Classical Islam: A Sourcebook of Religious Literature
コーラン、ハディース、預言者伝、コーラン解釈に教義解釈、神秘主義といったテーマ別に、古典と呼ばれるイスラム原典文書群をきれい&ていねいにまとめたタイトル通りの御本です。とても便利だし、それにこの宗教の成り立ち・生い立ちをともかく「おおづかみ」につかむのには最適であるかと。
以下は「形成と蒐集の歴史」と題された第一部の”2 The life of Muhammad”から、”2.2 Ibn Abbas on the heavenly ascension”を。
解説
アブドゥッラー・イブン・アッバース(619 – 687)は、初期のイスラム文化圏における最も重要な伝統的知識人の一人。特にコーラン解釈で有名。ムハンマドのいとこ。ムハンマドのヒジュラ(移住)の三年前に生まれている。のちにアッバース朝の名で知られる、一大イスラム王朝のカリフの祖父にあたる。王朝の権威の象徴として、後世になってから非常に重要な人物として扱われている。特に、彼の家長としての家族・一族への権限のあり方や、支配の手法などは、ムスリム社会における伝統的な家族のあり方の指針のひとつとなったことは間違いない。
イブン・アッバースによるものとされる書物は多くあるが、実際に彼が書いたものかどうかは疑わしい。むしろ彼の名前は、イスラムにおける宗教上重要な議論に対する、正統なアプローチの基本的な作法を確立するために利用されたと考えるのが適切だろう。ここで紹介する「ミウラージュについて Kitab al-isra wa’l-miraj」は、まさしくそれに該当する。
「ミウラージュについて Kitab al-isra wa’l-miraj」は、ムハンマドの「夜の旅」と「昇天」を主題として扱うテキスト群のうち、最も多く世に広められたものと言える。テキスト内の描写は、それを読むムスリムの想像力を最大限にかき立てると同時に、イスラムの教義と法に、安定した基盤を提供するようにも書かれている。その点から、宗教的教義が不安定な創成期に書かれたというよりも、むしろ安定にさしかかりつつある時期のムスリムの認識を反映させたテキストと考えるのが自然である。
ミウラージュに関するテキストにはいくつかのヴァージョンがある。例としてイブン・イスハーク(イブン・ヒシャーム)のAl-Sira al-nabawiyyaやSirat rasul Allah、アル・タバリーのTa’rikh al-rusul wa’l-muluk(いずれも英訳あり)などがそれである。
イブン・イスハークのヴァージョンでは、メッカの住民たちとムハンマドの対話の詳細な描写に重点が置かれ、強調されている。その点からすれば、イスラム初期の状態をより忠実に記したものと言えるかも知れない。
その一方で、イブン・アッバースの名によるテキストはガブリエルとブラーク、夜の旅、それから昇天の三点によって構成されている。最初に登場するの はガブリエルとブラークだが、これについてはごく簡素に扱われており、すぐさま次の展開、すなわち夜の旅へと物語が進められる。夜の旅の後に天国と地獄をかいま見、ついで神とのやり取りへ、それから地上への帰還をもって物語は終了する。全体として、宗教の称揚を目的とした宣教的な性格を持つテキストと言える。主なねらいは、神に属する不可視の領域に踏み入ったムハンマドの経験を鮮明かつ緻密に描くことにより、ムハンマドを特別な価値のある人物として知らしめることにある。神への崇拝のみならずムハンマドへの、ひいてはアッバース王朝への崇拝を正当化するための装飾的な美文がテキスト全体に散見される。
イブン・アッバースの「ミウラージュについて」はわずか46ページの小作品である。このことも、この物語がこれほどまで広く世に知られることになった一因だろう。偽作もまた数多く存在するが、こうした現象については、批評的に扱う者はほぼ皆無である。「七つの天界」 自体は、これに限らず様々な物語に繰り返し登場する。民話としては非常に人気が高く、好まれたモチーフであると言えるだろう。
一. ガブリエルとブラーク
「聖なる礼拝堂から、われらがしるしを示すために周囲を祝福した遠隔の礼拝堂まで、夜のあいだにその僕(しもべ)を連れて旅したもうたお方に栄光あれ。まことに神はよく聞き、よく見通したもうお方である(コーラン17章1節)。」
イブン・アッバースの名において、預言者の名において。それは預言者が招命を受けてから八年目、ラジャブ月二十七日の月曜日、預言者が、アブー・ ターリブの娘、ファキータとも呼ばれたウンム・ハニの家にいた時のことである。ファーティマ・アル・ザフラもその場にいた。彼女はその時九歳で、まだアリーに嫁ぐ前だった。
その夜、訪問者が扉を叩く音を聞いたファーティマは、そこにいるのが誰なのかを見に行った。彼女は、立派な衣装と宝石を身につけた者が立っているのを見た。その者は緑の翼を持ち、それは東と西を覆っていた。頭上には、真珠と宝石を散りばめた冠が飾られていた。冠には、「神の他に神は無し。ムハンマドは神の使徒なり」と書かれていた。
「何をお望みですか?」とファーティマが尋ねた。「ムハンマドを」、とその者は答えた。それで彼女はきびすを返して居室へ戻り、神の預言者を呼んで言った。「父よ、扉のところにお客様が来ています。恐ろしい、今まで見たこともない者です。『ムハンマドが欲しい』と言っています」。そこで私(ムハンマド)は扉のところへ行った。その姿を見て、一目でそれがガブリエルだと分かった。ガブリエルは私に言った、「あなたの上に祝福と平安がありますように、 真実を愛する者、生けるもの全てを統べる者よ」。そこで私は言った、「新たな啓示でしょうか、それとも法でしょうか、あるいは審判が下されるのでしょうか」。彼は言った、「愛の人よ、落ち着きなさい。心を静め、長衣を着て出かける準備をしなさい。今夜、あなたは主の近くへ行くのです。時間も睡眠も妨げとはなりません」。わが兄弟ガブリエルのその言葉を聞いて、私は興奮して立ち上がり、長衣をつかんで身にまとい、砂漠へと出かけた。砂漠には、一頭のブラー クがガブリエルに引き綱を引かれて立っていた。
ブラークは、他のどのような獣とも違った。その大きさは、ロバとラバの中間ぐらいだった。人間の顔をしており、身体は馬のそれだった。地上のどのような獣とも比べられないほど素晴らしかった。たてがみに編み込まれた真珠と宝石が、光を集めてきらきらと輝いていた。耳は緑のエメラルドで、目は彗星のようだった。そして太陽のように光を放っていた。黒、灰、白の三色混じりの足を持ち、真珠と宝石で飾られていた。神がご自身でそうするのでもない限り、完全に説明することは不可能だろう。人間の本質は獣とほとんど変わらないが、それは獣の知恵の及ぶところを超えていた。
ブラークを見て、私はただ驚く他はなかった。ガブリエルは言った、「しっかりしなさい、神を愛し、神に愛される者よ。そしてそれに乗りなさい」。私 は体を起こしてブラークに乗ろうとしたが、ブラークは網の中の魚のように跳ねた。ガブリエルはそれを見てブラークを咎めた。「ブラークよ、落ち着きなさい!真実を愛する者、生けるもの全てを統べる者を遠ざけようとするなど、恥ずかしいことと知りなさい。おまえを創り、私を創った主の名において。いったい、ムハンマド以上に神に愛される者がおまえに乗ったことなどあっただろうか?」。ブラークが言った、「神に選ばれし者アダムを乗せました。神の友アブラハムを乗せました」。ガブリエルは言った、「ブラークよ、ここにいるのは神の愛する者、世界を有する主の使徒ですよ。彼は天と地の全てから最も愛される者 です。彼のキブラはカアバであり、彼の宗教はイスラムです。審判と復活の日には、すべての生けるものが彼の仲裁と執り成しを欲するでしょう。彼の右側には楽園があり、彼の左側には火獄があります。彼を否定する者は火獄へ、彼を信頼する者は楽園へ入るでしょう」。
二. 三つの器
それから、ガブリエルは私を(エルサレムの)聖なる館へと案内した。私は彼の後を追った。私が近づくと、彼は三つの器を持っていた。最初の器には乳が入っており、二つ目には葡萄酒、そして三つ目には水が入っていた。ガブリエルは言った、「どれでも、あなたが望むものを飲みなさい」。そこで私は乳の入った器を受け取り、ほとんど全て飲み干した。ガブリエルは言った、「あなたの性質は、イスラムの全てを自然として備えています。もしもあなたが葡萄酒を選んだならば、あなたの共同体は過ちを犯すことになったでしょう。もしもあなたが水を選んだならば、あなたの共同体は溺れることになったでしょう。あなたが乳を選んだので、あなたの共同体の誰もが、火獄に入ることはないでしょう」。
三. 第一の天界
ガブリエルは言った、「昇りなさい、ムハンマド」。そこで私は、ガブリエルと並んで昇っていった。彼は私に、崇拝が行なわれる様々な場面に立ち会わせてくれた。神のみが正確に数えられるであろうほど多くの天使たちが、絶え間なく礼拝して神を讃美していた。モスクに吊るされた燭台のように、星々が頭上に灯るのを見た。最も小さな星ですら、地上の最も大きな山より大きかった。それから私は世界の空に昇ったが、それにかかった時間は夜の旅全体のうち、一瞬のまばたきほどの間のことだった。最も低い天界と地上との間には、時にしておよそ五百年ほど、距離にして同じぐらいの隔たりがあった。
それからガブリエルは扉を叩いた。「どなた?」と彼らは言った。「ガブリエル」と彼は答えた。「一緒にいるのは誰?」と彼らは言い、彼は「ムハンマド」と答えた。「遣わされた者か?」と彼らは言い、彼は「そうだ」と答えた。彼らは言った、「ようこそ、あなたも、それからあなたと共にいる方も。あなた方の到来は素晴らしいことです!」。
彼らは私達のために扉を開け、それから私達は中へ入った。中はどこもかしこも、跪いたり平伏したりする礼拝中の天使たちで占められており、空いている場所はどこにもなかった。私は二つの大きな川が流れているのを見た。私は尋ねた、「ガブリエルよ、これは何という川ですか?」。彼は答えた、「ナイル川とユーフラテス川です。それらの源は楽園にあるのですよ」。その他にもう一つの川があり、川岸には真珠と、かんらん石らしい緑の宝石で出来た宮殿があった。 川岸に触れると、それはかぐわしい麝香の匂いがした。そこで私は尋ねた、「これは何という川でしょうか」。ガブリエルは答えた、「これは、神があなたのために創ったカウサルの川です」。
私が再びそちらを見ると、堂々たる態度の天使がそこにいた。彼は光の馬に乗り、光の衣を着ていた。彼はその他七万の天使たちの長であり、その他とは違う宝石と衣を着ていた。彼らは皆、光の槍を持っていた。彼らは神の軍勢だった。もしも地上の一人が神に対する反抗者であれば、それがたとえたった一人であっても、ただちに誰それが神の怒りを買った、と彼らは宣言する。そして彼らもまた、その人物への怒りを隠さなくなる。もしも地上の一人が、赦しを求めて悔悟し崇拝者となれば彼らは、神が誰それに満足した、と宣言する。そして彼らもまた、その人物に満足するのである。
私は尋ねた、「ガブリエル、わが兄弟よ。この偉大な天使は誰でしょうか」。彼は答えた、「イシマエルです。天と地の宝を守護しているのです。近くまで行き、彼に挨拶をしなさい」。そこで私は彼に近づき、彼に挨拶をした。彼も私に挨拶を返し、主が私に授けた祝福について祝いの言葉をかけてくれた。彼は言った、「世に吉報を広めなさい、ムハンマドよ!全ての生けるもののうち、復活の日まで最も善いものはあなたと、あなたの共同体です」。私は言った、「私は主を讃えます、主に感謝します」。
四. 第二、第三、第四の天界
それから、私たちは第二の天界に昇ったが、それにかかった時間は夜の旅全体のうち一瞬のまばたきほどの間のことだった。そこと空との間には、時にしておよそ五百年ほど、距離にして同じぐらいの隔たりがあった。ガブリエルが扉を叩いた。「どなた?」と彼らは言った。「ガブリエル」と彼は答えた。「一緒にいるのは誰?」と彼らは言い、彼は「ムハンマド」と答えた。「遣わされた者か?」と彼らは言い、彼は「そうだ」と答えた。彼らは言った、「ようこそ、あなたも、それからあなたと共にいる方も」。彼らは私たちのために扉を開け、それから私たちは中へ入った。それは鉄の楽園だった。鉄は一枚の布のように、継ぎ目もなければ切れ目もなく、「マーウーン(船、あるいは器)」と呼ばれていた。私はそこで天使たちを見た。彼らの手には、様々に飾られた戦いのための剣が握られており、彼らは私たちのために馬に乗っているのだった。私は尋ねた、「ガブリエル、彼らは何者でしょうか」。彼は答えた、「彼らは天使たちの軍です。神は彼らを、復活の日までイスラムを守護する側近たちとして創りました」。
私は、互いに似た二人の青年に出会った。そこで私は、彼らが誰なのかをガブリエルに尋ねた。彼は言った、「ザカリヤの息子ヤフヤと、マリアの息子イエスです。彼らの上に平安あれ。近くまで行き、彼らに挨拶をしなさい」。そこで私は彼らに近づき、彼らに挨拶をした。彼らも私に挨拶を返した。
イエスは長すぎず短すぎない美しい髪と、白に少し赤みを混ぜ合わせたような顔の色をしていた。ヤフヤの顔には、謙遜のしるしが残されていた。彼らは順番に私に挨拶を返し、主が私に授けた祝福について祝いの言葉をかけてくれた。彼らは言った、「世に吉報を広めなさい、ムハンマドよ!全ての生けるもののうち、復活の日まで最も善いものはあなたと、あなたの共同体です」。私は言った、「私は主を讃えます、主に感謝します」。それから私はガブリエルの先導に従い、二ラカアの礼拝を神の友アブラハムの共同体に捧げた。
それから、私たちは第三の天界に昇ったが、それにかかった時間は夜の旅全体のうち一瞬のまばたきほどの間のことだった。そこと第二の天界との間には、 時にしておよそ五百年ほど、距離にして同じぐらいの隔たりがあった。ガブリエルが扉を叩いた。「どなた?」と彼らは言った。「ガブリエル」と彼は答えた。 「一緒にいるのは誰?」と彼らは言い、彼は「ムハンマド」と答えた。「遣わされた者か?」と彼らは言い、彼は「そうだ」と答えた。彼らは言った、「ようこそ、あなたも、それからあなたと共にいる方も」。彼らは私たちのために扉を開け、それから私たちは中へ入った。それは銅の楽園であり、「ムザッヤナ(飾り)」と呼ばれていた。私はそこで、緑色に染まった旅団と共にある天使たちを見た。私は尋ねた、「ガブリエル、彼らは何者でしょうか」。彼は答えた、「彼らはラマダン月の、みいつの夜の天使です。夜に祈る人たちや殉教者たち、宗教のために集まる人たちを探し出し、彼らを守るのです」。旅団の中に老人と若者がいるのを見た私は言った、「ガブリエル、彼らは誰でしょうか」。彼は言った、「ダビデとソロモンです。近くまで行き、彼らに挨拶をしなさい」。そこで私は彼らに近づき、彼らに挨拶をした。彼らも私に挨拶を返した。彼らは、主が私に授けた祝福について祝いの言葉をかけてくれた。彼らは言った、「世に吉報を広めなさ い、ムハンマドよ!全ての生けるもののうち、復活の日まで最も善いものはあなたと、あなたの共同体です」。私は言った、「私は主を讃えます、主に感謝します」。
私は、彼らの間に一人の青年を見た。奴隷の姿をしており、光の椅子に座って、彼の顔からは光が発散されていた。彼の全体はまるで満月のように見え た。「ガブリエルよ、わが兄弟よ。この青年は何者でしょうか」。彼は言った、「ヤコブの息子ヨセフです。全ての星々のうち、とりわけ月が愛されるように、 彼の長所と美しさは、神にとりわけ愛されているのです」。私は彼に近づき、彼に挨拶をした。彼も私に挨拶を返した。彼は主が私に授けた祝福について祝いの言葉をかけてくれ、それから「信仰あつい兄弟よ、聡明なる預言者よ、あなたに平安あれ」と言った。天使たちが一斉に列をなして並び、私はガブリエルの先導に従い、二ラカアの礼拝を神の友アブラハムの共同体に捧げた。
それから、私たちは第四の天界に昇ったが、それにかかった時間は夜の旅全体のうち一瞬のまばたきほどの間のことだった。そこと第三の天界との間には、 時にしておよそ五百年ほど、距離にして同じぐらいの隔たりがあった。ガブリエルが扉を叩いた。「どなた?」と彼らは言った。「ガブリエル」と彼は答えた。 「一緒にいるのは誰?」と彼らは言い、彼は「ムハンマド」と答えた。「遣わされた者か?」と彼らは言い、彼は「そうだ」と答えた。彼らは言った、「ようこそ、あなたも、それからあなたと共にいる方も」。彼らは私たちのために扉を開け、それから私達は中へ入った。
それは銀白の楽園であり、「ザヒラ(輝き)」と呼ばれていた。主の奇跡か、異なる天使達の一群の中に、私は明るく光る顔を持つ人を見つけた。「ガブリエルよ、わが兄弟よ。あの人は誰でしょうか」、謙遜の意と共に、私は尋ねた。彼は言った、「あれはあなたの兄弟のイドリスです。神は彼を、高い階梯へ昇らせました。近くまで行き、彼に挨拶をしなさい」。そこで私は彼に近づき、彼に挨拶をした。彼も私に挨拶を返し、神の赦しと祝福が、私と私の共同体の上 にあるよう祈ってくれた。
五. 第六の天界
私は言った、「ガブリエルよ、あれは誰でしょうか」。彼は言った、「あれは神に創られ、天国の連隊を委任された天使です。天使たちのうち、最も信頼のおける援助者です。復活の日まで、誠実にあなたの共同体を守るでしょう」。そこで私は彼に近づき、彼に挨拶をした。彼も私に挨拶を返した。彼は言った、 「ようこそ、世界を統べる主に愛された者よ!」。
私は、長く豊かな髪の老人を見た。彼は白く厚手の、羊毛の衣を着ていた。彼は杖を持っており、それで彼の身体を支えていた。彼の髪が彼の全身のほと んどを覆っており、白い顎髭が胸に届いていた。私は言った、「ガブリエルよ、わが兄弟よ。あの人は誰でしょうか」。彼は言った、「あれはイムラーンの子、 あなたの兄弟のモーセです。神は彼に、神の言葉と行為という名誉を与え、神の代理者としました。近くまで行き、彼に挨拶をしなさい」。そこで私は彼に近づ き、彼に挨拶をした。彼は私を見て、そして語り始めた。「イスラエルの民は、私をして神の創るもののうち最も高貴な者であると主張する。だが、私の目の前にいるこの者こそ、主の御前ではより高貴な者だ。彼こそはクライシュの預言者、メッカの民、ハシミテ王国のアラブ、開かれたワディの男だ。彼こそ愛されし 者、彼こそ偉大な者、高貴な者。彼の名は信仰者ムハンマド。ようこそ、イブン・アブドゥッラー・イブン・アブドゥル・ムッタリブよ、信仰あつい兄弟よ、聡明 なる預言者よ」。そして彼は、神の吉報と祝福が、私と私の共同体の上にあるよう大きな声で祈ってくれた。
六. 第七の天界
天使たちが一斉に列をなして並び、私はガブリエルの先導に従い、二ラカアの礼拝を神の友アブラハムの共同体に捧げた。それから、私たち達は第七の天界に 昇ったが、それにかかった時間は夜の旅全体のうち一瞬のまばたきほどの間のことだった。そこと第六の天界との間には、時にしておよそ五百年ほど、距離にして同じぐらいの隔たりがあった。ガブリエルが扉を叩いた。「どなた?」と彼らは言った。「ガブリエル」と彼は答えた。「一緒にいるのは誰?」と彼らは言い、彼は「ムハンマド」と答えた。「遣わされた者か?」と彼らは言い、彼は「そうだ」と答えた。彼らは言った、「ようこそ、あなたも、それからあなたと共にいる方も。最も良きものが二つ同時に訪ねてくるとは!」。彼らは私たちのために扉を開け、それから私たちは中へ入った。空は純白の真珠でできており、それは 「アジバ(驚異)」と呼ばれていた。そこは最も高い天界で、私は筆が立てるかりかりという音以外には何も聞かなかった。
その中で、私は主に仕える「霊的なるもの」と呼ばれる幾人かの天使を見た。私は右を向いた。見事な顔をして、立派な衣を着た老人が光の椅子に座って いた。その後ろに、この上なく神聖なカアバを守護するために用意された天の館が控えていた。私は言った、「ガブリエルよ、わが兄弟よ。あの人は誰でしょう か」。彼は言った、「あれはあなたの父アダムです、神の祈りが彼の上にありますように。近くまで行き、彼に挨拶をしなさい」。そこで私は彼に近づき、彼に 挨拶をした。彼も私に挨拶を返した。彼は、主が私に授けた祝福について祝いの言葉をかけてくれ、「ようこそ、信仰あつい息子よ、聡明なる預言者よ。世に吉報を広めなさい、ムハンマドよ!全ての生けるもののうち、復活の日まで最も善いものはあなたと、あなたの共同体です。本当に、あなたの主はあなたに敬意を表しようと、あなたを近くまで引き上げました」。彼は言った、「天の館を見たでしょう。その中には黄色いルビー、緑のかんらん石、上質の真珠に取り囲まれ、光に包まれた宝石の燭台があります」。
天使たちがうやうやしく館の周囲を巡っていた。私は近づき、彼らと共に七回巡った。私は天使たちに言った、「一体、どれくらい以前から館を訪れているの ですか」。彼らは答えた、「神が、あなたの父アダムをお創りになるより二千年ほど前からです」。毎日、一億七千万の天使たちがこうして館を訪れるが、一たび訪れれば、復活の日が来るまで二度とその機会はないのだった。
七. 礼拝の回数
私が(第七の天界から)立ち去り降下しようとしたちょうどその時、主が私に向って仰った、「待て、ムハンマド!本当に、われは汝と汝の共同体に、宗教における義務を委任した。義務を果たす人々は楽園に入る。果たせない人々については、赦すも罰するも、われは汝の望む通りにしよう。われは昼と夜、それ ぞれに五十回の礼拝を、宗教における義務として汝と汝の共同体に命ずる」。私は言った、「私たちは確かにこれを聞き、またこれに従います」。私は主の御前を 去り、主は私を祝福した。私はそのまま夜の旅を続け、私の兄弟であるモーセ、イムラーンの子のところまで戻ってきた。彼は私を見て、「ようこそ、信仰あつく愛されし者よ。主の御前からの帰り道か?」。私は「はい」と答えた。彼は尋ねた、「主は、あなたに何か下されたのだろうか?」。私は言った、「主は私に命じられ、私は喜んで受取りました」。彼は尋ねた、「主は、あなたの共同体に何か下されたのだろうか?」。私は言った、「主は私の共同体に命じられ、私の 共同体は喜んで受取りました。主は昼と夜、それぞれに五十回の礼拝を、宗教における義務として私と私の共同体に命じられました」。モーセは言った、「主の御前に戻り、あなたと、あなたの共同体のために、時の最後の共同体のために、義務を軽くして下さるようお願いしなさい。彼らの体は弱く、また彼らの命は短い。彼らはそれに耐えられない、だからあなたが、義務を軽くして下さるよう主にお願いしなさい」。私は言った、「兄弟よ、あなたが超えた障壁を、あなたの他に誰が超えることができるでしょうか?」。モーセは言った、「ここから主にお願いしなさい。なぜなら主はすぐ近くにおられ、答えられるだろうから」。いと高く、いと貴い方の招きにかけて誓うが、主は仰った、「願え、われは応ずる」。私は言った、「主よ、私の共同体は弱く、五十回の礼拝を行えるほど立派ではありません。私と私の共同体のために、礼拝を五回減らして下さい」。それから私はモーセのところへ戻り、彼にこのことを伝えた。彼は言った、「主の御前 に戻り、あなたと、あなたの共同体のために、もっと義務を軽くして下さるようお願いしなさい」。私は主とモーセの間を行きつ戻りつしたが、私と私の共同体 が、四十五回の礼拝の義務から解放され、それが五回になるまで、モーセは私に話しかけ続けた。モーセは言った、「主の御前に戻り、あなたと、あなたの共同体のために、もっと義務を軽くして下さるようお願いしなさい」。私は言った、「兄弟よ、これ以上は私は主に顔向けが出来ません」。主は私を呼び、そして仰った、「戻れ、ムハンマド!われらは五つの行いを、五十の行いとして数える。一回の礼拝は十回の礼拝と等しい。われの前において、それは十回と同等であ る。誰であれ悪を行なえば、行なった者に悪が等しくする」。
八. メッカへの帰還
天界の旅を終えた頃、世界はまだ夜のままだった。時間は全く流れていなかったのである。私は、神により高貴かつ偉大なものとされたメッカに戻り、そ してブラークから降りた。ガブリエルが、私を地上へと戻した。彼は言った、「ムハンマドよ、朝が来たらあなたの人々に今夜あなたが見たものについて話し、 神の慈悲による吉報を伝えなさい」。私は言った、「ガブリエルよ、わが兄弟よ。私は、嘘をついていると思われるのではないかと恐れます」。ガブリエルは言った、「たとえ嘘をついていると思う者がいても、アブー・バクルはあなたを嘘つき呼ばわりする者のことなど気にもしないでしょう。彼はあなたを助けるでしょう」。
朝の礼拝までの時間、私は自分の枕で眠った。それから目を覚ますと、私は朝の礼拝を行なった。その後、私がモスクから出ると、いつもと同じくよこしまなアブー・ジャフルがいた。私を前を通りながら、彼は言った、「さて、おまえは昨日いったい何を預言したんだね、ムハンマド?」。彼は私を見ると、いつ でも色々と尋ねてくるのだ。私は彼に、夜の旅について話した。彼は言った、「一体どこへ?」。私は行った、「(エルサレムの)聖なる館へ行き、それから玉座へ。私は真理(神)に話しかけた。主も私に話しかけ、私に贈り物を下され、私に優しくして下さった。また、私は楽園を見、神が人々に約束された永遠の祝 福を見た。私は炎を見、ザックーム(「苦い果実の木」、コーラン37章62節、44章43節、56章52節)を見、神が火獄の人々に約束された煮え湯を見た」。アブー・ジャフルは言った、「ムハンマド、そんな話は二度とするな。でないと、人々はおまえを嘘つきだと思うだろう」。私は言った、「神が約束され、神が祝福されたことについて隠す必要があるだろうか?神は私に仰った、『あなたの主の恩恵についていつでも話せ(コーラン93章11節)』と」。アブー・ジャフルの上に神の災いあれ、彼は言った、「神かけて、おまえの言っていることはおかしい。皆の前でも、私にしたのと同じ話をすることが出来るの か?」。私は「はい」と答えた。そこでアブー・ジャフルは、メッカの祝福された人々に向って叫んだ、「メッカの人々よ、ここへ集まれ!」。すると全ての人々がそうした。
九. ムハンマドの証明
神の使徒は教えを説くために立ち上がり、そして言った、「クライシュの長たちよ。神に賞讃あれ。知れ、神は私を夜の旅へと連れ出され、私は聖なる館を 訪れ、それから七つの天界へと昇った。私は、そこで預言者達に出会った。私は玉座まで昇り、光の絨毯を踏んだ。私は真理に話しかけ、真理も私に話しかけた。私は楽園と火獄を見た。私は、これについて話すよう命じられた」。
アブー・バクル・アル・シッディークは言った、「神に選ばれし者よ、あなたは真実を語っている。神に愛されし者よ、あなたは真実を語っている」。ア ブー・ジャフルは言った、「ずいぶんと話上手なことだ。だが私は、おまえから楽園についての話など聞かされたいとは思わない。むしろ聖なる館について話せ。聖なる館についておまえがどう話すかによって、おまえが真実を語っているのか、あるいはおまえの言葉が真実なのかが分かるというものだ」。
預言者は落胆して顔を伏せた。なぜなら、彼はエルサレムの聖なる館を夜に訪れ、また同じ夜にメッカに戻ったのであり、暗闇では何ひとつ見ることができなかったからである。そこで神はガブリエルを聖なる館に遣わし、それを取り囲む山々、丘、谷、路地や大通り、モスクを大地から持ち上げさせ、神に愛されし者ムハンマドの目の前に広げて見せた。誠実なガブリエルは聖なる館を預言者のもとへ運び、預言者にそれを見せた。預言者は隅から隅まで、人々に説明してみせた。頭を垂れる人々のうち、アブー・バクルが言った、「神に愛されし者よ、あなたは真実を語っている」。
それから預言者は言った、「わが兄弟ガブリエルと私は、空の上からアラーク山のマフズーム一族を見た。彼らの灰色のラクダが道に迷っていた。私は空の上から、ラクダがワディ・アル・ナフル(椰子の谷)にいることを彼らに告げた。明日の朝、太陽が昇る頃に彼らがあなた方のもとへやってくる。彼らがここ へ来たら、このことを彼らに尋ねてみるといい」。しかしその翌朝、訪問者たちはまだ遠く離れたところにおり、日の出までにメッカに着きそうにもなかった。そこで神は、すべての生けるものを統べる者、真実を愛する者、我らの長であるムハンマドの、高貴かつ誠実な言葉の真実を証明するために、太陽を呼び戻し、そ れが昇るのを防いだ。やがて太陽が昇ると、訪問者たちもメッカに着いた。そして本当に、彼らのラクダが道に迷ったのだと告げた。彼らは言った、「空の上か ら、誰かが私たちにラクダが椰子の谷にいると教えてくれたのです。そしてその声の教えてくれた通り、私たちはラクダを見つけ出すことが出来たのでした」。
ムスリムたちはそれを聞いてとても喜んだ。彼らは神を賛美し、その幸福を喜んだ。星々が月を取り巻いて囲むように、神の使徒はムスリムたちに囲まれてあった。その日、四千の人々がイスラムを受け入れ、天使たちはこの吉報に喜び、天界はわき起こり、神を賞讃する声が響いた。
アブー・ジャフルは彼に対して憎々しげに振る舞った。彼を拒み、彼を妬んだ。彼は言った、「ずいぶんと大掛かりな魔法を使ったものだな、ムハンマド!」預言者は、彼の人々のすぐ近くで、彼の人々に話しかけた。彼が見た驚くべきものについて、楽園について、玉座について、彼を愛する人々に約束された 永遠の祝福について話した。彼はまた、彼が見た火獄について、煮える湯について、彼を敵とする人々に約束された苦痛に満ちた懲罰について話した。
参考文献
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Jerusalem in the story of Muhammad’s night journey and ascension, Jerusalem studies in Arabic and Islam, The life of Muhammad, Heribert Busse, Aldershot 1998.
‘Miraj’ in Encyclopedia of Islam, B. Schrieke, J. Horovitz, J. E. Bencheikh
The Islamic understanding of death and resurrection, Jane Idleman Smith, Yvonne Yazbeck Haddad, Albany NY 1981.
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Discovering the Qur’an: a contemporary approach to a veiled text, Neal Robinson, London 1996.
コーラン引用:「コーラン」I・II 藤本勝次、伴康哉、池田修 中公クラシックス