天の梯子

『ルーミー詩撰』
メヴラーナ ジャラールッディーン・ルーミー

天の梯子 1

 

肉体に備わる感覚は、現世へと至る梯子である。
宗教に関わる感覚は、来世へと至る梯子である。
前者の幸福については、良き医師を探し求めよ。
後者の幸福については、最愛の者を探し求めよ。2

霊的成長の道は、肉体を放棄することに始まる。
真の繁栄は、廃墟と化した跡地にこそ齎される。

家屋を取り壊して、地下に眠る黄金の財を掘れ。
財宝を用いれば、前よりも優れた屋敷が建とう。3
水の流れを塞き止め、川床に溜まる汚泥を浚え。
川床が浄められた後で、再び飲み水を呼び込め。4

槍や矢尻を取り除くためには、皮膚を切り裂け。
傷は、やがて新しい皮膚によって塞がるだろう。
不信の立てこもる要塞は、粉々に破壊し尽くせ。
その跡に、塔と城を百でも二百でも築きなおせ。5

神の御業はある時はかくのごとく起ち顕われる。
だが別の時には、正反対の様相で起ち顕われる。
全くもって宗教の道とは、当惑の道に他ならぬ。

惑うと言っても、神に背く類いのそれとは違う。
当惑の道は恍惚の道、無我夢中で神を追い求め、
溺れきって、最愛の者に酔いしれることを指す。6

ある者は、その顔を最愛の者の方へと向けるが、
別の者は、その顔を自分自身の方へのみ向ける。

誰であれ人の顔は、時間をかけてよく観察せよ。
奉仕をしようという時は、じっくりと見比べよ、
真の聖者の顔を、見分けられるようになるまで。

この世には、アダムの顔を持つ悪魔が大勢いる。
あなたの手を、誰かれ構わず委ねてはいけない。

鳥撃ちは、鳥をおびき寄せるために口笛を吹く。
それを聞き、鳥は仲間と想い空から舞い降りる。
舞い降りてみて、初めて鳥は知ることになろう、
待ち受けていたのが、罠と短剣であったことを。

下劣な者もこれと同じで、彼らは口笛どころか、
ダルヴィーシュ達の語る言葉の数々を盗み取る。
盗んだ言葉で無知な者を誘惑し、欺こうとする。

聖なる人々が為す仕事は、まるで光と熱のよう。
不信の輩が為す仕事は、恥知らずの詐欺である。

 


1. 『精神的マスナヴィー』1-303.

2. 「最愛の者」とは、聖なる魂の癒し手である。

3. まるで家の床下に隠された宝物のように、人間の精神的本質は、その物質的性質の中に埋葬されて眠っている。

4. 欲望や熱狂、あらゆる感覚的思考という「水」を塞き止めない限り、心の浄化を始めることは不可能である。

5. ガッザーリーは肉体を要塞にたとえた。神は理性的な精神あるいは合理的な魂をそこに置き、「不信」の異教徒、すなわち利己的な欲望に対する守りとなるように命じた。もしも邪悪な熱情によって占拠されているならば、精神はそれを追放し、破壊した上で、今度こそ難攻不落の要塞を築き上げねばならない。

6. 明らかに矛盾する神の行為の顕現を目の当たりにするとき、論理を重んじる理性は、熟考の末に当惑に陥らざるを得ない。ただし無知と過誤ゆえに道に迷う宗教上の偽善者のそれと、神の光に接近したがゆえに目が眩んだ神秘主義者の当惑( hayrat )とを混同してはならない。