13.05.25. 「ゲストハウス」について

*別のところに書いためもを一部変更の上こちらに保存しました。

『人生という名の手紙』(註1)という御本にルーミーの詩が引用されていると知り、取り寄せて読んでみました。

はじめにお断りしておきますが、『人生という名の手紙』という御本自体についてもの申し上げる意図は全くありません。それに今のところ、本文については未読です。ここで問題として取り上げようとしているのはあくまでもルーミーの名に帰されている散文詩についてです。

話を進める都合上、該当部分を以下に引用します。

ゲストハウス

人間という存在は、みなゲストハウス
毎朝、新しい客がやって来る
喜び、憂鬱、卑しさ、そして一瞬の気づきも
思いがけない訪問者としてやって来る
訪れるものすべてを歓迎し、もてなしなさい
たとえ、それが悲しみの一団だとしても
できるかぎり立派なもてなしをしなさい
たとえ、それが家具のない家を荒々しく駆け抜けたとしても
もしかすると訪問者は、あなたの気分を一新し
新しい喜びが入って来られるようにしているのかもしれない
暗い気持ちや、ごまかし、ときには悪意がやって来ても
扉のところで笑いながら出迎え、中へと招き入れなさい
どんなものがやって来ても、感謝しなさい
どれも、はるか彼方から案内人として
あなたの人生へと、送られてきたのだから

「話を進める都合上」とは言ったものの、どう話を進めたら良いのか途方に暮れてしまいそうになりますが、がんばって進めて行きます。

この詩それ自体について云々するつもりは全くありません。私は表現の自由を尊重します。皆、言いたいことを言いたいように言う権利がありま す。この詩が執筆者自身の表現として、執筆者の名において発表されたものであったなら何の問題も無いと思います。問題は、これがルーミーの名において、 あたかもルーミーの表現であるかのように流通している点です。

ルーミーは生涯に多くの作品を遺しています。上記に引用した詩の原型は、彼の主著とも呼ぶべき『精神的マスナヴィー』全6巻中5巻にありま す。5巻には全体で4236対句が収録されていますが、「ゲストハウス」と題されたこの詩は、そのうち3644-3646、3676-3681、そして 3693-3695対句に対応しています。

「誤訳である」といったような翻訳の技術的な問題を提起したいのでもありません。確認のため重ねて記しますが、これが「ゲストハウス」の執筆者自身の表現として発表されたものであれば構いません。しかしこれがあたかもルーミーの言葉であり、教えであるかのように紹介されている(註2)ことには、一種の危惧を憶えます。『精神的マスナヴィー』該当箇所においてルーミーが読者に対して行っているアドバイスは、「ゲストハウス」から読み取れるも のとはかなり異なります。それが一番良く現れているのが、三段目、

暗い気持ちや、ごまかし、ときには悪意がやって来ても
扉のところで笑いながら出迎え、中へと招き入れなさい

という部分でしょう。『精神的マスナヴィー』におけるルーミーの、読者に対するアドバイスは実際にはこんな感じです:

新たな悲しみが、あなたの胸に入ってきたなら
ほほえみと笑い声をもって出迎え、言いなさい、
「わが創造主よ、これ(悲しみ)の悪から私をお守り下さい、
私がこれの悪に奪われぬように、これの善を得られるように。
わが主よ、私を、受け取ったものに対して
感謝できるようあらしめて下さい。
そしてもしも得られるはずの益が、私の許を通り過ぎたとしても、
その後に続く後悔を、私が感じずに済むようにして下さい」、と。
(『精神的マスナヴィー』5巻3693-3695対句目)

悲しみや苦しみとどう向き合うのか、ルーミーが実際に教えている解決法は「祈り」です。救いを求めることであり、助けを求めることです。少なくとも、「招き入れなさい」などとは決して教えていません。悪意についても同様です。悪に遭遇した時に、対処の方法は様々あるでしょう。しかし悪を受け入れることと、悪の中にあってさえ善を見出そうと努めることは全く違うことでしょう。

「悪の中に善を見出す」というのは、決して簡単なことではありません。感謝することも、やはり決して簡単なことではありません。メヴラーナ は、どちらについても「祈り」をもって対処するよう勧めており、「私を…あらしめて下さい」の部分を、コーランから引用することにより強調しています(註3)。

『精神的マスナヴィー』該当部分は、実際はもっと長く、またこのアドバイスに先立ってひとつの譬え話が語られています。それらについてもおいおい紹介してゆきましょう。

註1:『人生という名の手紙』という御本は、原題”Letters to Sam”というもともと英語で書かれた翻訳書のようです。ここで取り上げた「ゲストハウス」の出典については特に明記されていませんが、こうして読んでみる限り、ルーミー英訳者として主に米国で多大な支持を得ているコールマン・バークス氏の著書”The Essential Rumi”からの引用と考えてほぼ間違いではないでしょう。

註2:「ルーミー」「ゲストハウス」で検索すると色々と見つかります。

註3:「主よ、私を…あらしめてください」は、コーランからの引用です。

コーラン27章19節「…主よ、あなたが私と私の両親にお授けくださったみ恵みに感謝し、あなたのご喜悦にあずかるような正しい行ないをなすようにご指示ください。…」

コーラン46章15節「…主よ、あなたが私と両親に垂れて下さったみ恵みに感謝させて下さい。あなたに喜んでいただけるような善行を私にやらせて下さい。…」