第47話

『スーフィーの寓話』
メヴラーナ ジャラールッディーン・ルーミー

「ハールートとマールート」1

 

汝の顔2を見れば、我らは忠実な奴隷のように仕えよう。
聞いておくれ、ハールートとマールートの物語を。

ハールートとマールートは酩酊の只中にあった。
神の為したもう御業の数々に彼らはしたたかに酔った、
主は彼らを、段階を追って誘惑した。
そのひとつひとつに、彼らはただ驚くばかり、
このような酩酊を引き起こすのは、御方の誘惑を置いて他に無かった。

汝には理解できようか、汝には想像できようか、
神への上昇によってもたらされる酩酊の凄まじさを。
主の仕掛けたもう罠の餌でさえ、これほどの酩酊をもたらすのだ。
これが主の恩恵の食卓に並べられる聖餐ならば、その歓喜は如何ばかりか!

二人の天使は酔いに酔った、彼らを繋ぐ縄目も解かれるほどに。
有頂天となった彼らの行く手には、だが伏兵と審理が待ち受けていた。
威力並びなき大風が吹けば、藁の山はたちまち一掃され、
神の御手による裁きは、思いもよらぬ方角へと彼らを運び去った。

しかし酩酊の裡にある者が、そのような事に気付くだろうか?
酔漢にとっては深い洞穴も広い野原も同一であり、
地下牢も井戸も、心楽しき散歩道であろう。
険しい山に棲む山羊が、心安らかに草を食もうと高い崖を登る。

少しづつ草を齧っていると、突如として天命が、
新たな仕掛けを以て彼を翻弄しようとしていることに気付く。
彼は自らのいる山とは違う山に目を凝らす、
そしてそこに、一頭の雌山羊がいるのを見出す。

たちまち彼の目に覆いがかけられ、周囲が見えなくなる。
彼は狂ったように飛び跳ねて山を降り、彼女の許へと急ぐ。
今の彼にとっては、険しい山道を下ることなど、
中庭の水飲み場の周囲を巡るよりも簡単なことなのだ。

訳も分からぬうちに芽生えたこの執心、この衝動のために、
登り慣れたはずの山道も、まるで二倍に伸びたかのように感じる。
やがて山を降り切り、平野に飛び出した彼は、
二つの冷酷な山の間で、あっと云う間にこと切れて倒れる。

そもそも彼が山に登ったのは、狩人から逃れるためであった。
彼自身の避難が、彼自身の血を流すことになるとは。

 

ハールートとマールートは酩酊の只中にあった、
彼らはしたたかに酔った、 - 優越感に酔った。

彼らは言った、

「我らは雲のように、地上に雨を降らせよう、
不正はびこる忌まわしきかの地に、
正義と公正、崇拝と篤信の絨毯を広げよう」。

そこで彼らがそのように申し出ると、
神は彼らに命じたもう、

「ならぬ!汝らの足許には、目に見えぬ無数の落し穴がある」。

確かに、神は彼らにそう命じたもう。

だが血気にはやる彼らの耳は、興奮で塞がれ何ひとつ届かなかった。
耳も塞がれ、目も閉じられ、 - 彼らには何も残っていない、

自らを顧みず、自らを逃れようとする者からは、
その視覚も、その聴覚も逃げ出すのである。

 

- 恩寵の他に、目を開かせるものは何も無く、
- 愛の他に、怒りを鎮めるものなど何も無い。

 


*1 3巻800行目より。ハールートとマールートの二人は天使であったが、人間の罪深い様子を見てこれをひどく軽蔑していた。彼らは許しを得て地上を訪れる。二人は地上に降り立つと、神から誘惑の危険について警告を受けていたにも関わらず、出会った一人の美女(一説にはヴィーナスであるとも云われる)と恋に落ちて彼女を誘い込む。懲罰を受けるのに、現世と来世のどちらかを選ぶよう命じられた二人は前者を選び、バビロンの深い洞穴に幽閉された。

*2 『マスナヴィー』を口述筆記するフサームッディーンを指す。『マスナヴィー』は彼に捧げられた作品である。