『スーフィーの寓話』
メヴラーナ ジャラールッディーン・ルーミー
「ライオンとけもの達」1
多くのけもの達が住まう谷があった。申し分無く心地よい谷だったが、ひとつ問題があった - ライオンである。そこでけもの達は計画を立て、ライオンの許へやって来て言った。「あなたが満足出来るだけの食事を、こちらでご用意いたします。そのかわり、私達を狩るような真似はしないで下さい。あなたのせいでせっかくのおいしい草も、近頃では苦く感じます」。
「良かろう」、ライオンは答えた。「だがおまえ達が正直かどうかを確かめなくてはならん、嘘つきばかりの世の中だからな。人間どもを見るがいい。やれザイドが、バクルが2と絶えず大騒ぎしている。陰謀や悪意にはうんざりだ。蛇に噛まれたり蠍に刺されたりするのは御免だ。預言者の言葉を知っているか? - 『信仰者は同じ過ちを二度繰り返さない』。おれの耳はこれを聞き、おれの心と魂はこれを固く守っている」。
けもの達は口を揃えて言った。「疑り深くなってみても、良い事なんて何もありません。心配や悩みを増やすよりも、試しに、全てを神にお任せしてみちゃあいかがです?神を信じた方が良い事だってありますよ。それにしても、運命とまともに向き合おうだなんて、気性が荒いというか激しいというか、いかにもライオンらしいというか。まあともかく、運命に喧嘩を売るような真似はなさらない方が身のためですよ」。
「うむ」、ライオンは言った。「神を信ずることこそが真の導き、それは確かにその通りだ。だがそのためにこそ預言者の伝承に従って、用心に用心を重ねる必要があるのだ。預言者は大きな声でこう言った、『神を信じ、神に祈れ。だが同時に、汝の駱駝を繋いでおけ』と。預言者はこうも仰っている、『稼ぐ者、働く者を神は愛し給う』と」。
けもの達は口を揃えて言った、「『働け』と仰るのなら、神様を信じることほど大事な仕事はありません。『努力しろ』と仰るのなら、神様の定めた運命に従って、全てを委ねることほど優れた努力もありません。
第一、努力と言ってみたところで、結局はこっちの悩みの落とし穴から抜け出して、あっちの悩みの落とし穴に落っこちるぐらいが関の山。蛇を見つけて慌てて引き返した途端に、竜と鉢合わせするようなものです。生命を賭けた大仕事のつもりが、自分で自分の首を絞めているようなものだ。敵をお屋敷に残したまんまで、扉に鍵をかけようと言うんですから馬鹿馬鹿しいや。フィルアウン3の物語をご存知でしょう?あれなんぞは良い教訓です。
私達は主の子供みたいなものです、乳を欲しがって泣く赤子みたいなものです。御方は、そのお慈悲をもってすれば、天から雨を降らせることもお出来になるのですよ。私達にパンを与えることだって、雑作もなくお出来になるでしょう」。
「うむ」、ライオンは言った。「だが汝らが今言ったことと同時に、我らを統べる主は、我らの足許にひとつの梯子を置き給うた。一歩づつ、一段づつでも、梯子づたいに頂上へ目指せとの主の思し召しだ。この梯子を目にしながら『誰かが替わりに登るだろう』と放ったらかして、愚にもつかぬ戯れに興じている - そういう汝らのような者共を宿命論者というのだ。
汝らの脚はどこにある。脚を与えられていながら、それを使わぬ理由があるか。汝らの手はどこにある。手を与えられていながら、それを使わぬ理由があるか。無言の主人が下僕の手に鍬を持たせたなら、主人の舌から言葉が転がり落ちずとも、下僕の為すべき仕事は知らされたも同然ではないか」。
このようにしてライオンは、いかに自分が正しいか多くを論証してみせた。ことごとく論破された宿命論者達は、すっかり問答に疲れ切ってしまった。キツネとシカ、ウサギとジャッカルは宿命論の教義を取り下げ、議論から退いた。
たけり狂うライオンと、彼らは契約を交わした。取引においてライオンが損失を被らぬよう、日々の糧が滞ることなくライオンの許へ送り届けられるよう、また定められた糧よりも多くを求めぬよう。それから毎日というもの、けもの達の間でくじ引きが行なわれた。くじ引きに負けた者はヒョウよりも速くライオンの許へと走り去り、二度と戻ることはなかった。
やがて(死の)杯を飲み干す番がウサギの許へ廻って来た。ウサギは身もだえて泣き叫んだ - 「何故だ、何故だ!一体いつまで我々は、このような暴虐に耐えねばならないのか!」。
けものの仲間達は口々に言った。「今さら何を言い出すのだ。今日の今日まで、命を犠牲にしておれ達はこの契約を忠実に誠実に守り続けてきたのだぞ。おれ達の名を汚すよう真似は許さないぞ、この反逆者め!さあ行け、ライオンが機嫌を損ねる前に。行け、行け!速く、速く!」。
「ああ、友よ、友よ」ウサギは言った。「少し時間をくれないか。私の知恵をもってすれば、あなた方は災難から逃れられるかも知れないぞ。あなた方の命を救えば、それはあなた方の子孫への置き土産ともなるだろう」。けものの仲間達は言った。「おまえ、一体いつからロバ4になったのだ?おれ達の言う通りにするんだ!ウサギなら、ウサギらしくしろ。何を思いついたのか知らないが、そんなことは自慢にもならないぞ。おまえの思いつきなど、誰かが以前にも思いついたことと同じに決まっている」。
ウサギは言った。「違う、違う。友よ、聞いてくれ。神が私に知恵を閃かせたのだ - 『弱きものほど賢きもの、弱きものほど学ぶもの』と。神はミツバチに、ミツバチの知識の扉を開きたもう。それでミツバチは、蜜を集めて巣を作ることも出来る。神はカイコに、カイコの知識の扉を開きたもう。それでカイコは、絹を紡ぐことも出来る。アダムは泥土によって創られ、神によって知識を学んだ。アダムの出自は卑しくとも、その知識が放つ光は無上の天界をも貫くじゃないか」。
ウサギを取り巻くけもの達は言った。「ふん、機転のきく奴め。それなら、おまえの考えというやつを聞かせてもらおうじゃないか。預言者は申された、『お互いに助け合え、お互いに知恵を出し合え。そのようにして、最も信頼に足る言葉を探し出すが良い』と」。
ウサギは答えた。「今ここで、全ての秘密を明かすことは出来ません。サイコロをご覧なさい。数ですら時には偶数、また時には奇数となって自らの秘密を守るじゃありませんか。ばか正直に、何でも喋れば良いというものでもありません。たとえ汚れを落とすためだとしても、息を吹きかければ鏡はたちまち曇って何も見えなくなる。 - 『出自、財産、それから宗教。この三つに関しては、何も言わずに唇を閉じて黙っているのが最良』というものですよ」。
ウサギはしばらくの間、あちらこちらを行ったり来たりしていた。それから、遅れに遅れてようやくライオンの許へ辿り着いた。兎が随分と遅れたのは、計画した罠について念入りに準備していたためだった。後はほんの二言、三言、ライオンの耳にささやくだけで事足りるだろう。
ライオンはもはや怒りの度合いも頂点に達し、憤激のあまり狂う寸前。そこへはるか遠くから、ウサギがやって来た。こちらへ向って、飛び跳ね、駆けて来る。意気消沈しているかと思いきや、堂々としたものだ。あんなウサギは見たことがない。ライオン怒りのあまり目の前がくらくらした - 一方のウサギは、可能な限り大胆に振る舞おうと決めていた。怯えた素振りを見せたら負けだ、少しでも疑われたら負けだ。
やがてウサギがライオンの足許に辿り着くと、ライオンは叫んだ。「ふざけるな、この悪党め!おれは雄牛のあばらを叩き割ったこともある、象の耳を引き裂いたこともある。そのおれの命令を、おまえのような腰抜けウサギが守らないとはどういう了見だ!おまえの耳は飾りか?この間抜けめ、どうしてくれようか!」。
「お慈悲を、お慈悲を!」、ウサギは言った。「これには理由があるのです。私の話を聞いて下さい、王様、王様、どうかお慈悲を!」。「理由だと?」、ライオンは言った。「馬鹿めが!散々待たせておきながら、何を言うか、それが王に対する態度か。罪人の弁解など、犯した罪よりなお悪い。無知な者の言い草など、知識を殺す毒のようなものだ」。
「お聞き下さい」、ウサギは叫んだ。「私の背丈が、王様のお慈悲にそぐわないならばその時は、王様の竜のごときお怒りの前に喜んで私の首を差し出しましょう。朝食を済ませてすぐに、私は我が友と一緒にねぐらを後にして、王様の許へと走り出していたのです。ええ、そうです、我が仲間達は、私の他にもう一匹のウサギを王様のために差し向けていたのでした。
ところが道の途中で、見知らぬ一頭のライオンが、あなたの卑しき奴隷である私達を襲ったのでございます。ええ、そうです、あなたの取り分として差し出された二匹のウサギを、両方とも横取りしようとしたのです。私は言いました、『やめろ、やめろ。我らは王の中の王に差し出された供物なのだ。おまえのような格下の者の出る幕ではないぞ』。
やつは言いました、『王の中の王だと!貴様、おれを誰だと思っているのだ。俺の前でそんな寝言は許さんぞ!おまえも、おまえの友も、おまえ達の王とやらも、全員まとめてこのおれが引き裂いてやる!』。私は言いました、『それなら、なおさら王様に会いに行かなくちゃ。行かせて下さい、王様にあんたの言葉をそっくりそのまま伝えてやらなくちゃ』。
するとやつはこう言いました、『おまえの言葉の形代として、おまえの友をここへ置いて行け。もしもおまえが戻らなければ、おまえの友もおまえも、おれの法に従ってひどい罰を与えてやる』。
私は懇願したんです、でも無駄でした。やつは私の友の首ねっこをひっつかまえて、私を追い払ったんです。私の友ときたら、そりゃあもう見事なもので - 見た目だって、毛並みだって私の三倍は素晴らしくって - まるまるとふくよかなところなんかも。そういうわけで、あのライオンがのさばっている以上この道はもう使えません。私達と王様の契約だって、守ろうにもこの先どうなることやら。
これから先は契約通り獲物が届かないものと思って下さい。ああ、こんなことをお伝えしなくちゃだなんて本当につらいなあ。真実って苦いものですね。もしも今まで通り獲物をお望みなら、この道をどうにかして頂かなくっちゃ何ともなりません。どうかあいつを追い払って下さい!」。
「神の名において」、ライオンは言った、 - 「おまえの話が真実ならば。そいつは何処だ?!さあ、案内しろ。おまえが俺の前を行け。そいつが一頭であろうが、百頭であろうが、見つけ次第に俺の法に従って罰を与えてやる!だがおまえが嘘をついていたならば、おまえに罰を与えてやるからな」。
そこでウサギは、先頭に立って案内した。その方角には、ライオンを陥れるための深い、深い古井戸があった。ライオンが古井戸に近づくと、それまで先頭に立っていたウサギは、歩みを止めてライオンの背後へと後ずさった。ウサギは言った。「ライオンがその中に隠れているんですよ。そこが奴らの砦、奴らの要塞なのです。だから誰にも手出し出来ないのです。分かって下さい、恐ろしくって一歩も動けません。どうか一緒に歩いて下さい、私だけじゃ怖くて怖くて目も開けられません」。
そこでライオンはウサギの傍へやって来た。ライオンの体躯に隠れるようにして、ウサギはしぶしぶといった具合でついていった。古井戸の中を覗いてみると、一頭のライオンと、一匹のウサギがこちらを見ているのが見えた - それは水面に反射した、彼ら自身の姿だったのだが。
古井戸の水面に彼自身を見たライオンは、たちまち激しい怒りをおぼえた。そしてその瞬間、自分と敵との見分けもつかなくなった。水面に映る自分の姿を敵と思い込んだライオンが、自分自身に対して剣を抜いたのも当然の成り行きだった。奴こそは、おれの取り分を奪った敵た。そう思うが早いが、ライオンはウサギを残して敵に飛びかかり - 古井戸へ、自分の墓穴へとまっさかさまに飛び込んだのである。
教訓 - 我が友よ、不正も偽善も、横暴も、我ら自身を映す鏡のようなものと思え。為された不正は、いずれ為した者自身を打ちのめす。罵りの言葉は、やがて罵った者自身に返ってくる。自分の非を認めぬ限り、自分の悪を認めぬ限り、自分を憎み自分を嫌悪し続けることになってしまう。そうとは知らず、自分の魂を自分の手によって貶めることになってしまう。
自分の裡にある悪から目を背けることは、悪に立ち向かわず悪を野放しにすることだ。自分に属する悪を、自分で制せずして誰が制するのか。自分の影に飛びかかったライオンを見るがいい、やがて害されるのは自分自身だ。
自分の裡なるもの、自分の性質の奥底までよくよく見てみることだ。そうすれば、堕落とは自分自身の裡に在るということが知れるだろう。暗い古井戸の底で出逢うのは敵ではない、他ならぬ自分自身だ。
ライオンもまた、深い古井戸の底で自分自身に出逢うだろう - 彼以外の誰もがよく知る、もうひとりの彼自身に。
*1 1巻900行目より。
*2 西洋人が言うところの「トム、ディック、ハリー」に相当する、ごく一般的な名前。
*3 第11話・註6を参照。(以降、当該用語については註を省略する)
*4 「愚か者」の意。