の私利私欲を満たそうとしていると思い込んでいる。

*5 コーラン89章27,28節:「静かに安らぐ魂よ、主のみもとへ帰れ、喜び、喜ばれて。」