『精神的マスナヴィー』2巻
ジャラールッディーン・ムハンマド・ルーミー
「もしも」の家
家の無い男が、必死で家を探していた。友人が来いと言うので行ってみると、そこは荒れ果てたあばら家だった。
740. 友人は言った、「もしもこの家に屋根さえあれば、きみと僕とはご近所同士になれるのだが。もしもこの家にもう一部屋さえあれば、君の家族も一緒に住めるのだが」。「ああ、全くきみの言う通りだ」、男は答えた。「友人同士でご近所に住めたなら、そりゃあ素敵だろうよ。しかし、ねえきみ、わが心の友よ。『もしも』の家に、人が住むことなど出来ないよ」。全てのヒトは幸福を探し求める。そしてごまかしの幸福を掴み、そのために火に焙られたようになる。老いた者も若き者も、打ち揃って必死に金を探し求める。しかし純金と合金とを見分けるのは、常人の目には容易なことではない。
745. 純金の放つ光が降り注げば、合金を純金と見まがう事もあろう。金を選ぶ時は、よくよくあなた自身の心を確かめよ - 試金石を持つこと無しに、単なる意見のみを理由に金を選んではいないか。選ぶがいい、試金石を持っているならば。そうでないなら、見分ける力を持つ者の導きを得よ。試金石はあなた自身の魂の裡にあるのだ、知ると知らずとに関わらず。だが道を知らずして、たった独りで進んではいけない。悪鬼の咆哮は親しき友の声のように聞こえる - あなたを破滅に誘い込む友の声のように。悪鬼は叫ぶ、「聞け、おお、カラヴァンの人々よ!来たれ、私のいる方へ - 道と目印はこちらにあるぞ」。
750. 悪鬼はそれぞれを名指しで呼ぶ、「おお、誰それよ」。そのようにして一人ひとりに目印をつけ、引きずり落として沈めようとする。呼ばれてその場に辿り着けば、目に入るのはオオカミとライオン。失われた日々、そしてはるか遠くに進むべき道 - だがもう遅い。悪鬼の咆哮とは何か?悪鬼は何を叫ぶのだろうか?「富が欲しい!地位が欲しい!名声が欲しい!」。これらの叫びが、あなたの心に入り込むのを防がねばならぬ - 魂の神秘を解き明かしたいのなら。祈れ。神の御名を繰り返し呼ぶことで、悪鬼の咆哮をかき消すのだ。自己愛の目を閉じ、禿鷲を視界から締め出すのだ。
755. 偽物の夜明けの光と、真実のそれとの違いを知れ。葡萄酒の色と、杯の色との区別を知れ。忍耐して待つことにより、七つの色を見分ける目は、更に別の色を見られるようになるかも知れぬ。小石の替わりに、真珠を見つけられるようになるかも知れぬ。真珠とは何か? - 否、真珠どころか、あなた自身が海となろう。あなた自身が太陽となって、空を旅するようにもなろう。職人は工房に隠れている - 工房に入れ、あなた自身の目をもって職人を、あるがままに確かめよ。
760. 職人の為す仕事そのものが、職人を隠すヴェイルとなっている。職人が働く工房に入ることなしに、工房の外側で職人を見ることは出来ない。ならば、さあ、工房の中へ入れ!無を転じて有を生ずるその工房で、あなたは職人と、職人の仕事の双方を、同時に目にすることだろう。工房の外では何を見るにも目隠しがされるが、工房の中に踏み込めば、ありとあらゆるものが鮮明に見えることだろう。反逆者のファラオは、工房の外に、職人の細工に、自分自身に目を奪われ、主の工房を見なかった。それで彼は、宿命を理解することも無かったのである。
765. 彼は宿命を変えようと目論んだ。扉の前で、運命を追い返そうと企んだ。けれど真実のところ、主の定めたもう運命は、口髭の下でこっそりと傲慢な企みを嘲笑していた。運命を、神の定めたもうところを避けようと、彼は何十万もの罪無き赤ん坊を殺した。彼は預言者モーセの出現を防ごうとした。けれど実のところ、彼は自分自身の首を、犯した数千の罪に差し出していたのである。彼は多くの血を流したが、それでもなおモーセは誕生し、彼に対する懲罰の準備は整えられた。
770. 彼が永遠なるものの工房を見たなら、手足を動かして企みを練ることも無かったろう。ファラオが宮殿の外で激しく敵意を燃やし、赤ん坊を殺し続ける間も、モーセは宮殿の中で安らかに寝ていた。「羨ましそうにしているあいつも敵だ、妬ましそうにしているこいつも敵だ」。しかし実のところ、嫉妬深い彼の敵とは彼自身であった。ファラオが敵とみなすモーセは、彼の身体ほどにも近いところにいる。ファラオは外を走り回り、尋ねる、「私の敵はどこにいる?」。彼の敵は彼自身の我欲だ。
775. 彼が他の誰かに敵意を燃やすとき、彼自身の我欲は、彼の内側で満足げに寛ぐ。彼の敵意、彼の悪意が、彼自身の手をがりがりとかじる。