第32話

『スーフィーの寓話』
メヴラーナ ジャラールッディーン・ルーミー

「嘘から出た実(まこと)」1

 

とある学び舎に通う少年達がいた。彼らの師は非常に厳しく、びしびしと彼らを鍛えた。少年達は、すっかり疲れきってしまった。そこで彼らは、どうにかして師から逃れられないものか、手綱を緩めさせられないものか話し合った。

少年達のうち、一番賢い子が言った。「師に会うたびに、こう言うんだ - 『先生、顔色がとても悪いですよ。大丈夫ですか。血の気がすっかり失せてしまって、具合でも悪いのですか。悪い風にあたったのですか、それとも熱があるのではないですか』」。

少年は続けた、「こんな言葉をかけられれば、誰でも『ひょっとして、自分は病気なのかもしれない』と思い始めるものだよ。君もだぜ、兄弟。ぼくと同じようにするんだ。マドラサ2の門を入ったら、先生にこう言え、『先生、具合はいかがですか』。きっと先生は、ますます自分が病気なんじゃないかと疑い始めるだろう。一度でもそういう不安が心によぎると、なかなか消えないものなんだ。『自分が病気かも知れない』なんてのは、分別のある者にとっては耐えがたい話だからね。

皆もぼく達に続け。三人、四人、五人目と同じように心配してるふり、同情してるふりにするんだ。立て続けに三十人にそれをやられたら、先生は自分が病気だと思い込むに違いないよ」。

「いいぞ!」、少年達は口ぐちにはやし立てた。「きみは頭のいいやつだなあ!きみの将来が、神の手によって祝福されますように!」。彼らは、今言った通りの計画を、寸分違えず実行しようと決めた。また計画については、この場にいる者以外の、誰にも他言しないことを全員で誓い合った。

少年の講じた策は、仲間達をすっかり団結させた。彼の知性が、今やこの群れの統率者なのだ。『愛する者』の、持って生まれた外見が人それぞれ違うように、人の内面にもそれぞれ違いがある3。それ故にムハンマドは言った - 人間の真の価値は、舌の奥に隠れている、と。4

次の日、少年達の頭の中には、『計画』の他には何ひとつ思い浮かぶことは無かった。彼らはめいめい家を出て『店』へやってきた。すぐには入らず外に立ち、意志の強い級友が来るのを待っていた。何となれば、彼こそはこの計画の発起人である。頭こそは手足を導くイマーム5だ。やがて彼らのイマームがやってきて、師に話しかけた - 「サラーム!6先生、具合はいかがですか?顔色が悪いですよ」。

師は答えた、「何を言う。私は至って健康だ、病気などではない。つまらないことを言っていないで、さっさと自分の席につきなさい」。彼は即座に否定したが、それでも無益な憶測と仮想の塵が、ほんの少しばかり、彼の心に降りかかった。やがて二番目の少年が教室に入ってくると、彼も同じことを口にした。ほんの少し、だが確実に塵の量が増えた。

次から次へと少年達が教室に入ってくるたびに、否応なしに塵は増え続けた。やがて彼の心の中は、自分の健康に関する不安ですっかり占められてしまった。彼は狼狽し、思わず教室から飛び出した。それから、とぼとぼと帰り道を辿った。

歩きながら、師は妻に腹を立てていた。「妻は私を愛していないのに違いない。夫の私がこんなに重い病気だというのに、あいつは私に何も尋ねなかったし、調べようともしなかった。私の妻でいることを、あいつは恥じているのだ。自由になりたいと思っているに違いない」。家に帰りつくと、彼は乱暴に扉を叩いた。少年達が、こっそりと彼の後を追ってついてきているのにも気付かなかった。

扉を開けて、妻が言った、「あら、どうなさったの?こんなに早い時間にお帰りだなんて。あなたの身に、何か悪いことが降りかかったのでなければ良いけれど!」。彼は言った、「おまえの目は節穴か?私の顔色を見てみろ、私の様子を良く見てみろ。他人ですら、私が辛そうなのを見て嘆き悲しんだぞ。ところがおまえときたら!私とひとつ屋根の下に暮らしていながら、私を憎み、偽るあまり、私の苦しみなどすっかりお構いなしと言うわけだ」。

「まあ、なんてことを!」、妻は言った、「あなたに悪いところなんかあるものですか。考えすぎ、気にしすぎですよ」。「まだ私と争うつもりか、この売女め」、彼は言い返した。「私は病気なんだ。おまえには、それが見えないのか?私が震えているのが見えないのか?おまえは何も見ちゃいないし、何も聞いちゃいない。私の、一体何が不満だというのだ。病気だと言ったら病気なんだ。でなければ、この悲痛、この苦悩は何だというのか」。

妻は言った、「いいがかりだわ。あなたにも分かるように、鏡を持ってきます」。「あっちへ行け」、彼は言った。「鏡など、おまえが見ればいい!おまえはいつも私に憎しみと悪意を差し向け、罪深いことをしてのける。今すぐ、私の寝床を整えろ。頭が重い、横になりたい」。妻がぐずぐずしていると、彼は怒鳴りつけた。「早くしろ!何と不愉快なやつだ!本当におまえときたら!」。

 

寝具を運んで広げながら、長年連れ添った妻はひとりごとを呟いた。「もうおしまいだわ、これ以上やっていられるものですか。ああ、胸が焼けただれるようだ。うちの人ときたら、私が何を言っても疑うばかりで信じない。かといって何も言わずに黙っていれば、それはそれで大変なことになってしまうわ。

あの人ときたら、私が『あなたは病気ではないですよ』と言ったものだから、私が悪だくみでもしているのだろうと勝手に想像して、一人っきりになろうとしているのだわ。そしてきっと、『妻に追い出された』、『妻に裏切られた』などと言いふらすのに違いない」。

寝床の準備が整うと、師はすぐさま身を投げ出して横たわってため息をつき、その後は絶えずうううむ、ううむと唸っていた。

そのころ、少年達は丸くなってしゃがみ込み、師から学んだ教えを思い出しては、嘆き悲しみつつこっそりと繰り返し暗誦していた。そして考えた、「全部が全部、僕達の仕出かしたことだ。厳しい授業から逃げられるかと思ってしたことが、結局は僕達を縛り付けている。しかもこれは、先生の授業よりももっと厳しくてもっと悪い。僕達の描いた図面はひどいものだ、そして僕達はひどい大工だ」。

例の賢い少年が皆に語りかけた。「ねえ君達、もっと大きな声で暗誦してみようよ」。そこで彼らが声を張り上げると、少年は言った、「あ、いけない!大きな声を出したら、先生の具合が悪くなってしまう!こんなことで先生の頭痛がもっと悪くなったりしたら、せっかくの暗誦にも何の価値も無くなってしまう」。

家の中から師が言った。「その通りだ、さあ家に帰れ!頭痛がますますひどくなってしまった。帰れ、帰れ!」。少年達は慌ててお辞儀をしてこう言った、「師よ、師よ!病と災厄が、あなたから遠ざかりますように!」。それから彼らは、まるで餌を探す小鳥の雛のように、散り散りに別れて家に飛んで帰った。

少年達は、それぞれの母親にこっぴどく叱られた。「勉強しているものとばかり思っていたら、さぼって遊んでいたのだね!」。それぞれの家で、少年達は必死に言い訳をした。「待ってよ母さん、それは違うよ!ぼくのせいじゃありません、ぼくは何も悪いことなどしていません。これは天が定めた運命です、先生が病気になってしまって、とても苦しそうにしているんです」。

「そんな嘘にごまかされませんよ」、母親達は言った。「遊びたくて仕方が無いものだから、そんな嘘を思いついたのだね。おまえときたら、いつだってそんな嘘の卵を百も二百も温めているんだから。明日は私が行って先生に会って来るから覚悟おし。先生に会えば、おまえのついている嘘の底も、すぐに透けて見えるだろうから」。

「神かけて、行ってみておくれよ」、少年達は言った。「嘘をついているか、本当のことを言っているか、突き止めておくれよ」。翌朝、母親達は師が本当に病気になってしまったことを知った。そこで皆で見舞に行ってみると、師は息も絶え絶えとなり寝台に横たわっていた。一目で、死期が近づいているのが見てとれた。

何枚もに重ねた毛布にくるまって、師は汗を額に滲ませて苦しそうだった。頭には包帯を巻き、顔には刺繍の布をかけていた。弱々しいうめき声が漏れた。「ラー・ハウラ7」。その場にいた全員がしくしくと泣き始めた。少年達は言った、「先生、すぐに治りますよ、こんなの嘘ですよ!先生は、ご自分が病気だと思い込んでいるだけなのです。全部、ぼく達の不注意が悪かったのです」。

「それは私も同じこと。全部、私の不注意から生じたことだ」、師は答えた。「この悪童どもめ。おまえ達に言われるまで気付かなかったとは一生の不覚だ。私は、ただひたすらにおまえ達に教えることに打ち込んで忙しく過ごした。おかげで私の中に重い病が潜んでいたなど、ほんの少しも気付かずにいたというわけだ」。

 


*1 3巻1522行目より。

*2 イスラム世界における学校・学習施設の総称。

*3 詩人(メヴラーナ)は、ヒトの知性は個人によって生来の違いがあると考えた。この考え方は、ヒト皆同等の知性を持って生まれ、その後の学業経験によって多様性が生じるとするムウタズィラ派と呼ばれた学者群の見解とは一線を画している。

*4 語らぬ限り、他人にはその者の知性を判断することは不可能である。

*5 「模範」の意。転じて指導者を指す。

*6 挨拶の言葉。「平安あれ」の意。

*7 第4話・註2を参照。(以降、当該用語については註を省略する)