ソロモンの手紙とビルキース

『精神的マスナヴィー』2巻
ジャラールッディーン・ムハンマド・ルーミー

 

ソロモンの手紙とビルキース

神により百人の男にも優る知性を授けられし者、かのビルキース1の上に百にも重ねられた祝福あらんことを!一羽のヤツガシラが、ソロモンの高貴な署名入りの手紙を運んだ - そこには雄弁な言葉がいくつか記されていた。彼女が、それらの意味深げな言葉を読み聞かされたとき、彼女はその運び手を軽んじて見向きもしなかった。彼女の目には、運び手は何の変哲もないヤツガシラとしか見えていなかったのである。しかし彼女の魂の方は、彼を「アンカー(不死鳥)」と見ていた。彼女の諸感覚は、彼を飛び散った泡の一片と見なした。(だが)彼女の心は、彼を大海そのものと見なしたのである。

1605. ふたいろに分かたれた護符(表象と実在)ゆえに、知性は諸感覚との戦いを強いられる - あたかもムハンマドと、アブー・ジャフルやそれに類する者どもがそうであったように。不信の輩は、アハマド(ムハンマド)を単なるヒトと見なした。彼らは、彼の裡に「月が裂けた(コーラン54章1節)」のを見ず、奇跡という形で預言者性が表出するのを見ることも無かった。諸感覚に振り回され、偽りを映し出す身体の目に塵を投げよ!身体の目は、知性と宗教の敵に他ならぬ。身体の目を、神は盲目と呼びたもう。御方は言いたもう、身体の目は偶像を崇拝する、と。それは私達の敵である、と。それは海を見ず水面に浮かぶ泡を見る。目の前の、一瞬一瞬だけを追い求め、決して明日を見ようとしない。

1610. 未来と現在を従えた、時を統べる師がすぐ眼前に在るというのに!もしも一粒の塵が彼方の太陽の伝言を運んだなら、太陽は塵の一粒に従う奴隷となろう。もしも一雫の水が統一の海原の使者となったなら、七つの海原はその一雫の虜囚となろう。手のひらに一掬いの土が神の使者となったなら、神の有する天使達は、(崇拝のために)その頭を主の大地の前に垂れるだろう。土で創られたアダムが神の使者となったとき、神の有する天使達は、(崇拝のために)その頭を主の大地の前に垂れたではないか。

1615. 祈れ。そうすれば「天が割れる(コーラン81章1節)」。しかし何のために?土で出来た被創造物が「割れ」、その亀裂から(魂の)目が開かれんがためだ。土は重たい。水に混じれば、それは底に沈んで澱みとなる。(しかし)見よ、いかに土が高みを目指すか、飛び立たんばかりに天を突き上げ昇り行くかを!そしてまた、知れ、そのような力は、水から得ようとて得られるものではないことを。その贈り物は、ただ豊かに与え給う創造者のみが与え得るのである。もしも御方が気と火とを低きに置いたとしても、もしも御方が棘を薔薇に優るものとしたとしても、御方こそは統べる者、「神はみ心のままに行いたもう(コーラン14章27節)」と言われる通り - 苦痛の、まさに核心からさえ、御方は治癒を生起させたもうことだろう。

1620. もしも御方が気と火とを低きところのものとし、その性質を暗闇と野卑、鈍重といったものとしたならば。そしてもしも御方が、土と水とを高きところのものとし、天へと至る道を創りたまい、それを(両の脚で)歩いて渡れるものとしたならば - 「欲したもう者を高貴とした(コーラン3章26節)」との、御言葉通りの光景を確かめられたことだろうに。御方は地上に創られしものに告げたもう、「汝ら、翼をひろげよ」と。そして火より生じたものに告げたもう、「去れ、イブリースとなった者よ。汝の虚偽と共に、七層の地の下へ立ち去れ!」と。

1625. おお、大地の子アダムよ!スーハ(星)の彼方を目指して飛べ!おお、火の子イブリースよ!地の底へと落ちてゆけ! - 「われは『四つの属性』2に依るものに非ず。われは『第一原因』2に非ず。われはたゆまぬ絶対の支配者、これまでも、そしてこれからも - わが行為は自存する。わが行為は何かから生じるものでもなく、何ものかを生じせしめるものでもない。『何故に』という理由無しに、わが意志は常に過誤とは無縁である。未熟者よ、汝の知性を働かせよ!われは習慣に変化をもたらす。いつであれ、どこであれ、選択はわれに属する。その時われは、汝らの眼前に積もった塵の山を払うだろう。われは海に告げる、『聞け!火となって燃え上がれ!』。われは火に告げる、『行け!薔薇の園となれ!』。われは山に告げる、『羊毛のごとく軽くなりて舞え!』。われは天に告げる、『散り散りに引き裂かれよ!』。

1630. われは告げる、『おお、太陽よ。月と交われ』。われらは、それらを二つながら黒い雲となさしめよう。われらは、太陽の泉をも干上がらせてみせよう。われらの技もて、血の泉を麝香に変えてみせよう」。太陽と月は二頭の黒毛の雄牛のよう - 神はひとつの襟飾りを、二頭の首に巻きつけたもう。

 


*1 ビルキース シバの女王を指す。

*2 『四つの属性』『第一原因』 『四つの属性』とは、ここでは熱・冷・乾・湿(あるいは火・気・土・水)を指す。この部分では、世界は四大元素から成るという太古の創造論とも言える「四大元素論」について語られている。『第一原因』とはいわゆる「流出説」を指す。「万物は段階を経て『第一原因』から流出した」という、これも一種の創造論にあたる。「四大元素論」はアリストテレスが提唱し、「流出論」はプロティノスが提唱した、いずれもギリシア哲学の範疇である。中世期のイスラム学者達の間ではギリシア哲学、ことにネオプラトニズムが大流行していた。これらギリシア哲学に対し、ルーミーはこの部分においてコーラン112章を論拠に反論している。ギリシア哲学に対するルーミーの造詣が相当に深かったことは確かだが、同時に一定の距離を保っていた様子が伺える。