『スーフィーの寓話』
メヴラーナ ジャラールッディーン・ルーミー
「ロバは去った」1
長い旅路の果てに、一人のスーフィーがダルヴィーシュのためのとある修道場に辿り着いた。そしてロバから下りると厩舎につなぎ、自らの手で少しばかりの水と飼い葉を与えた。左様。このスーフィーは、以前に語ったことのある者2とは違うのだ。彼は不注意がもたらす愚行から、その身を守ろうとする心がけのある者であった。
だがしかし、神の定めたもう運命が通り過ぎるとき、こうした心がけにどれほどの効果があるだろうか。この修道場に集うスーフィー達はひどく貧しく、食べるにも困る有り様であった。貧すれば鈍す。貧困は魂を破滅へと至らせ、彼らはほとんど不信の徒と化していたのである - おお、十分な食事で腹を満たした金持ち共よ!貧しさに苦しむ者達が犯す過ちを、どうして侮蔑することなど出来ようか。
窮乏ゆえに、スーフィー達の群れはロバを売り払ってしまおうと決めた。彼らは口々に言った、「必要とあらば、屍体も合法な食物と看做されるではないか。多くの悪徳も、その必然ゆえに美徳とされているではないか」。彼らは小さなロバを売り、風味良い食物を買い求め、蝋燭に火を灯した。修道場に歓声が響いた。「今宵は」、彼らは高らかに宣言した、「美味なる食べ物と音楽、舞踏で無礼講と行こうではないか。托鉢の日々と、断食と節制の日々に別れを告げよう!」。
長旅に疲れていたスーフィーは、彼らの好意と歓待を喜んだ。せいぜい愛想良くもてなして取り繕おうと、彼らは旅人をひたすら良い雰囲気で取り囲んだ。抱擁と接吻の挨拶が、旅人と彼ら一人ひとりの間で順繰りに取り交わされた。これを見て旅のスーフィーは思った。「このような機会は二度とはあるまい。今夜は楽しまなくては損だ」。
彼らが散々に飲み食いした後に、セマー3が始まった。修道場の天井に、煙と塵がもうもうと立ちこめた - 台所からは煙が吹き上がり、回旋する足元からは塵が舞い上がり、そして魂からは熱気と恍惚が沸き上がった。手を振ったかと思えば、足で床を打ち鳴らし、それから腰を低くかがめ、掃くように額を床にこすりつけた。
運命のはからいによって欲するところを手に入れるまで、スーフィーは長い時をひたすらに待ち続けなくてはならない。それゆえスーフィーは大食漢である。とは言え確かに、神の光で十分に腹を満たしたスーフィーは別だ。彼らは、托鉢を恥とも思わない。しかしそうした者も大勢のうちごく僅かに過ぎない。残りの多くは、霊的な王国の保護の下に日々を過ごしている。
セマーは始めから終わりまで、あるべき姿で執り行われた。楽人の奏でる深い音色が、儀式に一層の重みを添えていた。『ロバは去った!』、楽人は短い詩を歌った。そしてその場にいた仲間達にも共に歌うよう促した。夜が明けるまで、彼らは繰り返し歌った - 『ロバは去った!ロバは去った!おお、わが兄弟よ、ロバは去った!』。彼らは狂喜して手を叩き、歌い、踊った。旅のスーフィーも遅れをとるまいと、彼らを真似て、いや、彼ら以上に情熱を込めて、同じ詩を歌った。『ロバは去った!ロバは去った!』。
歓喜と興奮、舞踏と音楽の夜はこうして過ぎて行った。夜が明けると、彼らは互いに抱き合い、別れの言葉を告げた。修道場から人が消え、旅のスーフィーが一人ぽつんと取り残された。彼は自分の荷物に降りかかった塵を払い落とした。きれいになった荷物を持ち、長い旅の道連れであるロバの許へ向かった。
ところが早足で厩舎に来てみると、肝心のロバが見当たらない。「下働きの男が気をきかせたのに違いない」、スーフィーは考えた。「昨夜ロバが少ししか水を飲まなかったので、水を飲ませに連れ出したのだろう」。下働きの男がやがて姿を見せたとき、スーフィーは尋ねた。「私のロバはどこだい?」。男は言った、「あんた、髭は生えているんだろう?」4。これが口論の引き金となった。
スーフィーは言った。「私は、おまえにロバを任せたじゃないか。ロバを見ていてくれるものと思って、おまえに全て託したのだぞ。ふざけていないで、きちんと筋の通った説明をしてくれ。口答えするな、私がおまえに預けたものを、さあ、私に返してもらおうじゃないか。もしもおまえが意地をはって嫌だと言い続けるつもりなら、さあ、さあ、出るところへ出ようじゃないか、カーディーに裁いてもらおうじゃないか」。
「脅されたんですよ」、下働きの男は言った。「あのスーフィー達が、揃いも揃って私めがけて突進してきたんですよ。殺されるかと思いました。だんな、あんたは猫の群れに肝やら臓物やらを放ってやったらどうなると思います?影も形も消えちまうってことくらい、想像がつくでしょう?一切れのパンを、腹を空かせた百人の男共に向かって放り投げたらどうなると思います?痩せっぽちの猫を一匹、百匹の犬の群れに向かって放り投げたらどうなると?」。
「分かった、分かった」、スーフィーは言った。「あいつらが暴力を振るって、おまえさんからロバを奪ったと言いたいのだな。あいつらは、最初から私の大事なロバを狙っていたというわけだ。しかしそれにしてもひどいじゃないか。おまえは、ただの一度だって私のところへ来て『ダルヴィーシュさんよ、あんたのロバをあいつらが盗んで行きましたよ』とは教えてくれなかったじゃないか。
教えてくれていたら、ロバを買った者から買い戻すことも出来たかもしれない。あるいはあいつらも、山分けした金5を持っていたかもしれない。あいつらがここに居る間なら、いくらでも方法はあったのだ。しかし今となっては、あいつらはまた別のところで別の悪事に手を染めているだろう。何故おまえは私のところに来て、『旅の人よ、恐ろしくひどいことが起こりました』と言わなかったのだ?」。
「神に誓って!」、下働きの男は言った。「あいつらがやったことを知らせようと、私は何度かあなたの様子を見に行ったんですよ。けれど旦那、あんたはいつでも誰よりも調子良さそうに、楽しそうに『ロバは去った!ロバは去った!』と歌い続けていたじゃありませんか。だから私も、その度に戻って来て、こう思ったんです、『ああ、この人は何もかも気付いているのだな。そして神が命じられたところに、納得して従っているのだろう。こりゃあ本物のスーフィーだぞ』、とね」。
これを聞いて、旅のスーフィーは言った。「ああ、何てことだ。あいつら全員がとても楽しそうに、大喜びで歌っていたのだ。それで私も、つい浮かれて一緒に歌ってしまったのだ。実際、歌っている間はとても楽しかった。つまり、あいつらを盲信したために、こんな破滅に襲われる羽目に陥ったのだ - いんちきの偽物め、呪われよ、この盲信よ!」。
*1 2巻514行目より。
*2 第4話を参照。
*3 スーフィーのムスリム達による音楽と舞踏の儀式。
*4 「子供じみたことを言うな」の意。
*5 ロバを売って得た代価。