自惚れネズミとラクダの話

『精神的マスナヴィー』2巻
ジャラールッディーン・ムハンマド・ルーミー

 

自惚れネズミとラクダの話

小さなネズミが一匹。ちょろちょろと出て来て、ラクダの手綱を両の前足で掴むと、ラクダを引き引き、得意げにその場を去って行った。ネズミはすっかり有頂天になっていた。ラクダを従えて歩くだなんて、まるで英雄にでもなった気分だ。ネズミが何を考えているか、ラクダはすっかりお見通しだった。「せいぜい楽しめ。今に目にもの見せてやるぞ」。ラクダは、そう独り言を呟いた。全ては順調だった。大きな川 ー 獅子や狼ですら後ずさりするであろうほどの ー が、彼らの前に現れるまでは。

3440. ネズミはすっかり仰天し、立ちすくんで身動きも出来ない。ラクダは言った。「おお、山谷を共にするわが道連れよ。どうした、何で立ち止まるんだ。雄々しく前進してみせろ!川を渡れ!おれの手綱を引いているのはおまえなのだろう?おまえが先導しないでどうする?そら、そら。早くしろ、往来の真ん中でぼんやり突っ立っているのはみっともないぞ」。ネズミは言った、「そうは言っても、こんなに大きくて深い川じゃないか。溺れるのが怖いんだ、相棒よ」。ラクダは言った、「どれほど深いのか見てやろう」。そしてさっさと川に脚を踏み入れた。

3445. 「ふん。こんな水たまり」、ラクダは言った、「せいぜい、膝まで届く程度だ。ネズミよ、何を驚いている。一体、どこに目をつけているんだ。どうした、さっきまであんなに威勢が良かったじゃないか」。ネズミは言った。「おまえにとっては蟻かも知れないが、おれにとっちゃ竜みたいなものなんだ。膝と言ったって、おまえの膝の話だろう。他の者には他の者の膝というものがあるんだよ。おまえにとってはたかが膝でも、おれにとってはそれはもう、頭の上の冠よりも百倍も高いところにあるんだよ」。ラクダは答えた。「だったら、二度と大きな態度を取らないことだな。偉ぶったところで、自分の魂、自分の体を、自分ですり減らすだけだ。ネズミならネズミらしくしていろ。ま、ラクダのおれとしては、ネズミのおまえに指図される謂れは何も無いがね」。

3450. ネズミは言った、「後悔してるよ。神かけて、頼む、この恐ろしい川を渡れるよう助けてくれ」。これを聞いて、ラクダは哀れの情をもよおした。「そら」、ラクダは言った、「おれの背中に飛び乗って、瘤の上に座っていろ。安心しろ、保証してやる ー おまえみたいなやつ、いつだって百でも千でも運んで渡るさ。川だろうが何だろうが渡るんだ、それがおれたちラクダの証明だからな」。 ー 預言者にあらざる者ならば、預言者の後を歩むのが良い。歩むうちに、やがて(欲望の)穴倉を抜け出して、(精神の)在り処と力とに辿り着けるだろう。従僕であれ、王侯にあらざる者ならば。船を操るなかれ、船頭にあらざる者ならば。

3455. 未だ完全ならざる見習いの分際で、独り立ちして店を構えようなどとは思うな。自らを柔らかく保て。パン生地のごとく、如何様にも姿かたちを変容させよ。(師の)手の下で捏ねられるうちに、ほどよく発酵し膨らむ時も来るだろう。「謹んで聞け(コーラン7章204節)」との御言葉に耳を傾けよ。沈黙を守り、もの言わぬ者であれ。せめて神の耳となれ、神の舌にあらざる者ならば。もしも口を開くならば、解釈を求めるために開け。卑しき物乞いとして振る舞い、心の秘密を知る王たちに解釈を乞え。傲慢と憎悪は、常に現世的な欲望に端を発する。そして現世的な欲望は、常に習慣に根差している。習慣は悪癖を強化する。悪癖が我が身にすっかり染み付いてしまえば、自分を抑えようとする者に対しては、誰かれ構わず激怒し耳を貸さなくなる。

3460. 土を喰うことが習慣になれば、やめさせようとする者は誰であれ敵となる。偶像を崇拝し、偶像に慣れ親しめば、偶像への道を閉ざす者は誰であれ敵となる。イブリースは自らが導師たることを習慣としていた。故にアダムに出会った時、不信と否定の目で彼を見、言った、「私よりも優れた導師がいるだろうか?私ほどの者の、賞賛を得るにふさわしい者が?」。権威とは毒である ー 自らの裡に、最初から十分な解毒剤を持つ者でもない限り。

3465. 山々が蛇に満ちていようが恐れる必要はない、解毒の鉱脈を有する者ならば。だが権威を有し、命ずることがその身の隅々まで染み付いた者にとり、思い通りにならぬ者は末代までの敵となる。同調せぬ者、逆らう者に出会えば、胸の裡に生じるのは無数の憎悪の感情だ ー 「あやつは私を否定する!私を認めず、私の持つ全てを根こそぎにし、私を弟子か従僕のように扱う!」。自らの習慣を共有しない、ただそれだけで、敵意の炎の神殿に憎悪の焰を燃え上がらせる。そのような習慣、邪悪に根差すもので無ければ何だと言うのか?

3470. あるいは逆らう者に対し、見せかけの寛容を示す者もあろう。だがそのようにして、自らの心にいくばくかの余裕を保とうと努め、心中に燃える憎悪から目を逸らしたところで、悪癖をますます強めるばかりだ。欲望なるもの、最初は蟻のようでも、習慣によっては大蛇に育つ。ならば最初から欲望を殺せ、蛇が蛇であるうちに。さもないと、見よ、蛇はやがて竜になる。だが誰もかれも、自らの蛇を蟻であるかのように看做すばかりだ。心を知る王に尋ねよ。解釈を求めよ、自らの今の状態が如何なるものかを。黄金にならぬ限り、銅には、自らが銅であったことに気付けない。王にならぬ限り、心には、自らが破滅にあったことに気付けない。

3475. 霊薬にかしづけ、銅の如くに。耐え忍べ、おお、わが心よ。耐え忍べ、心に報いる者の報いを得るために。知れ、心に報いる者とは、昼と夜のごとくに代わる代わる現世から立ち去る者 ー 神のしもべたる者に瑕瑾を探すな。王たる者に、盗人の嫌疑をかけるな。