わーん、ごめんなさい

つい先ほど、『ルーミー詩撰』を更新しました。といっても何か進捗があったわけではないです。訳の方は遅々としてですね、進んでいないわけではないが堂々と胸を張って進んでいると言い切れるのかというとそれもまた問題があるというか、肉眼では確認できない感じです。

更新したのは扉絵です。これです。

更新の顛末を、以下に記しておきます。

昔々、『ルーミー詩撰』と題してぽつぽつ、訳したものをネット上に公開し始めたときのことじゃった。文章へのリンクだけ、文字だけというのもなんだかつまらなく、それに始めたばかりなこともあってボリュームも少なくさみしかったので、何かうるおいがほしいわ、と思って画像を探しました。なくてもいいかもしれないが、何かあったらいいだろうくらいのきもちでメヴラーナ・ジャラールッディーン・ルーミーでgoogle検索すると、だいたい白いひげでターバンを巻いたそれらしい感じのおじいちゃんの肖像が出てきました。でも「それらしい」だけで、それが本当にメヴラーナなのかも判断できないし、誰の手によっていつ・どこで描かれたものなのかも明示がないものばかりでした。画像のコピーライト的なものも、どうなっているのかよくわからないし、つまり自分のサイトで「ルーミーです!」と言い切って掲示するにはちょっとためらわれました。

そこで手持ちの御本の中から引っ張り出したのが↑です。アンネマリー・シンメルさんというドイツ出身の東洋学の先生でイスラムやスーフィズムについてもたくさんの著書がある方が書いた御本の一冊、The Triumphal Sunにあったのがこれでした。”presumably”という但し書きが付されてはいましたが、あんまり深くは考えませんでした。いや、それなりに考えてはいました。インターネット検索で野良画像を拾ってきて貼りつけるよりも、アンネマリー・シンメルさんの御本にのっている画像を使用した方が筋としては確かだろうと考えたのです。肖像画の下部には「مولوی روم」、「ルームの先生」、と記してありました。

それから時が流れて、あちこちの美術館が惜しげも無く収蔵品の画像をインターネット上に公開するという夢のような時代が到来しました。そこでボストン美術館のサイトを検索したところ、あったあった。「ルームの先生」の肖像画のページがありました。カラーのものを期待していたのでそこは少し残念な気もしましたが、とにかくこれで画素の多い画像にも手がとどくようになったし、帰属先として正しくボストン美術館のサイトにリンクが貼れるようになったのもありがたかったです。21世紀すばらしい、くらいに思っていました。

それからさらに時が流れて、数日前のことです。やや必要があってサイト内を検索していたところ、この画像に貼っていたボストン美術館のリンクをクリックしたところ、Page Not Foundの表示がされました。あれ、どうしたのだろ。その時は出先だったので、帰宅してから改めて今度はボストン美術館のサイト内を検索しました。画像の置き場所が変わったのかな、などと思いながらキーボードを叩いてみたところ、あったあった。

よかった、じゃあこのページにリンク先を変えればそれでよし。・・・・・・うん?

ええ?

えええ?

えええええ???

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更新の顛末は以上になります。

そのようなわけで「おそらくルーミー」と推定されていた肖像画は、ルーミーではなくムッラー・シャー・バダフシー、カーディリーヤ教団に属していた17世紀のインドの先生を描いたものでした。えーと。わーん。ごめんなさい。