第41話

『スーフィーの寓話』
メヴラーナ ジャラールッディーン・ルーミー

「けもの達の言葉を学びたがった男」1

 

年若い男がムーサーのところへやって来て言った。

「私に、動物の言葉を教えて下さい。家畜や、野生の動物の声の意味が分かるようになれればとても良い勉強になりそうだし、宗教的思索も深まると思うのです。アーダム2の子孫であるヒトの言葉は、もはや完全に富と名誉を得るための道具に過ぎません。けれど動物達なら、ヒトとは違った何かのために言葉を使っているのではないでしょうか。何と言いましょうか、要するに、彼らの時間は現世とは離れたところで流れているというか」。

「帰れ」、ムーサーは即座に言った。「無駄なことだ、あきらめろ。何故なら危険すぎるからだ。前も後ろも、きみが思うよりずっと多くの危険に満ちている。宗教を学び、その恩恵に預かりたいのならば書物を読め。問え。そして祈れ」。

彼は答えた、「ああ、いつもは気前の良いあなたが、私の願いを一蹴するとは。よほど失望なさったに違いない、だが私も同じくらい、いや、それ以上に失望した。私の願いはそれほどまでに価値の無いものだったのか。神の代理であるあなたに拒絶されるとはもうおしまいだ。私はすっかり絶望した、このままでは道に迷ってしまいます」。

ムーサーは言った。「主よ、お聞きになりましたか。単純極まりないこの青年、間違いなく悪魔の手の内にある様子。彼の望み通りに教えれば、きっと彼を害することになってしまう。しかしだからと言って望みを拒否すれば、彼を傷つけることになってしまう」。

神は応えた。「ムーサーよ、教えてやるがいい。慈悲と慈愛の名において、誰であれ、われは祈る者の祈りを拒絶したりはしない。彼の願いを叶えてやれ。教わった後で、善と悪のどちらを辿るか、彼自身に選ばせておやり」。

そこでムーサーは、先ほどよりも少し口調を和らげて、もう一度だけ警告した。「願いが叶ってしまえば、きっときみは後悔するだろう。くだらない望みは捨てよ。神を畏れよ。きみの願いは、きみを迷わせようと狡猾な悪魔が仕掛けた罠なのだ」。

「焦らさないで下さいよ」、彼は言った。「いいからとにかく教えて下さいよ。扉のところに座っている犬の言葉だとか、羽毛やら羽やらが生えている鳥の言葉なんかも」。「分かった」、ムーサーは言った。「きみに関わることだ。きみが自分で決めるのが一番良かろう。行け、きみの願いは聞き届けられた。犬が話そうが鳥が話そうが、きみはその両方を知るだろう」。

明くる朝、動物の言葉が本当に分かるかどうか試してみようと、男は入り口に立って待っていた。食卓を覆う布を抱えた女中が家の中から出てきた。女中が音を立てて布を払うと、昨夜の食べ残しのパンが地面に落ちた。そのパンを、素早く拾った者がいた。料理人である。どうやら、誰かと食べ残しを巡って競争しているようだ。すると声が聞こえた。

「返せ、返せ!それはおれの取り分だぞ!」。犬だ。犬が話をしている。「うれしそうにおれの取り分を食べるな。とうもろこしでも大麦でも、おまえは何でも食べられるじゃないか。おれたちはそうはいかないのだ。それなのに、なけなしの日々の糧をおれから奪うとはひどいじゃないか」。

「うるさいぞ、吠えるな」、料理人は言った。「そう落胆しなさんな。代わりに、もっと良いご馳走を神様が用意して下さっているよ。若旦那の馬が死にかけているんだ。明日はおまえが腹いっぱい食べて喜べばいいさ。馬が死ぬ日っていうのは、犬にとっちゃあお祝いの日だからなあ。明日になれば、何の苦労も心配もなく山ほど食えるんだぞ」。

これを聞いて、男はさっさと馬を売った。料理人を見る犬の目に、不信の色があらわになった。

次の朝も同じことが起こった。料理人が残りもののパンをかすめ取り、犬が料理人に文句を言った。「おい、料理人め、おまえにはまんまとだまされたぞ。いつまで嘘をつき続けるつもりか。この悪党め、嘘つきめ、盗人め。おまえは馬が死ぬと言ったが、その馬はどこに消えたのだ。まるで目の見えない星占師じゃないか、おまえの占いはでたらめだ」。

料理人はよく承知している様子で答えた、「若旦那の馬なら、別の御屋敷で死んだよ。若旦那、馬を売り払って損を避けたんだ。他人に損を押し付けようってわけだな。だがなあ、明日はラバが死ぬことになっている。犬にとっちゃ悪くない話だろう?さあ、何も言わずに明日まで待っていろ」。

欲深な男は、これを聞いてすぐさまラバを売った。おかげで彼は損をすることも無く、悲しまずに済んだ。

三日目の朝、犬は料理人に向かって、吠えて吠えて吠えまくった。「嘘つき、嘘つき!太鼓を叩くみたいに嘘をつくやつめ。おまえも嘘つきならおまえの鍋も嘘つきだ、おまえの薬缶はもっと嘘つきだ!」。

「そうなんだよ」、料理人は言った。「若旦那が大急ぎでラバを売っちまったんだ。だがなあ、明日は若旦那の奴隷がぶっ倒れるんだよ。奴隷が死んだ時のしきたりは知っているだろう?身内の者が犬や乞食にパンを振る舞うのさ」。

聞くが早いか、男はすぐさま奴隷を売った。損をせずに済んだのがよほどうれしかったらしい。男はにこにこと上機嫌だった。

次の日、男とは裏腹に失望を隠せない様子で犬が言った。「なあ、料理人よ。子供だましはもうよしてくれ。おまえはうまい話ばかりしていたが、おれはいつまで待てばいいんだい?おまえはずっと嘘をつき続けるつもりなのかい?おまえの口から、嘘以外のものが出てきたことなんてあったかい?」。

料理人は答えた。「いい加減なことを言うもんじゃない。おれは嘘なんぞひとつも言ってない、おれの言うことと嘘を混ぜこぜにしちゃあいけない。第一、おれは料理人だぜ。料理人はムアッジン3と同じだよ。正確で、誠実じゃなけりゃあ勤まらないんだ。

ムアッジンは太陽を観察して正確な礼拝の時間を割り出すだろう?料理人だってそうさ。台所の火を観察して、正確な完成の時間を割り出すんだ。食べるだけの連中は、もういいじゃないか、早く食わせろと皿を突き出してくるが、待っていろ、おれはまだまだ料理中だ - 自分の中の太陽を睨みながら頃合いを測っているんだ。

いいか。明日はなあ、間違いなく若旦那ご自身が死ぬ日だよ。誰が跡継ぎになるのか、ともかく葬式だ、牛を屠ることになるだろうなあ。通りのど真ん中で、パンでも何でも、金持ちだろうが貧乏人だろうが皆にたっぷり施すことになるだろうよ」。

それを聞いて男は煮えたように熱くなり、一目散で駆けて行き、大慌てでムーサーの - 「神と話す者」の - 扉を叩いた。そして恐怖の塵を払い落そうとするかのように、顔をかきむしりながら叫んだ、「カリーム4よ、運命の手から私を救ってくれ!」。

「帰れ」、ムーサーは即座に言った。「自分を売り払って逃げ出せばいいだろう。損を避けようと、これまでもずいぶんと賢く立ち回っていたではないか。 - きみはうまく穴を飛び越えたつもりだろうが、飛び越えるたび穴の底に信仰を落としたことには気づかなかったらしい。きみは自分が蒙るべき損失を、きみ以外の信仰者達に押し付けたのだ。おかげで、きみの財布ははちきれそうに膨らんでいる。

最初から、こうなることは目に見えていたよ。きみの運命など、煉瓦ですら映し出せるほどはっきりと分かり切っていたことだ。きみの目には、鏡に映し出されたことしか見えていなかったのだろうが。賢い者とは、事が始まる前から全体の見通しがつく者のことだ。きみのように、事が終った後にやっと全体が見通せるようになる者を愚か者というのだ」。

もう一度、男は哀願した。「ああ、いつもは気前の良いあなたが、私の願いを一蹴するとは。私の頭を叩くのはそんなに楽しいですか。確かに私は罪を犯しましたけど、だからと言ってその罪を、私の顔にぐいぐいと擦りつけなくたって良いじゃないですか」。

ムーサーは答えた。「若者よ、もう遅い。矢はすでに射手の元から飛び去った。射られた矢は二度とは元に戻らない。 - しかしそれでも、私はきみのために神に祈ろう、神がきみを見逃してくれるように。手放してしまった信仰を、きみが再び取り戻せるように。きみが生きているとき、それはきみが信仰を取り戻したときだ。信仰と共に在る者は、永遠に滅びることなく生きるだろう」。

それを聞くなり、男は具合が悪くなった。よろめきながら帰り道を歩いている間にも、不安はどんどん膨れ上がった。男の胸の奥から、喉元へ向かって何かがこみ上げてくる。周囲にいた人々が、慌てて洗面器を持ってきて彼に押し当てた。

げえげえと吐きながら男は考えた。自分は胃の病気だったのだろうか?これが死因となるのだろうか?違う。死への恐怖、死への不安がそうさせているのだった - そもそも他人に損を押し付けて逃げようなど、吐き気を催さない方がどうかしている。

四人がかりで運んでもらい、男はようやく家に帰りついた。足の片方を、誰かにしたたか踏まれたような気がする5が、それさえも定かには思い出せなかった。

夜明けも近づく頃、ムーサーは祈った。「神よ、あの青年から信仰を取り上げたもうな!王の寛大さをもって彼をお許し下さい - たとえ罪を犯し、図々しく振る舞い、法を破った者であったとしても」。

神は応えた。

 

赦そう。われは赦そう。かの者に信仰を授け、生を与えよう - 汝が望むならば。

否、あるいは今すぐにでも、われは全ての死者を蘇らせよう - 汝が望むならば。

 


*1 3巻3266行目より。

*2 第4話・註8参照。(以降、当該用語については註を省略する)

*3 1日に5回の礼拝の時刻を告げる係を勤める人。

*4 「カリーム・ッラー(Kalimu’llah)」すなわち「神と話す者」はムーサー(モーセ)の呼称である。シナイの山で直に神に話しかけられた(kallamahu)故事にちなんでこう呼ばれる。

*5 死に際の苦悶をコーランの句に沿って表わしている。コーラン75章26,27,28,29節:「いや、魂が喉もとに登ってくると、『誰か、魂を除いてくれる者はいないか』と言われる。やがて離別だ、と彼は思う。足と足はからみあう。」