第34話

『スーフィーの寓話』
メヴラーナ ジャラールッディーン・ルーミー

「フィルアウンと魔術師達」1

 

第一幕

ムーサーが故郷に還った時のこと。フィルアウンは陪臣達を集め、彼をどう扱うべきかを密談を交わした。

王として、支配者として、エジプト全土から魔術師を招集するよう、陪臣達は進言した。そこで彼は、魔術師を王宮へ呼び寄せるために、四方八方へ使者を送り込んだ。特に優れた魔術師を輩出している地には、気働きに秀でた使者を十人ばかり差し向けた。

その地には、二人の若く優れた魔術師が住んでいた。彼らの魔力は、月の心の奥深くにまで浸透しているほどだった。彼らは、誰はばかること無く月の甘い蜜をすすり、それを隠そうともしなかった。月に遊ぶ時、彼らはいつも葡萄酒の壺に乗って出かけて行き、月明かりの下で密造酒を醸すように魔法を行ない、あたかも上質な麻布に見える「それ」を次々に生じさせるのだった。

「それ」が出来上がると、彼らは素早く測り、それから売りに出して銀貨を受け取る。「それ」を買った者は、後から騙されたことに気付くと、悲嘆して自らの頬を叩いた。彼らは、こうした魔法の術を無数に保持していた。次から次へとめまぐるしく術を変えた。彼らの魔術は、詩のように後を追って韻を踏むものではなかった。2

彼ら二人の魔術師の許にも、王宮からの招集状が届いた。招集状にはこう書かれていた。

『魔術師どの、王宮に伺候めされよ。二人のダルヴィーシュ3が王に歯向かい、王宮を簒奪しようと企てている。王はあなた方の援軍を所望している。二人のダルヴィーシュは杖の他には何も持っていないが、ダルヴィーシュが命じると杖は竜に変化する。このような魔法の前では、王も全軍も無力である。

この二人のダルヴィーシュが国土にもたらすものは、悲嘆以外の何ものにも非ず。このような魔法に対抗しうるのは、貴殿のような優れた魔術師の魔法を置いて他に無し』。

使者が招集状を読み上げると、不意に二人の若い魔術師の心を、とてつもなく大きな畏怖と愛が襲った。魂を走る親愛の静脈4がとくとくと鼓動を打ち始め、二人は揃って驚きのあまり座り込んで膝を抱え、その膝に自らの頭部を預けた。膝はスーフィーにとってこの上無い学び舎5である。身体に備わる二つの膝とは、無理難題を解き明かす二人の魔術師なのである。

 

第二幕

しばらくの間、彼らはじっと動かずにいたが、やがて立ち上がりこう言った。「母さん、母さん。僕達の、父さんの眠る墓はどこにあるのですか。これから、僕達を連れて行ってもらえませんか」。彼女は、二人を墓に案内した。二人は墓に逗留し、王のために三日間の斎戒をした。

それから、彼らは言った。「父よ、聞こえますか。王の使者が僕達のところへやって来ました。二人組の男が現れ、王の名誉をひどく傷つけたと。彼らは強大な力を持っており、追いつめられた王は絶体絶命の危機にあると。彼ら二人は兵士を連れているのでもなく、武器を手にしているのでもない様子。保持しているのは杖のみ、そしてその杖が、全ての災難と破滅の原因だというのです。

教えて下さい、父よ。表向き、外見上はあなたは墓に眠る死人に過ぎない。けれど父よ、実際のあなたは貴き世界におられるのでしょう。教えて下さい、彼らは魔術を操っているのでしょうか?それとも、魔術とは別の、聖なる御しるしなのでしょうか。もしもそうであれば、 - ああ、我らが父の魂よ、教えて下さい!それが聖なる御しるしならば、私達ごときに何が出来るでしょうか。むしろ私達は、彼らの前に自ら降伏するでしょう。

聖なるものへの服従は、万能の霊薬6のごとく私達自身の魂を甦らせてくれるのではないでしょうか?長い間、私達は絶望の淵にありました。ところが今、こうして私達の許に希望が届けられたのです。私達は追放された放浪者、しかし今、こうして私達を慈悲が再び連れ戻そうとしているのです」。

 

第三幕

「我が最愛の息子達よ」、かつて魔術師であった父の魂が応えた。「おまえ達が尋ねたことについて、私は何ひとつ断言することは出来ぬ。全ては、神の手の裡に委ねられているのだ。おまえ達が知りたがっている神の秘密のすぐ近くにいるものの、私にはそれについて話すことは許されてはいないのだ。

だが隠されたこの秘密について、ひとつだけおまえ達に教えよう - わが息子達よ、わが目の光よ。おまえ達は王宮へ行き、彼らが眠る時を待て。そして賢者が眠りについたならば恐れを捨て、迷うことなく杖を盗み出せ。もしもおまえ達に杖を盗み出すことが出来たなら、彼は魔術師だ。相手が魔術師ならば、おまえ達の領分だろう。しかしもしも盗み出すことが出来なかったならば -

用心せよ、用心せよ!盗み出すことが出来なかったならば彼は魔術師ではない、彼は神の人だ。神に遣わされた者だ。全知全能の御方に、この上もなく導かれた者だ。世界の、東も西もフィルアウンの好きにさせるがいい、いずれ彼は頭から地へと墜落するだろう。 - 神よ、これは戦の始まりなのか!7

さあ、おまえ達の父の魂が、たった今おまえ達に真実を伝えたぞ。おまえ達の心臓に、しっかりと書きつけたぞ。神こそは最も良くご存知。おまえ達の父の魂は告げる、魔術師が眠る時、彼の魔力も、彼の魔術も役には立たなくなる。羊飼いが眠れば、オオカミが目覚める。羊飼いが眠る時、それはオオカミが働く時だ。

しかしそれが羊飼いではなくヒツジであったとしたら、そのヒツジを統べる羊飼いが神であったとしたら - オオカミに何が出来ようか?おお、おまえ達、父の魂の語る言葉を忘れるな!そして聞け、たとえ万が一にも神の預言者が死ぬことがあったとしても、それでもなお神は彼らを高き処へと連れて行くだろう。

 

第四幕

慈愛あつく慈悲ふかき神は預言者ムハンマドに約束したもう -

「たとえ汝が死のうとも、汝の訓示9は決して死なぬ。われは汝の書物を、汝の奇跡を高き処へと置こう。

われは汝の書物の守護となろう、そして汝の書物を護ろう、それを増やす者、また減らす者の手から。われは汝を誉め称えよう、現世と来世の、二つの世界において。そして汝の伝えた言葉を嘲笑する者達を、二つの世界から追放しよう。汝の書物には何ひとつ付け加えることは出来ぬ、何ひとつ削り取ることも出来ぬ。

われ以外の守護を求めるな、何故ならわれよりも優れた守護はいないのだから。われは汝に、日々新たな輝きを加えよう。汝の名を、金と銀とで飾ろう。汝のために、説教壇とミフラーブ10を揃えよう。われの愛ゆえに、汝の為す復讐はわれの復讐となろう。

汝に従う者達は、恐怖のため物陰に隠れて礼拝をするだろう。汝に従う者達は、ひそやかに汝の名を口にするだろう。呪われた不信の輩どもがまき散らす嫌悪と恐怖のために、汝の宗教は大地の奥深くに隠されるだろう。

しかしなお、われは世界の端から端までをミナーレ11で満たすだろう。反抗者達の目は曇って見えなくなるだろう。汝の道を行く者達は、やがてあらゆる都を掌中におさめ、権利をつかみ取るだろう。汝の宗教は、魚の背12を離れ月めがけて飛翔するだろう - われは汝の宗教を、復活の日まで生かし続けるだろう。

だからムスタファよ、怖れるな、汝の死の後に、汝の宗教が滅びるのではないか、などと。おお、わが預言者よ、汝は断じて魔術師ではない。汝、誠実な者よ、ムーサーもまとった衣をまとい、ムーサーも運んだ「それ」を運ぶ者よ。「それ」はやがて竜のように不信の輩を呑み込むだろう。

汝、杖を置き眠りにつくこともあろう。だが忘れるな、ムーサーの置いた杖はわれの言葉であることを、そして汝もまたわれの言葉を運ぶ者であることを。たとえ汝を襲う者があったとしても、彼らにその杖を支配する力はない。だから王よ、今はただ眠れ、安らかに眠れ!

汝の体が墓の下で眠る間にも、天に在る汝の光13は弓に矢をつがえ不信の輩へと向けて放つ。不信の輩、すなわち衒学の徒と彼らが口にする愚かな言葉の数々に向けて - そして汝の放つ矢は光の早さで突き進み、彼らを、彼らの言葉もろともに貫き通すのである」。

 


*1 3巻1157行目より。

*2 他人の模倣はしなかったという意味。

*3 ムーサーとハールーンを指す。

*4 彼ら二人がムーサーに従う者となるよう、神が運命付けていたためである。

*5 瞑想する際、スーフィー達は膝を抱え、その上に頭部を傾ける姿勢をとるためこのように言われている。

*6 預言者達、聖者達はしばしば「賢者の石」にも譬えられる。卑金属を純金に転じる作用があるとされるためである。

*7 神に逆らうことは、戦と同じく不合理である。

*8 物語の結末を説明するのには数語で事足りるだろう。二人の魔術師はムーサー(モーセ)の許へ行き杖を盗み出そうとするが、それはたちまち竜の姿に変わる。二人は恐慌状態に陥り、逃げた後も熱に浮かされて衰弱する。やがて死の淵に立たされた時、二人はムーサーの許しを請い、彼が預言者であることを認める。

*9 コーランを指す。

*10 第1話・註4を参照。(以降、当該用語については註を省略する)

*11 マスジドに隣接して建てられる塔。マナールとも。礼拝時刻の呼びかけ(アザーン)に使用される。英語ではミナレット。

*12 イスラム世界の宇宙発生論においては、地球とは巨大な海に浮かぶ魚の背の上で眠っている星であると考えられていた。

*13 神はムハンマドの先在を天の光として創造し、またこれこそが創造の初めともされている。この光(Nur Muhammad)は、最終的に歴史上の人物であるムハンマドとして具現化される以前にも、アダムに始まる歴代の預言者達により継承されてきた。シーア派においては、この光はムハンマドの死後アリーとアリーの家族並びにイマーム達に継承されているものと看做されており、またスーフィー達は、自らをその光によって灯された松明を持つ者であると主張している。