「夫婦本」

イスラム“夫婦本”のスゴイ中身…夫は妻を殴ってもいい
「幸せな結婚生活を送るために、夫は妻の耳を引っ張ったり、杖で殴らなくてはならない」こんな本がカナダの書店で売り切れ状態になっている、とトロント・サン紙が伝えた。「ア・ギフト・フォア・モスリム・カップル」と題された約160ページに及ぶ本は、高名なイスラム教の学者が書いた。

《妻に暴力をふるったり、脅したりすることは慎んだほうがいい》《妻がどんなにバカで怠け者であろうとも、夫は妻を優しさと愛で接しないといけない》と冒頭で断りを入れているが、それ以降は極めて過激だ。

《妻は夫の許可なしに外出してはならない。妻は夫の希望をかなえるために献身的に働き、決して怠けてはいけない。夫のために常に美しくしていなくてはならない》さらに《夫は妻を叱らなくてはならない。その際、手や杖で妻を殴ってもいい。妻から財布を取り上げ、耳をひっぱることも幸せな結婚生活を維持するために必要だ》。

イスラム社会が男性優位であることは、広く知られている。ごく最近、イスラム圏のパキスタンでは、親のいいつけに背いて恋愛に走ったなどという理由で「オナー・キリング」(名誉殺人)の犠牲になった女性が、昨年だけで1000人もいたという報道があったばかり。

だが、ここまで露骨に夫の暴力を肯定した本は珍しく、激怒した地元の有識者が発売禁止にしたが、イスラム系のオンライン書店ではなお売られているという。

元記事の「トロント・サン紙」はこのような見出しだった:Book tells Muslim men how to beat and control their wives

そして実際にその御本がarchives.orgにあったので、ついついざらざらと読んでしまった。
A Gift To Husband and Wife By Shaykh Ashraf Ali Thanvi (r.a)

うっはー、すげえなと思うところも多々あったけど、「激怒」とまでは至りませんでした。何しろ、この御本が書かれたのは19世紀後半~20世紀初頭の、やっと脱植民地化するかしないかの狭間の頃で、それを21世紀の物差しで計るのは(まあ、わざわざこのような大昔の御本をひっぱりだしてきてリバイスした人たちについては、何というかいかがなものかとは思わなくもないけれども)フェアではない気がする。

と、いうか、時代背景を考えたら、著者本人はむしろ「開明的」「近代的」な部類に属するひとだったのではないか。「家族間のいざこざを避けるためにも、結婚したら新居を持とう」であるとか、「両親が同居を求めても、妻が同意しない場合は妻を優先しよう」であるとか。「姑への献身は女性の義務ではない」とかとも、さらっと書いてあったりするし。

この著者と同時代の頃のムスリム知識人というと、「ヴェイルを取れ、教育を受けろ、自立しろ」的なことを御婦人に言う人たちも少なからずいたわけだけども、じゃあ具体的にどうやって?実行するのは非常に難しいことであるのはそれから百年後の現代を見ても分かる通りで、そんなこと、言うのは簡単でも実際には、ほとんど一握りくらいの限られたエリート層じゃないと不可能だったろう(このあたりの議論は、日本語でアクセスできるものであれば、例えばライラ・アハメド氏の著書などが詳しい)。

確かに記事にもある通り、「夫に献身しろ」とは書いてある。そこだけを切り取って見てしまえば、確かに「いかがなものか」ではあるのだけれど、「妻に献身しろ」はもっと沢山書いてある。夫婦が互いに献身し合うことそれ自体はごくふつうのことだよね。そして体罰にしても、それはもう実に様々な条件があって、その上で「やむないときはやむなし」的なことが書かれてある。これは何というかムスリム・クレリック話法というのか、「絶対に駄目だ」と書いたところで反撥があるのは目に見えているからこういう書き方になる。

もちろん、納得できない向きもあるだろう。ただまあこの著者が考える「女性の権利」=「配偶者によって衣食住その他を不足なく満たされること」なので、こういう書き方になる。

なんかずいぶんとかばい立てしてるように見えるかもしれないが(そしてわたしを実際に知るひとであれば、そのことに驚くかもしれないが)、だってもう「配偶者によって衣食住その他を不足なく満たされること」の「不足なく」の度合いがすごいので。だって例として極端なところを引用すると、「夫は妻の許可無しに性行為を終わらせてはいけない」んだぜ。どうよそれ。どうなのよ。

追記:最後尾2、3章はアンガー・コントロールであるとか、離婚に際しての作法なんかも書いてある。いいですね、離婚の手引きつきの結婚生活ガイドブック。

別のところに書いたのを、こちらに保存しました。