泥棒を取り逃がす話

『精神的マスナヴィー』2巻
ジャラールッディーン・ムハンマド・ルーミー

 

泥棒を取り逃がす話

これ、このイブリースの振る舞いというのは、あれ、あの物語のようなもの。語って聞かせよう、ある男がいかにして家に忍び込んだ泥棒を見つけ、その後を走って追いかけたかについて。距離にして平野を二つ、あるいは三つばかり、彼は泥棒の後を追って走った ー 疲労が、彼をして流れる汗の只中へ突き落とすまで。

2795. 息せき切って走り抜き、泥棒に追いつき、飛びかかり、今まさに捕まえようというその瞬間、 ー 二人めの「泥棒」が現れる。こいつが、彼に向かって大声で叫んだ、「おおい、こっちへ来い。この災厄のしるしを見てみろ!急いで戻れ、行動の人よ!こちらがどれほど救い難い有り様になっているか、これを見ればきみにも分かるだろう!」。彼(家の主)はひとりごちた、「あちらにも、まだ泥棒がいたに違いない!ここでいったん引き返さずにいれば、運命は定められた通りに私に降り掛かるだろう。ひょっとすると、私の妻や子供に手出しするかもしれない。そんなことになったら、今追いかけているこの泥棒を捕まえたところで、私に何の益があるだろうか?

2800. あのムスリムは親切心から私を呼び戻そうとしてくれているのだ。急いで戻らなければ、きっと悪いことが起きるに違いないぞ」。気だての良い友人の、深い思いやりにいささか過剰な期待を抱きつつ、彼は泥棒を追いかけるのをやめ、来た道を再び戻った。「おお、善良なるわが友よ」、彼は言った、「いったい、何があったのだ?いったい誰のせいで、きみは嘆き訴える羽目に陥ったのだ?」。「これを見てくれ」、そいつは答えた、「ほら、泥棒の足跡だよ!しみったれの泥棒が、ここを通って逃げたに違いない!そら、それがこそ泥の、寝取られ野郎の足跡だ!さあ、この足跡を目印に、やつの後を追いかけるといい!」。

2805. これを聞いて、彼は答えた、「なんてこった、この馬鹿め!おまえは何を言っているのか?何故って、私はあとほんの少しでやつを捕まえるところだったんだぞ!それなのに、おまえが叫んだりするから泥棒を取り逃がしてしまったのだ。私はおまえを、馬鹿なロバを、知性あるヒトだと思ってしまった。おお、こいつめ!こんな無意味な、馬鹿馬鹿しいことがあるものか!現に私は、実体を見つけたところだったのだ。手がかりなぞに何の価値があると言うのか!」。するとそいつは言った、「何を言うか。私は、その実体への手がかりを与えてやったじゃないか。そら、これが手がかりだ。私にだって、ほんものの実体については心得ているさ」。

2810. 彼は言った、「おまえは口達者な卑怯者だ。そうでなければ、ただの大馬鹿者だ。 ー いや、おまえこそが泥棒だ。この有り様もおまえのせいだ、全ておまえが仕出かしたことだ。私は自分の目の前に、敵を引きずり倒そうというところだった。だが『ここに足跡があるぞ』と叫び、やつを逃がしてしまったのはおまえではないか」。 ー あなた方は外側に顕れる連環について語る。しかし私は、あらゆる連環を超える。(神との)合一にあって、しるしだの、証拠だのと語る余地など、一体どこに残されているだろうか?(本質から)締め出され、妨げられている者は、(神の)行為を「しるし」「属性」といったものからしか見ることができない。目に見える「属性」という限られた範囲に閉じ込められ、本質を見失っているのだ。(神との)合一にある者なら、本質にのみ専念し、没頭せずにはおれない - 彼らが、どうして属性などに目を奪われることがあろうか、おお、若者よ。頭を川の底深くに沈めて泳ぐ者が、どうして水の色などに目を奪われるだろうか。

2815. やがて(川の)底深くから水面まで戻って来たとき、あなたは、目の粗い羊毛の衣を受け取ることだろう ー そしてそれを受け取ることと引き換えに、豪奢な毛皮を与えられることだろう。無知蒙昧な者の語る「信心」など、選ばれし者にとっては罪でしかない。無知蒙昧な者の言う「合一」など、選ばれし者にとってはヴェイルでしかない。もしも王が大臣を、警吏の地位につけたなら、彼は王を敵と看做すだろう、決して友とはならないだろう。そればかりではない、やがて大臣は、何かしらの悪事を仕出かすことだろう。変化というものは、常に何かしらの原因があって起こるもの ー それが悪い方への変化ならば尚更のこと。もしも彼が最初から警吏であったなら、彼はその仕事に満足し、その仕事に見合った生計を立てていただろう。

2820. しかし彼が、最初は王の大臣であったならどうか ー 彼を警吏の地位につければ、それが悪事の原因となろう。かの王が、戸口にいるあなた方を眼前に呼び寄せ、それから再び戸口へと追いやったのなら、知れ、あなた方は気付かぬうちに何かしらの罪を犯していたのだということを。それに気付かず、「これが私に定められた運命だ、これが私の持ち分であり、これが私に与えられたものなのだ」と、あたかもそれが逃れ得ぬ原因であるかのように言うのは、罪の上に愚かさを重ねることになる。何かを失えば「逃れ得ぬ運命だったのだ」と言う ー それが手許にあった時には、運命のおかげだ、などとは微塵も思わずにいたくせに。愚かな者は、与えられた持ち分を自ら減らす。価値ある者なら、与えられた持ち分を増やすだろうに。