王と奴隷の少女

『精神的マスナヴィー』1巻
ジャラールッディーン・ムハンマド・ルーミー

 

奴隷の少女と恋に落ち、彼女を買った王の話

その昔、地上における権力と、同時に霊的な力とを兼ね備えた王がいた。その日、彼が臣下の者達を従えて、狩猟に出かけたのは全くの偶然であった。王は彼の公道で、下働きのその少女を見出したのだった –– 王の魂は、すっかり彼女に魅了されてしまった。そこで彼は金を支払い、彼女を買った –– 小鳥が、すなわち彼の魂が、鳥かごの中でその羽をばたつかせたが故に。

40. だが彼が彼女を買い、欲するところを手に入れるや否や、神の定めた運命により彼女は病に臥したのだった。ある男には、驢馬はあっても荷を乗せる鞍がなかった。ところが鞍を手に入れたと同時に、狼が驢馬を連れ去ってしまった。またある男には、水瓶はあっても運ぶ水がなかった。だが水を見つけたと同時に、水瓶は割れてしまった –– 同じことが、王の身の上に起きたのである。王は左にも右にも医師達を集め、彼らに言った。「我らの命は二つながらにしてそなた達の手の内にある。 私の命など重要ではない、だが彼女は私の命そのもの。私は痛み、傷つき苦しむ、彼女こそは私の癒しというのに。

45. 私の全てである彼女を癒した者ならば誰であれ、 私の所有する財宝と、真珠と珊瑚とを与えてつかわそう」。彼らは口を揃えて答えた。「私達は共にあらん限りの努力をいたしましょう、 全ての知性を振り絞り、持てる力の全てをひとつに混ぜ合わせて」。だが彼らは、その傲慢さのゆえに「インシャーアッラー(神が御望みならば)」1とは口にしなかった。そのために神は彼らに知らしめたのだった、人の非力さを。言葉を惜しんでこれを省くということは、心の堅さより生じるもの。言葉を口から発することは、ただ単に表向きを繕うということではない。

50. だが言葉を口にしながらも、言葉そのものに宿る魂と、 それを口にした自らの魂が調和せぬ者の何と多いことか!治療を施し調薬すればするほどに、病はますます重くなり、 そして望みはますます遠のいていった。病んだ娘は髪の毛ほどにもやせ細り、その間も王の両眼には、まるで川のように血の涙があふれて流れ続けた。神の定めにより、処方された酢蜜は苦い胆汁となり、 アーモンド油も渇きをいや増すばかりだった。ミロバランは痙攣を引き起こし、緊張はほぐされぬまま。水さえもが、まるでランプを灯すナフサの精油のように炎を引き寄せ燃え上がった。

55. 医師達の力の、まるで及ばぬ有り様を見せつけられて、王は裸足のままモスクへと駆け込んだ。彼はモスクに入るとミフラーブに向き合い、そして祈った。王の敷物は彼の涙で浸された。やがて彼は祈りそのものの歓喜に解き放たれた。忘我の状態となった彼の唇から流れ出るのは、ただ讃美の言葉のみ。「ああ、この広々とした大地ですら、あなたにとってはわずかな施しである御方。隠されたるものの全てについて一番良く御存知のあなたに、 私がお教えすることなどありましょうや。どのような時にも、我らは常にあなたに庇護を求めます。 我らはまたしても道を見誤りました。

60. しかしあなたはこうも仰る、 『われは汝の秘密をすでに知っている、 だが汝の行いとして、それを外側に知らしめよ』と。私は、ここでこうして祈っております」。彼の嘆願の声は、魂の奥底からやがて大きく響き出し、 その時恩寵の海は波打ち始めた。泣いているうちに、彼は眠りに捉えられて夢を見た。すると夢の中で彼は見知らぬ老人に出逢った。老人は王に告げた。「王よ、良い知らせじゃ!そなたの祈りは聞き届けられた。明日になれば見知らぬ者がそなたを訪ねるであろう、 その者は、わしよりの使いであることを知っておくが良い。

65. その者は、熟練の腕を持つ医師としてそなたの許へ送られる。 安心してよい、信ずるに足る誠実で真摯な者じゃ。彼の治療に絶対の魔法を見るがよい、 彼の性質に神の御力を知るがよい!」。約束に違わず時は過ぎて日付は変わる。東より昇った太陽が星達を焼き焦がしつつあるころ、 王は見晴し台に立っていた。そして不思議なかたちで示された「それ」の出現を、 今か今かと待ち受けていた。やがて彼は、その人物がやってくるのを見た。素晴らしい、の一言に尽きた。 はるか彼方より現れたその男は影の中の太陽であった、敬虔さがにじみ出ている。すらりとして輝いているという点においては、まるで新月のよう。男は現実の存在ではなかった、あるいはかたちを伴う幻想そのものと言うべきか。

70. そもそも幻想というものは、すなわち無にも等しいと人々は考えている。 だがそれでもなお、見よ、世界はまさに幻想に引きずり回されている!俗にいう平和も戦争も、一瞬にして入れ替わる幻想であり、 人々のいう誇りも恥もまた、根拠なき幻想から生まれ出たものに過ぎない。聖者達の心を捉える罠として神が差し出す幻想とは、 疵ひとつない姿に整えられた、神の庭の反射そのもの。ここに登場する見知らぬ客人もまた、 まるで昨晩の夢の続きのごとく、あたかも幻想のように王の眼には映った。見えざる御方から使わされた客を出迎えようと、 門番達に替わって、王は自ら前に進んだ。

75. 二人は海を熟知し水練を身につけた潜り手のよう。二人の魂は縫い合わせることも無しにひとつに結びつけられた。王は言った。「私が探し求めていたのは実に貴方であった、彼女ではなく –– 私は財により彼女を得、祈りにより貴方を得た。行為に対する相応の対価とはまさしくこれか」。「貴方がムスタファならば、私はウマル2となろう。命ぜられよ、この身を捧げて貴方に尽くしましょう」。我らは共に乞い願い誓おう –– 神よ、力をお貸し下さい。己を自制出来るよう、無礼者に成り下がらぬよう。無礼者とは、神の優美の恩恵より除外された者達を指す。礼儀と尊敬とは、神の好意の裡にのみ求めて学ぶもの。無礼者、無作法者は自己抑制を学ばず孤独に耐えず、世界のあらゆる方向に向けて火の粉をまき散らす。

80. 食卓に並ぶ皿は、常に天から届けられる贈り物。それは頭痛の種となる商談や交渉とは一切無縁の、聖なる祝宴のはず。にも関わらず、モーセを取り巻く幾人かは無粋にもこう尋ねた –– 「にんにくはないのか?ひらまめはどうした?」3。 楽園のパンと皿に盛られた天の恵みはたちまちにして消え去った。我らに残されたのは骨の折れる労働のみ、耕すための鍬と、刈取るための鎌と。その後イエスが天に執り成した祈りは、再び有り余るほどの恵みと食卓とを我らに届けた。だがこの時もまた横柄な者、礼儀と尊敬に欠ける者が、食物をつかみ取り奪うようにして去った。

85. 「略奪をやめよ」、イエスは心を砕いて彼らに説いた。「節度を持ってあたる限り、これらの恵みは途切れることもなく、また失われることもないのだから」4。 疑念と貪欲とを、神の壮大なる恵みの食卓に持ち込むな。それは神の恵みを拒絶し忘れ去るも同然の振る舞い。厚かましくも哀れな者よ、貪欲さ故に目が眩んだか。己自身の強欲なその手が、慈悲の門を己自身に対して閉ざすのが見えないか。ささやかな施しすら拒否した後では、慈雨を運ぶ雨雲も訪れはしない。密通の行為の後では、疫病はあらゆる方角へと拡まるもの。暗澹と悲惨を招くのは、己自身の高慢と無礼なのだ。

90. 愛する者へと至る道の途上において、礼儀を弁えず無粋に振る舞う者とは、他者から奪う山賊のような者、人でなしの極みだ。自制を学び礼儀と尊敬を理解したとき、諸天は光に満ちる。自律を学び礼儀と尊敬を交わし合うとき、天使達は汚れなく神聖である。礼儀が傷つき尊敬が欠ければ日蝕を招く。アザジールもかつては天使の領域にあった。だが彼自身の傲慢さ故に、楽園の扉は閉ざされたのだ。王は両手を広げて彼をその胸に抱きしめ迎え入れた、まるで心と魂の裡へと愛を迎え入れるように。そして彼の手と額に接吻し、彼の故郷とこれまでの旅路について尋ねた。

95. 多くの質問を投げかけながら彼を玉座へと案内し、こう言った、「ついに私は宝を見つけた、どれほど忍耐強く待ち続けたことか」。またこうも言った、「貴方は神よりの贈り物、災厄を防ぐ護符。『忍耐こそ幸福の鍵』とは、まさしく貴方のことだ!貴方が見せる表情のひとつひとつはあらゆる問いへの答え。貴方の仕草ひとつで、固くよじれた結び目も抵抗なくするりと放たれる。貴方は我らが心の全てを瞬時に読み取る。ぬかるみに足を捕われた者全てに救いの手を差し伸べる。ようこそ、選ばれし者、許された方!貴方を歓迎致しましょう。貴方でなければ運命が我らを訪れ、この広い宮殿はたちまち困窮に陥るところでありました。どうぞ立ち去らずにいてください、そうでなければ私達は悲しみに押しつぶされてしまうでしょうから。

100. 貴方こそ私達の導き。あなたを軽んじる者があれば、たちまちのうちに破滅が訪れることでしょう」。5 王は客人と豊かな精神の正餐を共にした。やがて満ち足りた頃、王は客人の手を取り彼を後宮へと案内した。彼は病に臥した少女について客人に話して聞かせ、それから客人のために少女の傍に席を用意した。客人は注意深い医者がそうするように少女の顔色を観察し脈を測り、彼女の小水を調べた。それから集められた医者達に少女の容態と彼らが下した診断と、処方についても尋ねた。彼は言った。「彼らの処方と治療では回復するはずがない。見誤った医者は害を及ぼすだけだ。

105. 彼らは表面だけを見て内側を見ていない。彼らの所業より、私は神の加護を求める」。彼は苦痛を視覚に捉えた。秘密は彼に向って開かれたが、今はまだそれを隠して王には告げなかった。彼女の苦痛の痕跡は黒や黄色の胆汁には見当たらぬ、だが火の無いところに煙は立たぬ。彼は見抜いた、彼女の苦痛は彼女の悲嘆にあることを。肉体ではなく、心が傷ついているのだと。否応無しに心を傷つけるのはただ愛の病のみ。愛の病は、それ故に他のいかなる病とも異なるもの。

110. 愛の病は、他のいかなる病とも比べ得ない。愛は神の秘密を知らせる、宇宙を知らせるアストロラーベのように。来世の庭園に生じようとも、現世の泥土に生じようとも、ひとたび生ずれば愛の全てが終には我らを天上へと導く。愛そのものに到達したその瞬間、私は愛について語ったこと、説いたことの全てをただ恥じるばかり。幾千万の愛の言葉よりも、言葉なき愛がはるかに優るのは道理。筆を急がせて愛について書き連ねたところで、愛に到達した瞬間に筆は自ら粉々に砕け散る。

115. 愛について如何に説明しようとあがいたところで無駄なこと、知性は泥の中に横たわるロバほどにも役に立たぬ。愛を知らせるのも明かすのもただ愛のみ、太陽そのものが太陽を語り得るように。確かな証拠を欲するならば、愛にのみ求めて愛から顔を逸らすな!影が兆しを示すその時が刻一刻と近づこうとも、太陽は内側の世界に光を届け続ける。影は夜のおしゃべりのようなもの、あなた方に眠りをもたらす。ひとたび太陽が昇れば、月は引き裂かれて遠ざかる。6 地上から仰ぎ見る太陽ほどに、奇妙で不思議なものはない。だが内在する太陽はそれよりも更に不思議だ、何しろそれは永遠であり、昨日という日を持たないのだから。

120. 自然界に惑星として外在する太陽も、これはこれで天下一品。だが太陽に似通った何かを思いつくことは誰にでも出来よう。しかし内在する太陽となると話は別だ、それは天空の次元を超越している。心の中の存在に匹敵するものは、心の外を探したところで見つかるはずがない。存在の本質を思い描く知を納めるに足る空間が、一体この宇宙のどこに在ると言うのか?あるいは存在はただ知の中にのみ在る、とでも?宗教を照らす太陽7の訪れを知れば、第四の天に浮かぶ太陽すらも己を恥じ、頭を垂れて引き下がる。 –– さて、我が唇をシャムスッディーンの名が訪れた。この上は、彼の恩誼について少々語っておくのが私という者の勤めであろうか。

125. シャムスッディーンの名を呼んだだけで、我が魂8は取り乱しおる。困った奴め、私の下履きを引っぱり、脱がせてしまった。まるで盲いたヨセフの父が、上着に残る息子の残り香に捕えられたかのようだ。9 フサームッディーンが私に言う。「語って下され、長い年月に渡る我らの交わりにかけて。どうか一つだけでも語って下され、師が味わわれた甘い法悦のほんの触りだけでも。語って下され、天も地も喜びのあまりひっくり返って笑い出しましょう。知識と勇気は驚きのあまり眼を見開いて、百倍にも増すでしょう」。私はフサームッディーンに言う。「無茶な注文をする奴め。無理だ、私の魂はすでにここにはない。かの人を思うだけで私は忘我の境地だ、何を言われても聞こえはせぬ、賞讃の術すらもはや忘れてしまった。全ては我を忘れて意識も無くした狂人のざれ言。で、あるならば、到達した境地に己を束縛し、自慢げに誇張して語るのも見苦しい。

130. かの人の名を聞けば、分別なき我が静脈はかの人を求めて慎みなく逆流する。だが私に、この私に –– 如何にしてかの人を語れと言うのか、弟子も友も持たず無一物と言って憚らぬかの人について。 –– さ、これが別離の古傷。心からは今もなお血が流れ出す。今はもうそっとしておくれ、続きはまた別の機会まで待っておくれ」。フサームッディーンがわしに言う。「飢えております、滋養を下され。急いで下され、時は剣のように我らの命を切り刻む。スーフィーは今この瞬間に生きる者。かくかくしかじかを明日いたします、とは、我らの流儀にそぐいませぬ。それとも貴方は真のスーフィーではなかったか?お手の裡にある『それ』も、時を重ねてしまえば無に帰するのですぞ」。

135. 私はフサームッディーンに言う。「友の秘密を暴く阿呆がいるものか。嘘をつくなり、誤解されるなりした方がまだましだ。私の話の、言葉ではなく込められた意味に耳を傾けよ、と言っているのだ。恋人達の秘密というものは、当事者が語ったのではなまぐさい。語るならば昔々の、赤の他人の物語の様式を借りるなどするのが最上だろう」。フサームッディーンが私に言う。「隠し立てなく、ありのままを堂々と語られたらよろしいじゃないですか、物語にありがちな虚飾など取り混ぜずに。焦らさないで下され、ええい、のらりくらりと憎らしいお人だ!ヴェイルを垂れた女のように振る舞うのはやめて、ささ、ヴェイルを持ち上げて素顔を見せて下され、語って下され。恋い焦がれた愛しい者と寝るときは、私めなどは上着も何もかも全て脱ぎ捨てますが」。私はフサームッディーンに言う。「おまえが裸になるのは構わぬさ。だが恋い焦がれた愛しい者の裸など、実際に目のあたりにしてみろ。おまえごとき、胸にも下腹にも大きな穴が開き、終には消え失せるだろう。

140. 願い事はいくらでもするが良い。だが身の丈を考えることだ、藁一本で山を支えることは出来ぬ。世界の全てを照らし出す太陽が、今よりほんの少しでも近づけば、世界の全ては燃え尽きてしまうだろう。困惑、混乱、流血を自ら求めるな。『タブリーズの太陽』7についてはこれ以上詮索しないと誓え。あのお人の残した謎には終わりというものがない、最初に言ったではないか。 –– さて、物語の続きを語るとしよう」。 –– 聖なる医師は言った、「王よ、後宮から人々を遠ざけて下さい。貴方に近しい人々も、またそうではない人々も。

145. 扉の外へ出て下さい、誰も立ち聞きしないように。私はこの少女に、折り入って尋ねたいことがあるのです」。それで後宮の住人達は全て立ち退き、空っぽになった。誰一人として残っている者は居ない、彼と、病に臥した少女を除いて。彼は少女に話しかけた、とても穏やかな調子で。「人は生まれた土地によって、適する処方がそれぞれ違う。だから教えておくれ、君の生まれが何処なのかを。君の生まれたその土地に、君の家族はいるのかい?君の家族はどんな人達?仲良く過ごしていたんだね?」。彼は少女の脈に手を重ねた。それからひとつひとつ順番に話を聞いてやった、天が少女に与えた不正の数々について。話は尽きることがなかった。

150. 疾走する話の足に棘が刺されば、彼はその足を自身の膝に乗せて、棘のありかを針の先端で丁寧に探り当ててそっと取り除いた。そしてもしも棘が見つからなければ、痛みそうな箇所を舌で優しく湿らせるのだった。足に刺さった棘は痛む、だが棘の在り処を探すのは難しい。ましてやこれが心であったら?答えてみよ!全ての「ごく普通の人々」が、心に刺さった棘を視ることが出来るものならば。そうならば「ごく普通の人々」が、不幸に悩まされることも無くなるだろう。誰かが、ロバの尻尾の下にちくりと棘を刺す。取り除く術を知らずにロバはあたりを飛び跳ね始める。

155. 飛び跳ねれば飛び跳ねるほど、棘はますます深く刺さる。棘を引き抜くには、道理を知った賢い人が必要になる。棘から解放されたいロバは痛みに苛立って、あちこち、百も蹴り上げて飛び跳ねた。棘を抜こうとしているこの医者は、だが手慣れたものだ。彼の手はひとつの場所からまた別の場所へと、丁寧に探る。彼は少女に語ってくれるよう頼んだ、彼女の友人達について。そして少女は彼に多くを打ち明けたのだった、家族について、以前仕えていた主人について、以前住んでいた町の人々について。

160. 少女が語っている間も、彼は注意深く脈を観察し続けた。彼は待った、少女が誰かの名を呼ぶのを。脈に変化をもたらすような誰かの名を。脈拍が跳ねて乱れるようならば、それこそは魂が世界に求めるもの。彼は彼女が生まれ育った土地の、友の名を数えた。そしてまた別の町の名を挙げた。彼は尋ねた。「生まれ育った土地を離れて以来、どの町に一番長く住んでいたのか?」。彼女はとある町の名を口にした。けれどもそれについて話す間、彼女の顔色にも脈にも何の変化も起こりはしなかった。

165. かつて仕えた多くの主人達、かつて住んだ多くの町。通りの名や、人々の暮らし。彼女は多くの町について話し、また多くの屋敷について話したが、彼女の静脈は揺らぎもせず、また彼女の頬が青ざめることもなかった。彼女の脈は乱れることなく規則正しくあり続けた。 –– 彼がサマルカンドについて、砂糖菓子のように甘いその町について尋ねるまでは。その町の名を聞くなり、彼女の脈は飛び跳ねた。頬は紅潮し、それから蒼白になってしまった。そう、彼女はサマルカンドから引き裂かれたのだった –– サマルカンドに住む金細工師の男から。ついに彼は、この病気の少女の悲しみと苦しみの秘密を知った。

170. 彼は言った。「サマルカンドの、どこに住んでいる男か?」。「サーリ、プール」、少女は答えた。「ガタファル通りよ」。彼は言った、「これで分かった、君の病気が何なのかを。そして、ねえ、待っていてご覧。私は君に魔法を見せてあげよう。心配はいらないよ。怖がらなくてもよろしい、きっと楽しくなるから。何故なら僕が君にしてあげることは、草原に雨が降るようなものだからさ。君を憂うのは私の仕事、だから君が私について憂うことは何も無い。私は君にとって百人の父よりも頼りになる。だが気をつけて!私が今言った秘密を、誰にも告げてはならない。さもないと、王様が君を質問攻めにするだろう。

175. 君の胸が、君の秘密を守る墓になるならば、願いはより素早くより確実に叶うだろう」。預言者は申された、「思いついたことはその場ですぐに喋り散らすものではない。最も深い思いを隠し通せる者こそが、最も欲するところに最も早く達する者」。大地の奥深くに埋められてこそ種、それはやがて内側に秘めていた緑で鮮やかに庭を彩る。金も銀も、隠され眠っていればこそ。鉱山の奥深く、長い時を経て成長し熟してこそあのように輝く。 –– 彼の言葉は心地良く和ませる。病んだ少女は怖れることを忘れた。真実の約束であれば、心は満ち足りよう。だが虚偽の約束であれば、心を満たすのは不安と動揺。

180. 気高い約束は価値ある金貨。だが価値なき約束は魂の重荷。それから、彼は後宮を立ち去り姿を表わした。そして王に会いに行き、物事の、ほんの触りだけを彼に告げた。「最も良き思案は」、彼は言った、「その男を此処へ連れて来ることです。病を癒すにはそれ以外に手段はありますまい。遠方の異国より金細工職人を呼び参らせよ。金と名誉の外套もて誘い出し、召し抱え参らせよ」。そこで王は言われるままに使者を送った、賢く有能で正確な働きを為し得る者共を。

185. 二人の使者がサマルカンドへやって来た。金細工職人の許へ、華美を好み混沌とした生活を送る男の許へ。使者は告げる、「金細工職人どの!申し分なき知識の主よ、貴殿の細工の完璧さ、技術の高さはあまねく地上に知れ渡っております。かくかくしかじかにより王が貴殿を招いておられる、それもこれも全て貴殿の細工の素晴らしさゆえ。ご覧あれ、そして受取られよ。これらの金銀と名誉の外套は、王より貴殿への贈り物。我らと共に宮殿へ伺候召されよ、貴殿は王のお気に入り。寵臣の仲間入りをなされよ、楽しく愉快な日々を過ごされよ」。

190. 男は差し出された多くの金銀と多くの豪奢な外套に目を奪われた。男はすっかり魅了されてしまった。そして土地を離れ、家族を、子供達を捨てた。訪れた変化を、彼の人生の上を王が踏みしだいた轍とも知らずに、軽薄なこの男はうかつにも道を逸れたのだった。彼は嬉々として差し向けられたアラブ馬にまたがって道を急いだ。彼が名誉の外套と思い込んだそれは、実のところ男自身の血によって購われたのだが。愚か者よ、破滅へと至る病への旅路に自ら足を踏み入れる者よ。自らの裡に破滅の種を百も二百も抱え込む者よ。彼は夢想する、富を、権力を、名誉を。死を司る天使アズラエルが彼に囁く、 –– 「行け、汝の思うままに。さあ行け、欲するところを手に入れろ!」。

195. 金細工職人が宮殿に到着すると、件の医師が待っていた。医師は彼を、王の眼前へと案内した。王の中の王の御前へ、使者達は誇らしげに、それでいて注意深く職人を導いた –– 気をつけよ。さもなくば焼き滅ぼされよう、ティラーズ産の蝋燭の炎に引き寄せられた蛾のように。王は男を一瞥した。それから歓迎の意を表わして見せた。そして金がびっしりと積まれた宝庫を、彼の仕事場として引き渡した。見計らったように医師が王に申し述べた。「おお、偉大なる王よ。かの下働きの少女をこちらの殿御へ娶らせては如何か?こちらの殿御の情熱は、あたかも燃え盛る炎のよう。水をお与えなされ、炎が殿御を焼き尽くす前に」。

200. そこで王は少女を彼に与えた、月のような少女を。男と少女は結ばれ、互いにそれぞれが切望したものを手に入れた。およそ半年ほどの間、彼らは互いの欲望をよく満たした。少女は以前のようにすっかり健康を取り戻した。それから後に、かの医師は彼のために一服調合した。それを飲んで、彼はみるみるうちに衰弱した。そして衰弱するに従い、少女の視界からも遠のき始めた。かつて彼女の魂を奪ったのは彼の美貌だった。だが今やそれが失われつつあった。そして美貌に代わって彼の上に居座る疫病は、彼女の魂をつなぎとめる罠とはならなかった。病に冒され衰えて、彼は日増しに醜くなった。頬はくぼんで黄ばみ、少女の心の中で、彼は厄介かつ不快な、冷たい石の欠片ほどにも縮んでしまった。

205. 色に引き寄せられた愛など、真の愛ではない。結句、不名誉な浮き名以外に何ひとつ残らない。ああ、だが要するに彼もまた、常に不名誉の仲間ではあったのだ。彼自身がかつて他人に下した邪な識別が、彼自身の上に降り掛からぬはずもなかったのだ。彼の眼からは血が流れ、あふれる涙は川のよう。かつては誇りであった彼の美貌が、今や彼の生に仇をなす敵となった。孔雀の真の敵は孔雀自身の羽。多くの王達は孔雀を殺す、その羽の見事さゆえに。彼は言った、 –– 「麝香鹿か、この私は。狩人は汚れなき私の血を流す、芳香を放つ私の嚢欲しさゆえに。

210. あるいは野の狐か、この私は。狩人は茂みに潜んで私をつけ狙い、飛びかかって私の首を刎ねる、豪奢な私の毛皮欲しさゆえに。あるいは象か、この私は。象使いが私に血を流させる、私の骨(※象牙)欲しさゆえに。それら欲しさゆえに、奴らは私を屠るのだ。私自身のことなど眼にも入らないのだ –– 奴らは知ろうともしない、私にも命があること、たゆまず通う血があるということを。今日の私を訪れた『それ』は、明日は彼の許を訪れるだろう。不要な血が流されよう、この私がこうして流すように」。高壁は長い影を投げかける。だがいずれ影は向きを変える、そして再び壁際に引き返す。

215. この世は山のようなもの、そして私達の行いは叫びのようなもの。叫びは山に響くこだまとなって再び戻る、叫んだ私達の許へと」。彼はそう言った。そして言い終えたと同時に、この世を去って黄泉へと旅立った。かつて下働きであった少女は、ついに苦痛と愛の双方から解き放たれたのだった。死にゆくものを愛して何となろうか?去れば二度とは戻らぬものを、愛した証しも立たぬものを。愛は今ここに生きるものに注ぐもの。生を愛せ、瞬間ごとに瑞々しさをいや増すつぼみを。生を愛せ、御方の、生きるものたるあなたへの愛を選べ。永遠の生命の美酒を戴け。

220. 御方の愛を選べ、全ての預言者達の栄光を思え。彼らに生命を与えた御方の愛を飲み干せ。怖れるな。言うな、「われらはかの王の赦しを得てはおりません」などと。優しき御方、気前良き王を愛するのはいともたやすいこと。 –– 金細工師の男が医師の手によって殺められたのは、(読者諸君に)希望を植え付けるためでもなければ、恐怖を植え付けるためでもない。王の機嫌を取るために殺めたのでもない。医師はただ神の命ずるままに、ただ神よりの霊感に従ったに過ぎない。ハディルが男児の首を切ったのと同じことだ。だが愚劣な連中は、この比喩の奥義を理解しない10

225. 神の啓示を受取ったのなら、祈りに対する答えを受取ったのなら、それが如何なる命令であれ本質的には全て正しい。時としてそれが肉体の、もしくは精神の生命に関わることであっても。その瞬間、人は聖なる代理者であり、命ぜられればその手は神の手ともなる。イシュマエルのようであれ。おまえの首を差し出せ、振り降ろされた短剣に。おまえの魂を差し出せ、悦びと共に気前良く笑いながら。それでおまえの魂は、永遠に笑い続けるだろう。一なる御方と共にあるアハマド11の、無垢なる魂と同じように。恋人達が喜悦の杯を共に飲む。飲み干すまさにその瞬間に、彼らは彼ら自身の手で自らを葬る。

230. 王は情欲に駆られて流血を命じはしない。議論を遠ざけ思考を捨てよ、おまえが思考と呼ぶそれは邪推に過ぎない。おまえは、王が何がしかの過誤を犯した、とでも思うのか。最も純なる黄金に、一体どのようにして不純物が混じり得るだろうか?この(物語の)厳しく激しく、荒々しい筋立ての目的とは何か?それは炉を煮えたぎらせ沸騰させ、銀と不純物とを選別することにある。善悪とは軽々しく判断して良いものではない、それは本当に危険な作業だ。炉の中で金を煮えたぎらせ、どろどろに溶かされた滓の上澄みを用心深く汲み上げねばならぬ。彼の行為が神の霊感によるものでなくては、彼はたちまち引き裂かれて野良犬共の餌食となっていることだろう。

235. 彼は情欲とも貪欲とも無縁、熱情とも無縁の冷静さそのものでなくてはならない。彼は善をもたらすだろう、だがその善には、必ずや悪という一面が着せかけられていることだろう。海上でハディルが小舟に火を放ったとしても、それでもなおハディルの甲板には百の正義がある。モーセにはそれが理解出来なかった。輝く知性と優れた精神にも関わらず、彼の想像力はハディルの行為の意味を知るには到らなかった。翼無しに、どうして飛翔し得ようか!王の行いは赤い薔薇。それは賞讃の価値がある、決して流血と呼んではならない。彼は理性に酔い理性と融合したのだ、決して気狂いと呼んではならない。もしもムスリムの流血が、彼の欲するところであったとするならば。その時はその名を賞讃するだけで、私は異教徒となるだろう。

240. 邪な者の賞讃は、最も高い天空をも怯えさせる。邪な者の賞讃は、敬虔な者に悪をそそのかす。彼は比類なく熟慮深い王、神が選びに選び抜いた王。ひとたびそのような王に召されれば、王は彼を幸運の在り処に導き、最も尊い地位へと連れて行く。彼(王)は彼(金細工師)の美点を認めた上で、彼を召し出したのだ。さもなければ、絶対の慈悲者が王をして何事を為さしめるであろうか。子供は床屋の剃刀を見て不安がる。だが子供の怯えを眼にしても、母は優しく幸せそのもの。

245. 御方は生命の半分を取り上げ、引き換えに百の生命を与え給う。おまえの想像力など及ばぬ「それ」を与え給うのだ。おまえが(他者の行為について)下す判断は、おまえ自身(の行為)を元にした邪推、類推に過ぎない。だが熟慮せよ。おまえは遠く、遠く(真実から離れて)及ばぬところにある。


*1 コーラン18章23〜24節。 「なにごとにも、『私は明日それをする』などと言ってはならない。ただし、『神のみ旨ならば』と言い足せばよい。もし忘れたら、主の御名を唱えて言え、『おそらく主は、これよりももっと正道に近いところへ私を導きたもうであろう』」

*2 ムスタファとは預言者ムハンマドの別称。ウマルは預言者ムハンマドに最も近しい教友の一人。

*3 コーラン2章61節。 「また、おまえたちがこう言ったときのこと、『モーセよ、私たちは同じ食べ物ばかりに耐えられない。あなたの主にお祈りして、青菜、きゅうり、小麦、レンズ豆、玉ねぎといった、地が産するものを出してもらってくれ』。モーセは言った、『おまえたち、よきもののかわりにくだらないものがほしいのか。エジプトに下ってゆけ。そうすれば、おまえたちが求めるものは得られよう』。かくして彼らは、屈辱と貧困を負わされ、神のお怒りを招いた。これは、彼らが神のみしるしを信じようとせず、預言者たちを不当に殺害していたからであり、これも彼らが神に反抗し違背しつづけたからである。」

*4 コーラン5章114節〜118節。 「マリヤの子イエスは言った、『主なる神よ、われわれに天から食卓を下し、われわれの最初の者にも最後の者にも、それを祝日とし、かつまたあなたからのみしるしとしてください。われわれに糧を与えたまえ。あなたはこよない養い手であらせられます』。神は言いたもうた、『わしは、おまえたちにそれを下そう。それゆえ、おまえたちの中であとになって信仰にそむく者には、世のいかなる者にも加えることのないような懲罰を加えてやろうぞ』。また、神がこうも言いたもうたときのこと、『マリヤの子イエスよ、おまえは人々に、『神の他に、私と私の母を神とせよ』と言ったのか』。イエスは答えて、『あなたに栄光あれ。言うべきでないことを、どうして私が言えるでしょう。もし私がそう言ったのであれば、あなたはすでにご存じのはずです。あなたは私の心の中にあるものをご存じです。だが、私にはあなたのみ心の中はわかりません。まことにあなたは、見えないものを知りつくしておられます。私はあなたが命じたもうたこと、『わが主にして、おまえたちの主なる神を崇めよ』ということのほかは、なにも彼らに言いませんでした。彼らのあいだにとどまっているうちは、私が彼らの証人でした。しかし、あなたが私を召し寄せたもうたのちは、あなたが彼らの監視人であらせられます。あなたこそ、あらゆることの証人です。たとえあなたが彼らを罰したもうとも、当然です。彼らはあなたの僕<しもべ>であるからです。もしあなたが彼らを赦したもうならば、まことにあなたは威力ある聡明なお方であらせられます』」

*5 コーラン96章9節〜16節。 「汝、何と見るか、邪魔する者を、一人の僕<しもべ>が祈るときに。あれで正しい道にいると見るか。あるいは、敬虔を勧めているか。それとも、嘘だとして背をむけたと見るか。神が見たもうのを知らないのか。ともあれ、もしもやめないなら、われらは前髪をつかんでひきもどしてやる、嘘つきで罪ぶかい前髪を。」

*6 コーラン54章1節。 「その時は近づいた。月は裂けた。」

*7 ルーミーの師シャムスッディーン・タブリーズィーを指す。「シャムス」は太陽、「ディーン」は宗教の意。

*8 ルーミーの弟子フサームッディーンを指している。『精神的マスナヴィー』はルーミーが口述し、それをフサームッディーンが筆記者として記述したもの。

*9 預言者ヨセフの父はヨセフが死んだと思い込み悲しみのあまり盲目になったが、ヨセフの香りは忘れなかった。コーラン12章93〜96節。 「・・・私のこの肌着をもってゆきなさい。そして、これをお父さんの顔にあててあげなさい。きっと目が見えるようになりますよ。そうしたら、家族全部を私のもとへ連れてきてください」。一行が出発したころ、彼らの父は言った、「おまえたちがわしを耄碌<もうろく>したと言わないならば、わしにはヨセフの匂<にお>いがする」。人々は言った、「神に誓って、相変わらず迷っているのですね」。ところが吉報の使者が着いて、彼の顔にそれをあててやると、彼はふたたび目が見えるようになった。彼は言った、「私はおまえたちに、『おまえたちの知らないことも、私は神から教わっている』と言ったではないか」。」

*10 ハディルは預言者の一人。コーラン18章65〜82節に登場する。

*11 アハマドとは「称賛される者」の意。預言者ムハンマドの別称。コーラン61章6節。 「マリヤの子イエスが、『おお、イスラエルの子らよ、まことに私は、あなたがたのところへ遣わされた神の使徒である。私より前に下された律法を確証し、また私よりあとでアフマドという名の使徒が来ることを告げる者である』と言って、彼らに明白なみしるしをもってきたとき、彼らは言った、『これは明らかに魔法である』」