第51話

『スーフィーの寓話』
メヴラーナ ジャラールッディーン・ルーミー

「忘我のバーヤズィード」1

 

かの高徳なるダルヴィーシュ、
バーヤズィードが彼の弟子達の前で言い放った、

- 「われは神なり」。

神秘道の奥義に精通した導師が、歓喜して叫んだのである、
「われの他に神は無し。われを崇めよ」、と。

やがて陶酔の時が過ぎ去り、夜も明ける頃、弟子達は師に言った。

「忘我の中で、あなたはかくかくしかじかの言葉を口になさいました。
師よ、これは冒涜にあたるのではないでしょうか」。

彼は答えた。

「この先、もしもこの私が騒擾を起こそうものならば、
おまえ達はためらうことなく私に剣を突き立てろ。

神は、これという形を伴わずして在る御方、
そしてこの私は、体という形を有さねば在ることも叶わぬ者。

もしも私が再びそのようなことを言うことがあれば、
おまえ達は迷わず殺せ、この私を」。

しかし、彼は再び威力並びなき大瓶に酔わされた。
彼の心から禁と名のつくもの一切が消え去り、
代わって甘美なるものが姿を現した。
彼の理性はたちまち錯乱して吹き飛ばされた。
やがて夜が明ける頃には、
彼のろうそくは使い物にならなくなってしまった。

理性とは、地方の領主のようなもの。
スルタンのお出ましともなれば手も足も出ない。
ひっそりと、物陰に隠れている他はない。
理性とは神の影のようなもの、ならば照らす太陽は神である。
どうして影が、自らの主たる太陽に逆らえるだろうか?

魂に憑かれた人からは、ヒトとしての属性は跡形も無く消える。
魂に憑かれた人の発する言葉は、全て魂そのものが発するコトバだ。
大声で語るその人は、既にこちら側ではなくあちら側にいるのだ。
魂の及ぼす力を、その影響を、支配を侮ってはならない。

酔った勢いで大胆になった男が、獰猛なライオンのごとく血を啜ろうとも、
それは酒がさせること、男のせいではないとあなた方は言うだろう。
あるいは純金のようにきらめく美しい言葉を口にしたとしても、
それは酒がさせること、男の言葉ではないとあなた方は言うだろう。
酒の持つ酩酊の力とはまさしくそれ、変容と生起をもたらさずにはおれぬ。

我執から完全に解放されること無しには、人には自らを低き者とし、
発せられるコトバをこそ高きものとすることは不可能だ -
唯一、神の光こそがそれを可能とする、
そしてそれこそが、神の光の美徳であり威力ではなかろうか?

確かに、コーランは預言者の唇を借りて語られたもの。
だがそれを以て神が語ったものに非ずと言う者があるならば、
そのような者こそ、異教の徒であり不信の輩なのだ。

忘我のフマー2が翼を広げて空高く飛翔すると、
再びバーヤズィードは恍惚の言葉を繰り返し始めた。
当惑と混乱の洪水は彼の理性を押し流し、
初めてそれを口にした時よりも、強い調子で断言した、

「我が衣の下には、神以外の何ものも無し。
汝ら、いつまで地と天とに御方を探すつもりか?」。

恐怖のあまり弟子達は殺気立ち、
神聖なる彼の体めがけて手にした短剣を突き立てた。
あたかもギルダクー3の狂信者のごとく、
精神の指導者を冷酷無残に刺し殺したのである。

シャイフの体に短剣を埋めた者は、
一人残らず自らの体に深い傷を負った。
弟子達が血の海をのたうつ間も、
導師の体に傷のしるしは一つとして無かった。

誰であれ彼の喉を刺した者は、
無惨にも自らの喉が掻き切られるのを見て死んだ。
誰であれ彼の胸を刺した者は、
自らの胸を裂かれて永遠に還らぬ者となった。

そして徳高き精神の皇帝を良く知る者は、
その心が、彼に一撃を加えることを是とはしなかった。
生半可な知識が彼らの手を縛り付け、
それゆえに彼らは命こそ助かったものの、
その心には深い傷を負うこととなってしまった。

夜も明ける頃には、弟子達もまばらとなり、
彼らの家々から哀悼の嘆きが生じた。
幾千もの男と女がバーヤズィードを訪れて言った、

「おお、一枚の衣に二つの世界を包む者よ、
もしもあなたの体がヒトのそれであったならば、
全てのヒトの体がそうであるように、
短剣に刺されれば血を流し、やがて息絶えたことだろうに」。

我執を捨て切った者の上に剣を振り下ろす者よ、用心せよ!
汝の振り下ろす剣は、かならずや汝の上にこそ振り下ろされよう。
我執を捨て切った者は神に消融したがゆえに安寧の裡にある、
永遠の安寧をその住処としているのである。
もはやかつての姿すら持たず、 - 汝らを映す鏡となったのだ。
そこに見えているのは、誰か他の者の影に過ぎない。

もしもそれに汝が唾を吐くならば、
汝は自らの顔に唾を吐くことになろう。
もしも鏡に向かって打つならば、
汝は自らの顔を打つことになろう。

もしも鏡に醜い顔を見るならば、
それは汝の顔に他ならず、
またもしも鏡にイーサーとマルヤムを見るならば、
それは汝の顔に他ならない。

その者は、『あれ』でも『これ』でもなく、
純粋かつ透明な存在である。
そして覗き込む者があるならば、
覗き込む者自身の姿を映し出して見せるのだ。

 

- 我が魂よ、唇を閉じよ。

きみは私に命令する - 『雄弁に語れ』、と。
きみは私に命令する - 『言葉を飲み込むな』、と。

- ならば私はきみにこの言葉を贈ろう。

『正しき道については、神が最も良くご存知である』。

 


*1 4巻2102行目より。

*2 ヒゲワシ、あるいはグリフォン。

*3 一般に『アサシン』として知られ怖れられている集団の、とりわけ屈強な精鋭を指す。