砂漠のアラブと哲学者

『精神的マスナヴィー』2巻
ジャラールッディーン・ムハンマド・ルーミー

 

砂漠のアラブと哲学者

とある砂漠のアラブがひとり、ラクダを連れて旅をしていた。ラクダの背には大きな袋を、これはふたつ載せていた。ひとつには小麦がぎっしり詰まっていた。彼はふたつの袋の上に座っていた。そこへ口達者な哲学者が問いを投げかけた。彼の故郷について尋ね、詳細に語らせた。その間も、真珠を連ねるがごとくに美しい相づちの言葉を発し続けた。それから、アラブに言った、「このふたつの袋には、何が入っているのかね?本当のところを聞かせてくれまいか」。

3180. 彼は答えた、「ひとつには小麦、もうひとつには砂が入っているよ。ま、ヒトの喰うものではないな」。「なぜ?」、哲学者は尋ねた、「何のために砂を運んでいるんだね」。「もうひとつの袋が、ひとりぼっちにならないようにさ」、彼は答えた。「知恵を働かせたまえ」、哲学者が言った。こちらの袋に入った小麦の半分を、もう一方の袋に入れなさい。それで袋も軽くなり、ラクダも苦しまずに済むだろう」。アラブは叫んだ、「素晴らしい!おお、聡明で高貴な賢者どのよ。なんと明敏な思考か、なんと優れた判断か。そしてあなたときたら無一物で、徒歩で旅をし疲れ切っている!」。

3185. 善良なこの男は哲学者に同情し、彼をラクダに乗せてやろうと決めた。彼は再び哲学者に話しかけた、「さあさあ、良き言葉を語る賢者どのよ。今度はあなたについても少しばかり聞かせてもらいたい。これほどの知識と才覚をお持ちの方だもの、ひょっとして大臣か王侯か、本当の身分を明かして下され」。彼は言った、「いや、私はそのどちらでもない。私は市井の、多くの民の一人に過ぎぬよ。ご覧、私の姿、私の衣を。見た通りの者さ」。「ラクダは何頭持っている?牛は?」。「どちらも持っていない」、哲学者は答えた、「そう詮索するものじゃない」。

3190. アラブは言った、「ともかく、要するに、何を商っているのかね。どんな品物を扱う店なんだね?」。哲学者は答えた、「一体いつ、どこで私が店を持ち、住まいを持っていることになったのかね」。「聞き方を変えよう」、アラブは言った、「金について尋ねよう。金は幾らくらい持っているのか。あなたは一人で旅する者で、その助言には価値がある。世界中の銅を黄金に変える妙薬をお持ちではないか。あなたの見識、知識には、真珠のごとき価値がある」。「神かけて」、哲学者は言った、「アラブの族長どのよ。私を探ったところで何も出ては来ない。今夜の食事を購うことさえままならぬ。私は素足で、裸同然で何処へでも行く。誰かが一片のパンを与えようと言うなら、そちらの方へ行くだろう。

3195. 私が会得しているこの知識、この学問から私が得たものと言えば、実体なき観念と、頭痛くらいのものだ」。これを聞いてアラブは言った、「とっとと離れて消え失せろ、おまえに悪運がこちらに降り掛かる前に!遠くへ行け、おまえの忌まわしい知識とやらと共に。おまえの語る言葉は、今を生きる全ての者に悪運をもたらす。おまえがあちらの方へ行くなら、こちらはこちらの方へと行くまでだ。おまえが前へ行くなら、こちらは後ろへ行くまでだ。ひとつの袋に小麦を、もうひとつの袋に砂を ー おまえの、空っぽの思いつきよりも、おれにはこれが上等だ。

3200. なるほど、確かにおれは無知だ。だが愚か者なりに、愚か者の祝福を得ている。おれの心には十分な授かりものが下されている。おれの魂は畏れ敬うことを知っている。あんたがその惨めさと別れたければ、まずは知識とお別れしたらどうだい。賢いふりをするのはやめて、おれと同じ愚か者になればいい」。人間には自ずと限界がある。限界の中で編み出された知識にも、自ずと限界がある。人間の性質、人間の観念から生じた知識に、神の光から閉ざされ、神の光を伴わぬ知識に、一体どれほどの価値があろうか ー 現象界の知は更なる憶測と疑念を増やす。幽玄界の知は空の上高く飛躍し俯瞰する。

3205. 昨今の、抜け目の無い知識人どもを見よ。過去の偉大なる先人たちよりも、自らの方が賢い者であるかのように見せようと、それにばかり躍起になっている。研究者のうち狡猾な者は、学問の探求それ自体よりも、論敵を牽制したり、罠に嵌めたりする技術の習得に心を燃やしている。そうやって彼らは、忍耐を、利他主義を、自己犠牲を、博愛の心を風の中へ ー 気まぐれな欲望の中へ ー 投じて打ち捨ててしまった。それこそが(精神的な)利益を得るための妙薬であったというのに。正しき思考こそが正しき道を切り開くというのに。正しき道こそが(精神における)王者の歩む道である。王者であるということは、財宝を所有し、兵隊を所有することではない。自らを御し、自らを制する者こそが真の王者である。真の王者の王権は永遠である ー ムハンマドが築いた王国の栄光のように。