第45話

『スーフィーの寓話』
メヴラーナ ジャラールッディーン・ルーミー

「労働と報酬」1

 

昔々、預言者ダーウード2の時代のこと、賢者と愚者の見分けもついた時代のこと。いつでも、同じ祈りを捧げている人がいた。その祈りというのはおよそこのようなものだった -

「神様、どうか私に、労苦無しの財産を授けて下さい!ひとは私を怠け者と呼びます。けれど私をこのようにお創りになったのも、神様、あなたじゃありませんか。殴る者か、殴られる者かで言うならば、私はいつだって間違いなく殴られる者です。何をするにものろくって、無精で、ものぐさで。ウマやラバならいざ知らず、背中に傷あるロバの身で、どうして重荷を背負ってこの道を歩むことが出来るでしょうか?

世の中、信じられないようなものすごいことばっかりで、私はもう十分です。見ているだけで疲れてしまうから、目を閉じて眠り続けていたいのです。主よ、あなたのお優しさとお情けの木陰なら、私はゆっくりと休んでいられます。あなたの木陰で眠る怠け者に、あなたは必ずや世間の者が考えるのとは違った糧を与えて下さるはず。主よ、私に日々の糧を与えて下さい。私には、あなたに祈ることの他にはすることもなく、この世に何の仕事も見つけられないのです」。

- このように、彼はもうずいぶんと長いこと、朝から晩まで一日中祈って過ごしていた。人々は、彼の祈りの言葉がおかしいと言っては笑い、彼の望みが愚かだと言っては笑い、また彼が同じ祈りを繰り返すのをしつこいと言っては笑った。

「これは傑作だ!一体、この馬鹿は何を言っているんだ?それとも、誰かがこいつに馬鹿になる薬でもくれてやったのか?仕事と労苦と疲労以外に、日々の糧を得る方法などあるわけがないだろう。神様は、誰にだって生計を立てるための技と力をお授けになってるんだ。王様を見ろ、君主を見ろ、預言者ダーウードを見ろ。技と力を出し切れば、あれほどまでに多くのことを成し得るものなのだ。

たとえ神が、彼らを選ばれし者として愛したまい、多くの栄誉と威厳をお与えになったのだとしても、それに甘んじることなく骨惜しみせずに働き、鎖帷子を編む3ことが無ければ、彼らにだって生計を立てることなど出来やしない。それなのにこいつときたら!あわれなやつだ、神からも見放され、見捨てられたのだろう。

天の国から締め出された小悪党というのはこういうやつのことを言うのだ。こういう堕落した手合いというのは、楽をして稼ぐことばかりを考えているのだから困ったものだ」。

別のある人は嘲りを込めて彼に言った - 「そら、受け取りに行け!おまえの日々の糧が届いたそうだぞ - 預言者の吉報というやつだよ!」。また別のある人は笑いながら言った、「労働無しに何かが手に入ったなら、おれたちにも分けてくれよ、村長さんよ!」。

しかしどれほど意地の悪い言葉を浴びせられても、嘲笑されても、彼は決して自分の祈りを曲げることはなかった。そのため、彼は「空っぽの財布でチーズを買い求める者」として、今や村の人々の間ではちょっとした有名人になっていたのだった。

 

ある朝のこと。彼はいつもと同じように、呻いたり、ため息をついたりしながら祈っていた。するとそこへ、突如として雌牛が一頭、勢いよく駆けこんできた。雌牛は角を振り立てて扉を壊し、彼の家の中へ飛び込んで走り回った。彼は素早く雌牛の脚を取り押さえ、それから一瞬の遅れもなく、迷いもなく、情け容赦なく雌牛の喉を掻き切った。それから彼は、皮を剥いでもらおうと、屠った雌牛を肉屋へと運んだ。

するとそこへ雌牛の飼い主がやって来て、彼を見とがめて言った、「おい、それはおれの雌牛だぞ、どうして勝手に屠ったのだ、この阿呆め、盗人め!さあ、きちんと納得のいくように説明してもらおうじゃないか」。

彼は言った、「神様が、私の昔からのお祈りに応えて下さったのです。この雌牛は、日々の糧として私が授かったものです。だからこうして屠りました。言うべきことはそれだけです」。怒った飼い主は彼の襟首を掴み、こぶしで彼の顔を五、六発殴りつけた。「ついて来い、この馬鹿め、罪人め!」、飼い主はそう言い、預言者ダビデの許へ彼を引き摺って連れて行った。

「一体、何を言っているんだ。何がお祈りだ、ふざけるな。おれの頭も、おれの髭も飾りものだと思うなよ。もちろんおまえの頭もだ、この悪党め! - おおい、ムスリムの諸君、集まってくれ、聞いてくれ!神かけて、こいつが祈ったからといって、おれの所有物がこいつのものになるなどということがあって良いものだろうか?」。

人々は口ぐちに言った、「そりゃあおかしい、あんたの言うことが正しい。そしてその祈り屋の行いは不正だ、間違っている。そんなばかげたお祈りで、どうして財産が得られるものか。雌牛を返せ、でなけりゃあ牢屋に入れ」。

一方、哀れな男は天を仰いでぽろぽろと涙を流した。「神様、あなたを除けば、誰も私のことなど分かりっこないし、知りもしないのです - 私の心に祈りの種を植えたのもあなたなら、希望の花を咲かせたのもあなたです。私は無駄に祈っていたわけじゃありません。ユースフのように、私も夢を夢見ていただけなのです」。

 

やがて預言者ダーウードが彼らの前に現れた。「これは何の集まりか。一体、何があったのか」、彼はそう尋ねた。

告発者が口火を切った。「神の預言者よ、正義をお示し下さい!私の雌牛が、こやつの家に迷い込んでしまいました。するとこやつめ、私の雌牛を殺してしまったのです。何故こやつが私の雌牛を殺したのか、こやつに訊いてみて下さい、何があったのか、こやつにお尋ね下さい」。哀れな男にダーウードは問うた、「話せ!何故におまえは、尊敬すべきこの人物の所有する財産を損ねたのか?」。

彼は答えた、「おお、ダーウードよ。七年の長きに渡り、私は一時も欠かさず日夜の全てを祈願と嘆願に捧げて過ごしました。道に背くことなく、悪事に手を染めること無しに、合法な日々の糧を得る手立てをお与え下さいと、それだけを神に祈ってきたのです。毎朝毎晩、涙を流して過ごしておりましたところ、突然それは聞き届けられました。私の家に、雌牛が現れたのです。

私はもう目も眩む思いでした - 日々の糧を手に入れたことが嬉しかったのではありません、私の祈りが受け入れられたことが嬉しかったのです。私は雌牛を屠りました。私の祈りを聞き入れたもう御方への感謝のしるしに、布施をするつもりでおりました」。

ダーウードは言った。「そのような話を訊いているのではない。法に照らして論を述べよ。これは誰の雌牛か?おまえは雌牛を買ったのか、それとも誰かから譲り受けたのか?畑を耕さずして、どうして収穫が得られようか?おまえはこのムスリムに、雌牛を賠償せねばならない。代価を支払え、行って金を借りるなり何なりするがいい、ただし罪に手を染めることの無いように!」。

「ああ、王よ」、哀れな男は言った、「あなたはまるで、私を迫害する者達と同じような話し方をなさる。私を虐げる者達と、同じようなことを言う」。彼は身悶えし、抗議の悲鳴をあげた。「おお、御方よ!私がどれほどあなたを恋い慕っていることか、あなたが一番良くご存知のはず。私があなたを想って燃やす炎と同じ炎で、どうかダーウードの胸を燃やして下さい!あなたが密かに私の心に植えたものと同じものを、どうかダーウードの心にも植えて下さい!」。彼はそう言い放つと、わあわあ泣き始めた。

これを見て、ダーウードも心を揺り動かされずにはおれなくなった。「今日はこれで終わりにしてくれ」、ダーウードは告発者に告げた。「私に時間をくれ。一人静かに、神と共に過ごさせて欲しい」。彼は扉を閉めると、祈りの場へと急いだ。そして静かに祈り、神に問うた - 全ての答えを知る御方に。

果たせるかな、神は問いに答えた。全ての秘密が明かされ、そして誰が罰せられるべきなのか、ダーウードはその目にありありと見たのだった。

 

明けて翌日、ダーウードの前に昨日と同じく群衆が集まってきた。人々が見守る中、告発者は立ち上がり非難の声を上げようとした。「静まれ!」、ダーウードは彼に言った。「告発を取り下げよ。彼は真の信仰者だ。彼には、負うべき責任は何ひとつ無い。告発者よ、神はおまえの上にヴェイルを掛けたもう。黙ってこの場を立ち去れ、神が隠したもうことについて、それに値する感謝を捧げるがいい」。

彼は叫んだ、「何ですって?ああ、こんな悲しいことがあって良いものか!これがあなたの知恵だと言うのか?これのどこが正義だと言うのか?法による裁きを与えてくれ!それともあなたは、私に限って新たな法で裁くつもりなのか?あなたは間違っている!こんなひどい仕打ちは、盲いた犬だって受けたことが無いだろう。こんな不正義がまかり通るようでは、山も岩もたちまち粉々に砕け散るだろう!」。

ダーウードは彼に言った。「強情なやつめ。今すぐおまえの財産を、全てこの信仰者に与えるよう命じることも出来るのだぞ。私は『立ち去れ』と言ったはず、だが抗うのならば仕方が無い。おまえの運を食いつぶしているのはおまえ自身であることにまだ気がつかないのか。そうやって抗えば抗うほど、おまえの不正も少しづつ明るみに引き出されることになるのだぞ。

もう一度だけ言おう、 - 立ち去れ!おまえの妻と子を、今この場でおまえから取り上げて、奴隷とするように命じることも出来るのだ。二度と口を開くな、さあ、立ち去るがいい!」。

告発者は逆上してその場を転げ回った。そして両手一杯に石をかき集め、自分の胸めがけて滅茶苦茶に打ち付けた。集まっていた人々も、一斉にダーウードを非難し始めた。彼らは、背後に隠された事情について何ひとつ知らなかったのである。人々の一部が野良犬のような暴徒と化し、 - 彼らのような者達こそ、日常においては虐げられた人々を石もて打ち、圧制者にすり寄って腐敗に加担する者達である - 群衆の中から飛び出して、ダーウードの傍へ走り、彼の前に立ちふさがった。

彼らが叫ぶことには、「おお、選ばれし預言者よ!これは明らかに不正義だ、あなたには似つかわしくない。あなたは罪無き告発者を貶めるのか」。彼は言った、「友よ、どうやら彼の隠された秘密について明らかにしなくてはならない時が来たようだ。集まった人々よ、立て、私について来るが良い。あなた方がどうしてもと言うのなら、彼の秘密を知るがいい。

ここから少し離れたところに平野がある。これから、そこへ向かおう。平野には、多くの枝を持つ大木が立っている。幹も固く、根も強い大木だ - その大木の根元に、私は血の匂いを嗅ぎ取った。かつてかの大木の根元で、人が殺され、埋められたことを私は知った。

呪われし男は、 - この告発者は、かつて彼の主人を殺した過去を持つ者である。神の慈悲により、彼の犯した罪は今の今まで隠されてきた。しかしそれは、ついにこうして明るみに出ることとなった - 彼の忘恩が、彼の罪を暴いたのである。

ここにいる人々のうち、誰か彼のかつての主人を、その家族を、気にかけた者はあっただろうか?彼のかつての主人を、その家族を、見たという者はあるだろうか?あれから幾度となくノウルーズ4の季節を迎えたが、そのような祝祭の場においてすら、遺された彼の子供達を気にかける者はどうやら一人もいなかったようだ。男は子供達を追い出し、子供達はたちまち路頭に迷うこととなった。

この男は子供達の世話をするでもなく、罰を受けることもなく、何も無かったかのように時は過ぎた - 他ならぬこの男が、雌牛について騒ぎ立てる今この時までは。雌牛を放ったのは誰あろう、彼が殺した主人の息子どのだ。

さあ、これで不正の全てが暴かれた。彼の罪を隠していたヴェイルを取り払ったのは、他ならぬ彼自身である。彼がこのような振る舞いに及ぶことが無ければ、神は彼の罪をいつまでも隠したもうたことだろう。しかし彼が犯した罪は、彼の心の奥深くまですっかり染みついてしまったようだ。そして雌牛のごとく人々の前で騒ぎ立てた、『見よ、見よ!私には角があるぞ!さあ、地獄の雌牛5の姿を、その目でとくと見るがいい!』と」。

 

やがて彼らは平野に辿り着き、件の大木の傍までやって来た。ダーウードは言った、「その男を取り押さえろ。後ろ手に縛れ、さあ早く。私はこれから彼の罪を掘り起こし、日の光の許で、正義の旗をこの平野に立てよう。 - さて、この犬め」、彼は男に向かって言った。「おまえは、ここにいるこの青年の父を殺した。下僕であったおまえは、主人を殺して支配者となった。主人を殺して、その財産を横取りした。

だが今や、神はおまえの罪を暴きたもうた。おまえの妻も、同じ主人に仕えた下女であった。おまえと共謀し、主人に不正を働いた。おまえの妻が生んだ子供達 - 女であれ男であれ - は、全ておまえの主人の、正当な後継者であるこの者に引き渡す。下僕であったおまえの財産は、全て正当な後継者であるこの者の所有となる。

おまえは法の裁きを求めた。しかし法を冒していたのは、他ならぬおまえ自身であった。さあ、法を受け取るがいい。これがおまえの受ける裁きだ。

まさしくこの場所で、おまえの主人も慈悲を乞うて泣いたことだろう。だがおまえは、無惨にもおまえの主人をナイフで刺し殺してしまった。それから急いで穴を掘り、主人の死体と一緒に、ナイフも土の下に埋めて隠した。そのナイフには、おまえの名が刻まれている。それがおまえの主人に対する背信の、何よりの証拠となるだろう。
この真下に、死体とナイフが埋まっている!さあ、掘り起こせ、今すぐにだ!」。

そこで人々が掘り起こすと、大地の裂け目から現れたのは、人の頭蓋骨とナイフであった。人々の中から哀悼の泣き声が沸き上がった。その場に居合わせた人々のうち、ズンナール6を身につけていた者達は、一人残らずその腰帯を断ち切った。ダーウードは男に告げた - 「前へ出よ、正義を求める者よ、罪と恥にどす黒く曇った顔を持つ者よ。受け取れ、これがおまえの欲した正義だ!」。彼は、死を報復として受け取るように命じた - 男が主人を殺したのと、同じナイフによる死を。

たとえどれほど狡猾に振る舞おうとも、神の知の域を越えることは叶わなかったのである。

 

教訓 - 物的領域における欲望を死なしめ、霊的領域を生かさねばならぬ。雌牛、すなわち欲望は、最後にはその主人をも死なしめることとなった。雌牛に仕えるな。雌牛をこそ、仕えさせねばならぬ。

雌牛を屠った男とは、理知的な精神の象徴である。そしてそれは、あなた方にも備わっている。理知的な精神は物的領域における欲望を拒み、これを死なしめる。しかしそのことに腹を立ててはいけない。

精神は肉体の檻に囚われた捕虜である。精神は、しかし肉体に奉仕することを拒む。日々の労働にすり減らされること無しに、日々の糧を神からじかに受け取りたいと切望し、哀願する。だが精神がそのように切望し、哀願することを決して禁じてはいけない。やがて待ち望んだ恩恵の食卓が眼前に広げられる日は、必ず訪れるのである。

さて、それはいつの日のことだろうか。労苦無しの日々の糧は、一体いつになれば手に入るのだろうか? - 全ての悪の根源である雌牛を屠れ。屠るやいなや、即座に手に入ることだろう。

 


*1 3巻1450行目より。

*2 第36話・註2を参照。(以降、当該用語については註を省略する)

*3 コーラン21章80節:「また、おまえたちにくわえられる暴力を防ぐために、彼に鎧(よろい)の造り方を教えてやった。おまえたちは感謝しているのか。」第36話・註2も参照のこと。

*4 ペルシャの新年にあたる祝日。

*5 物的領域に関わる欲望の象徴。物語の末尾においても解説される。

*6 イスラム支配下にある地域に在住するキリスト教徒、ユダヤ教徒、ゾロアスター教徒達が非イスラム教徒であることの証として身につけた腰帯。「ズンナールを断ち切る」とは、すなわちイスラムに改宗することを意味している。