番外編:「葦笛の詩」いろいろ。


神秘主義のエクリチュール
五十嵐一

聞け葦笛のものがたるを
われらが別離をかこつのを
葦原を離れて切らる
わが嘆き音に男も女もただ感涙
別れに胸は千々に思い乱る
燃ゆる思いの痛みを綴れおる
おのが根元より離れし人は
いつの日ぞおのれに結び合わさる時は

 

岩波講座 東洋思想〈3〉イスラーム思想 1
(「スーフィズムの文学」 S. H. ナスル 訳:東長靖)

うち捨てられたこの葦の音に耳かたむけよ
いぐさの床から抜き折られてより
激しい愛と苦痛とを
息も絶え絶えうたうその歌
我が歌の秘密は近く寄ろうとも
誰にも見えぬ誰にも聴けぬ
ああそれは 徴を知り
あらん限りの魂を我と通わす朋のもの
愛の炎が我が身を焦がし
命を与える愛の美酒
愛する者が如何に血を吐き死に絶えるか 汝よ知るや
耳傾けよ 葦の音にこそ耳傾けよ

 

ペルシアの詩人たち (オリエント選書)
黒柳恒男

聞け、葦笛がいかに語るか
別れの悲しみをいかに訴えるか

私が葦原から切り離されて以来
わが悲しい音色で男も女もむせび泣く

私はこの切ない想いを打ち明けるため
別れで胸を千々に裂かれた人に逢いたい

己が本源より遠ざかる者はみな
合一の時を慕いて還ろうとする

どの集いにても私は哀しい音色を奏で
不幸な人や幸福な人と交わった

だれもが己が思いでわが友となったが
わが心の秘密を探った者はいない

わが秘密は哀しい音色に秘められているが
目も耳もそれに気付く光がない

体は魂から、魂は体から隠されていないが
だれも魂を視ることは許されない

葦笛のこの叫びは火だ、風ではない
この火を持たぬ者は消え失せよ

葦笛に燃えついたのは愛の焔
酒を泡立せるのは愛の情熱

葦笛は仲間から離された者の真の友
その音色はわれらの心の帳を引裂く

葦笛の如き毒と毒消しをだれが見たか
葦笛の如き同情者と思慕者をだれが見たか

葦笛は血に塗れた道の話を語り
マジュヌーンの恋の物語を語る

意識の秘密を識るのは意識なき者のみ
舌がもらす言葉の買い手はただ耳のみ

われらが日々は悲しみのうちに早く過ぎ
苦悶をともなう日々であった

日々が過ぎるなら過ぎよ、かまわない
比類なく清い方よ、留まり給え

魚にあらざる者はみな水に飽き
日々の糧なき者には日は長い

未熟者には成熟者の状態は理解できない
そこで言葉をかいつまむ、さらば

 

ルーミーの『霊的マスナヴィー』に見える物語に関する一考察
松本耿郎

耳傾けよ!葦笛の物語る、別離の憂いの嘆き節。
故郷の葦原より刈り取られた日よりこのかた、
我が憂いの調べに男、女なべて打ちひしがれぬ。

我が胸は別離の苦悩に掻き乱されて、この望郷の痛みを誰に伝えん。
人はみなその故郷より遠ざかれば、 また帰りつく日を待ち望む。

いずこの集いにも切々たる哀調をこめて我は歌う、
憂いに沈む者とも幸せな者とも交わりぬ。

人は皆、おのずから我が友となりしが、我がうちに秘めたることを探し当てず。
我が秘め事は我が嘆きと遠からず、されど、耳も目も探索の光りを持たず。

肉体は魂と隔てられず、魂もまた肉体と隔てられず、
されど、だれにも魂を見ることを許されず。

葦笛の歌は炎にして、風にあらず、 この炎を持たざる者はみなむなし。
葦笛のうちにあるのは愛の炎、葡萄酒のなかにあるのは愛の熱情。
葦笛は友と別れしすべての人の友、 だがその苦悩が我が苦悩を引き千切る。

葦笛の如き毒薬と解毒薬を見た人はいるだろうか?
葦笛の如き慰め人と恋焦がれる人を誰か見たことがあるだろうか?
葦笛は血みどろの道について語り、マジュヌーンの愛を物語る。

この思慮の親密な友は絶慮より他にはいない、
言葉には耳より他に聞き手はいない。

我が悲哀のなかで日々は時期を失い、
日々は燃える悲哀と手と手を携えて去った。

日々は去るとて、墓も恐れもなし。
汝は留まれ!人は汝と同じく清らかでない。

魚のほかは誰もがアッラーの水に飽き、
日々の糧なきものは誰もが日の経つのが遅くなる。

未熟の人は決して熟成した人の境地を理解することはない。
ゆえに、話は短くなければならない。いざ、さらば!