新イスラム事典
スフラワルディー:al-Suhrawardi, 1155-91
ペルシア・イスラム思想家。イランのスフラワルドに生まれ、シリアのアレッポに没した。一般に、「東方照明学の師」として知られている。
イスファハーンの学園でイスラム諸学を修得した後、西アジアを巡歴した。その間にイスラム神秘主義思想を学ぶ。他方、古代ペルシアに伝わったプラトン哲学およびグノーシス哲学からも霊感を得て、独自の神智学を完成した。才気煥発、傲岸不遜な人柄と非イスラム的概念を多く混入させた学説は、保守的な学者たちの反感を買い、ついに獄死することになった。その学説において、彼はイブン・シーナーの存在・形相・質料の概念を骨格とする世界像を拒否する。イブン・シーナーのような哲学では、真理の観念的理解はなしうるが、真の真理観照は成就しないとする。他方、ビスターミーのような神秘主義者も浄化された霊魂を通じて真理を垣間見た者にすぎないとみなしている。そこで、真理の全容を理解するために、真理の象徴である現象の分析法を根本的に変革する。彼は古代イランのゾロアスター教の光明と暗黒の二元的世界観から霊感を得て、全宇宙の諸現象を「光の光」nur al-anwar と名づけられる至上の神的本質の発光の階層的発現相とみなす。かくして各層に発現する光は、その強弱に応じそれぞれ小宇宙を形成する。この光が到達せぬ光の欠如する世界は、闇の世界であり、無の領域となる。したがって、光は「無」に対立する「存在」と呼びうる。しかし、スフラワルディーの「光」は観念的なものではなく、霊魂の透徹した領域において認識可能なものである。
彼はこのようにして宇宙論と認識論の統一に成功し、人はその照明的原像である天使ジャブラーイール(ジブラーイール/ガブリエル)と合体することにより、至福の境地に到達しうるとする。主著は『東方照明の哲学』Hikmat al-ishraq 。(引用:『新イスラム事典』平凡社,2002)
岩波イスラーム辞典
スフラワルディー、シャイフルイシュラーク [Shaykh al-Ishraq Shihab al-Din Yahya ibn Habash al-Suhrawardi]
1154-91 哲学者、スーフィー。照明学の師(シャイフルイシュラーク)と尊称される。イラン北西部のスフラワルドで生れ、シリアのアレッポで没した。異端の疑いをかけられ、処刑されたため、スフラワルディー・マクトゥール(殺されたスフラワルディー)とも通称される。
当初イブン・スィーナーの哲学を熱心に学んだが、そこには煩瑣な議論があるのみで真の哲学は見出せないとして、独自の思想を構築。その中心は”光の形而上学”と呼ばれる流出論的世界観で、万物は”光の中の光”と呼ばれる根源的一者から発出すると説く。また、人間は肉体的束縛を逃れて光の世界に還帰しなければならないが、そのためには精神的照明(イシュラーク)が不可欠であるとする。彼にとって哲学とは、この照明によって開示された事実を理論化することであり、それはプラトンに代表される古代の哲学者たちの教えを再興することでもあった。また彼の思想にはスーフィズムやゾロアスター教の影響もみられる。主著は『照明哲学(ヒクマ・アル=イシュラーク)』。(引用:『岩波イスラーム辞典』岩波書店,2002)
イスラーム辞典 (1983年)
(アッ=)スフラワルディー As-Suhurawardi, Shihab-d-Din Yahya Habash
シーア派の哲学者。照明学派の祖。一一五三年にイラン、ザンジャーン市郊外のスフラワルド村に生れ、メラーゲ、イスファハーン等で学問を修めた。スーフィーとして各地を巡遊した後、アイユーブ朝の君主でサラーフッ=ディーンの息子、アル=マリクッ=ザーヒルの宮廷に迎えられるが、法学者ら多くの敵対者の要求により投獄され、一一九一年に三十八歳の若さで獄死した。
スフラワルディーは、その短い生涯の中でアラビア語、ペルシャ語で五十に及ぶ著作を遺しており、それらはすべて文学的価値の高いもので、特にペルシャ語の作品は、叙述的、哲学的散文の模範となっている。彼の作品は次のような五つのタイプに分けられる。
(1) 教訓的、教理的主著。アラビア語で描かれた『告示の書』『対立の書』『対話の書』というアリストテレス哲学の修正を論じた三冊と、彼の傑作であり照明学派の神智学そのものが論じられた『東方神智学』とから成る四部作。
(2) 四部作の主題を簡潔、平明に論じた『光の寺院』『照明論』『哲学者の信条』等アラビア語、ペルシャ語で書かれた小論。
(3) 魂の旅路を描いた象徴的、神秘的物語、小話類。ほとんどがペルシャ語で書かれている。
(4) 彼以前の哲学作品や、宗教的聖典の翻訳、注釈等。
(5) アラビア語の祈願、祈禱書。
スフラワルディーは、その教説をうちたてるにあたり、スーフィズム、特にハッラージュとアル=ガザーリーの著作、さらにアヴィセンナ等ペリパトス派哲学を典拠としている、またイスラーム以外にゾロアスター教、ピュタゴラス主義、プラトン主義、ヘルメス主義等多くの伝統の象徴的精髄をとり入れている。彼によれば照明学派の叡智は、思弁的論証と知的直観、精神の規則的修練と魂の純化の双方に依拠しているのである。
ここで照明を意味するアラビア語「イシュラーク」という言葉は、東方、光の世界という意味をも合せもつ。スフラワルディーの主著『東方神智学』は、このイシュラークの二重の意味を意識した上で展開される。まず東方とは純粋な光ないし大天使の世界であり、物質性がなく、肉眼で捉えることのできない光の世界である。そして西方とは闇、物質の世界である。また光と闇とが交わる可視の天の世界として近西ともいうべき世界がある。宇宙はその現実のあらゆる次元において光と闇の諸階層以外の何ものでもなく、彼が光の光と呼ぶ純粋な光とは、その煌々たる輝きがひとの視力を奪う神的本質であり、あらゆる存在の根源なのである。人間の魂が肉体の中にありながら、いかにして西方つまり物質的絆から離れ、雌伏と平安を見いだしうる唯一の場所たる光の東方に帰りつくか、いかにして至高の光を享受しうるか、これが彼の教説の主題である。
スフラワルディーは、彼自身の教説を説明するにあたってゾロアスター教の象徴を用いているが、これは決して、現代の学者たちがしばしば言うように彼の教説が反イスラーム的であることを意味しない。イスラームの普遍性は、多くの異質の要素を同化することを許し、その神秘主義が先行する伝統的叡智の諸形態の言語を利用することを可能にしているのである。彼の教説は中世西欧に紹介されることなく、スンニー派学者の間でも知られるところは少なかったが、シーア派の間で急速に広がり、多くの賢人、哲学者らに多大な影響を与えている。(引用:『イスラーム辞典 黒田寿郎編』東京堂出版,1983,1995)
以下は各試訳についてのめも。
*「鳥の論攷」について
底本は同じく「The Mystical & Visionary Treatises of Suhrawardi(Octagon Press, 1982)」。2012.12.
*「あるいは、恋人達の慰みに」について
底本は「成長期について」と同じく「The Mystical & Visionary Treatises of Suhrawardi(Octagon Press, 1982)」。ジャーミーの詩集「ユースフとズライハ」等でも馴染み深いモチーフを元に語られている。2011.10.
*「成長期について」について「Risalah fi halat t-tofuliya」と題された掌編。ペルシア語原典はH・コルバン先生が編纂した「Shihaboddin Yahya Sohravardi(Tehran & Paris, 1974)」に収録されている。ここではW. M. Thackstonの「The Mystical & Visionary Treatises of Suhrawardi(Octagon Press, 1982)」を参考にした。