ひよこ豆のシチュー、なすのサラダ、ヨーグルトときゅうりの……

続きです。


Sufi Cuisine

読み終わるまで待ち切れず、とりあえず今ここにある材料で作れそうなものをと「ひよこ豆のシチュー」を作りました。2章めにあたる「メヴラーナの著作に登場する、今でもコンヤで食べ継がれている伝統的料理」にある”Nohtlu Yahni”という料理です。

ひよこ豆のシチュー
ひよこ豆のシチューは当時の主要な料理のひとつであったと思われます。アナトリアを自らの故郷として選び、この地に定住しはじめたテュルクの民が、ひよこ豆やいんげん豆、黒目豆(ブラック・アイド・ピース)といったこの土地一帯で広く栽培されていた産物を、自分たちの茹で肉料理に添えるようになるまでにはさほど時間はかかりませんでした。エーゲ海沿いの地方やマルマラ地方に位置するいくつかの町では、結婚式のお祝いの席でひよこ豆のシチューがヘリッセと一緒に振る舞われます。

このシチューにはたまねぎの輪切りを加えてもいいでしょう。白いんげん豆でも結構です。その場合ひよこ豆を白いんげん豆に変えるだけで、作り方は全く同じです。

herise、とあるのですが正体がちょっと分からない……。ハリッサのトルコ式発音なのだろうか。ノフトゥはひよこ豆。ヤフニはシチュー、もしくは煮込み。御本に出て来る材料と作り方は以下の通りです。

[4人分]
ひよこ豆 150g、または1/2カップ 一晩、水に浸しておく
骨つきのラム肉 1/2kg、または1lb
皮をむいたたまねぎ 2個
水 1リットルまたは4カップ

[作り方]
洗ったひよこ豆を肉、たまねぎと一緒に鍋に入れる。水を加えて火にかける。沸騰したら表面に浮いたアクをとり、弱火で70から80分、ひよこ豆と肉がやわらかくなるまで煮込む。やわらかくなったら塩を加えて味を整え、さらに5分煮て火から降ろす。たまねぎを取りのぞき、シチューの中身を皿にもりつけて供する。煮汁はまわしかけるか、別皿に注いで添える。

で、出来上がったのがこれです。
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どこからどう見ても、修行僧の食べるものにはぜんぜん見えない。これでも一応レシピに従って作りはしました。しましたが、まず「どうせなら」とひよこ豆は乾燥の状態で倍量の300g、ラム肉も倍量の約1kg使いました。なみかた羊肉店で注文しておきながら、使わないまま冬を越してしまったすね肉4本です。

「むいたたまねぎ」はふたつに割ってから入れました。特に深い意味はありません。無意識のうちにからだが勝手にふたつに割っていて、そのままみじん切りの態勢を取ったところでわれに返りました。豆と肉は別々にゆでました。これは乾燥豆を使うときのわたしのくせのようなものなのですが、試しにひとくちすすってみたらひよこ豆のゆで汁はおいしかったので、そのゆで汁で肉とたまねぎを煮て、やわらかくなったところにひよこ豆を加えました。と、言っても300gのひよこ豆はゆであがってみると「あっ……」というほど大量になったので、2/3だけ加えて残りの1/3は別の機会のために取って置くことにしました。調味についてはいろいろと入れたくなるものなのですが、塩だけで我慢したところすばらしくいい感じになりました。

それから「なすのサラダ」と「ヨーグルトときゅうりのサラダ」も作ってみました。

なすのサラダ
なすはコンヤではとても好まれている食材です。時になすはスライスして、バターと一緒に供されることもあります。現代ではこのサラダに、オリーブ油を加えて作ることが多いです。

[4人分]
なす 1/2kg、または1.2lb
にんにく 2かけ

ワイン酢 100ml、または1/2カップ

[作り方]
なすはナイフであちこちに切れ目を入れる。オーブン、もしくは直火で30分程度やわらかくなるまで火を通す。手でさわれるくらいに冷ましたら、皮をむいて細かく刻み、皿に盛りつける。にんにくを塩と一緒につぶし、酢とかき混ぜる。なすの上にまわしかけて供する。

日本のなすは皮がうすくやわらかく、ガスこんろの上でくるくるまわしながら焼けば黒こげになるのに30分もかかりません。細かく刻むことはせず、裂いて塩とすりおろしたにんにくを加えました。あいにくとワイン酢は台所になかったのでいつもの千鳥酢と、千鳥酢では酸味と香りが足りないのではとレモンを絞り、ふと気がついたら刻んだパセリまで混ぜていました。その上、食べる直前になって何となくごまのペーストを足したため、何やらかなり通俗的な感じになってしまいましたが、ふつうにおいしかったです。

ヨーグルトときゅうりのサラダ
『賢者の書』には、にんにく入りのヨーグルトをメヴラーナが好んで食べていたという記述があります。アナトリアでもきゅうりが入手できたということは、ジャジック(ヨーグルトときゅうりのサラダ)が当時から食べられ始めていたという事実を示すものと言えるでしょう。

[4人から6人分]
にんにく入りのヨーグルト(後述) 適量

きゅうり 2本
刻んだ生のミントの葉 大さじ1杯
または乾燥ミント 大さじ1/2杯

[作り方]
にんにく入りのヨーグルトに水を加え、好みのゆるさに整える。きゅうりは皮をむき、小さな角切りにする。ヨーグルトと混ぜ、ミントの葉を散らす。

にんにく入りのヨーグルト
同『賢者の書』には、メヴラーナは酸味のあるヨーグルトに刻んだにんにくを入れるのを好んだというケッラ・ハトゥンの話も紹介されています。わたしが作るにんにく入りのヨーグルトには、水分の少ないコンヤ産のヨーグルトが欠かせません。このヨーグルトはちょうどカッテージ・チーズのような固さがあり、とてもおいしいものです。アナトリア中の有名なレストランがこのコンヤ産のヨーグルトを使っていますし、イスタンブルやアンカラのような大都市のレストランでも使われているのは誇らしい限りです。ヨーグルトをチーズ用の布やモスリンに包んで一晩置いて水気を切れば、このコンヤ産と同じような、固さと味の濃さを備えたヨーグルトを楽しめます。水気を切ったヨーグルトはマントゥ(ヨーグルトと一緒に食べる詰め物入りのパスタ)やトゥトゥマージュ(肉とヨーグルトを使ったパスタ)、ヨーグルトのスープやジャジックを素晴らしく美味しいものにしてくれます。

水分が多めのヨーグルトが好みの場合は、水を多めに加えてもいいでしょう。

[材料]
コンヤ産のヨーグルト 250g、または1カップ
水 100ml、または1/2カップ
にんにく 2かけ

[作り方]
ヨーグルトに水を加える。にんにくは皮をむき、塩と一緒にすりおろす。ヨーグルトに混ぜ、必要に応じて使う。

紹介文にあるケッラ・ハトゥンさんという方はメヴラーナの二度めの奥様ですね。

2年前にコンヤを訪れる機会があり、その際にほとんど全ての食事ごとに「コンヤ産のヨーグルト」を口にしました。固い、というか確かに水分は少なめで、脂肪分が多めのような気がしました。そのためか口当たりがとてもふんわりとしており、何も加えずそのまま大さじですくってほおばっても「酸っぱい」とか「冷たい」といった感覚がただただ心地よいというか、とてもおいしかったです。

ざくざくとしたのが好きなので、きゅうりは皮をむいた後はあまり細かなみじん切りにはせず、四つ割りから角切りにしたところへ塩をふり、水気を切ってからヨーグルトとにんにくを加えました。しぶしぶ、水も加えました。

一晩かけて水切りすると、ヨーグルトはほとんどクリームチーズのような固さになります。そこでレシピを仔細に読んだら材料に「水」とある。腑に落ちない気もしましたが、まあ、いいです。実際、「ジャジック」というと形状としてはサラダというよりもスープに近しいものが思い浮かびます。同様の材料を使った料理というのが、昔に読んだ伊丹十三のエッセイか何かに出てきたような記憶がありますが、そこでもサラダではなくスープ、と書かれていたと思います。

ザ・グッド・クック・シリーズの「スープ」という御本にも、きゅうりやヨーグルトを使ったスープが紹介されていたのを思い出してめくってみたところ、「冷たいスープ」の項に「きゅうりのクリーム・スープ」と「ヨーグルトのスープ」というのがあるのを見つけました。「きゅうりのクリーム・スープ」の方はなまの他にピクルスにしたきゅうりも入ります。それからレモンとたまねぎ、ヨーグルトではなく生クリームを使用しています。「ヨーグルトのスープ」の方はすり鉢ですったくるみの入るレシピでした。料理名Tarator/タラトールとあって、これはブルガリアの郷土料理なのだそうです。どちらも刻んだディルを加えることになっています。

それからダニエル・マルタンというフレンチの料理人の方の『フレンチの贅沢』に、「Lait de concomble:きゅうり味のヨーグルトドリンク」と名づけられた創作料理がありました。こちらはきゅうりとヨーグルトにレモン汁と塩こしょうを加えてミキサーにかけ、ミネラルウォーターでのばして冷やしたのをグラスに注ぎミントとクミンを飾る、とあります。にんにくは入りません。

更に調子に乗ってピラウも作りました。お米のかたちのパスタをオリーブ油で焦がして、そこにお米とバターを足して、炊きあがったところでちょうど「それ」っぽいカップがあったので詰めて型抜きして。
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パスタを入れ過ぎたかも知れませんが、ともかくもおいしくできました。すごく「それ」っぽい形にもなってくれたし。でもこれは”Sufi Cuisine”のレシピではありません。色々と反省すべき点がありますので、またちゃんとがんばろうと思います。米料理は深い。


「ひよこ豆のシチュー」 精神的マスナヴィー3巻、4161行目前後から。
『ルーミー詩撰』 > 試練の効験

「焼きなすのサラダ」 ディーワーン3巻の4400行目、同4巻の1955行目。
「茄子の友と言えば誰か それは酢とにんにくである」
「不信の徒が酸っぱかろうが、何も驚くことはない。茄子と酢とはそもそも親しい間柄ではないか」

「ヨーグルトときゅうりのサラダ」 『賢者の書』1巻。
「偉大なる霊廟のイマーム、ハズレッティ・バハーエッディーン・バフリーどのが以下の伝承を語っている。『メヴラーナとわたしは、一緒にイルギンの温泉へ出かけた。メヴラーナはきっかり十日間、何も食べずにひたすら温泉につかっていた。すると突然あるテュルクの人が、たっぷりとヨーグルトの入った大きな鉢を抱えてやって来た。メヴラーナはその鉢に、かなり沢山のにんにくを加えてたいらげた。それから四十日というもの、メヴラーナは何も食べずに今度はひたすらセマーに没頭して過した』。」