「ガザル」
マーズーン
「なぜ」
神さま、人の身である私には、
あなたのなさることに異議のあろうはずもない。
それにしても神さま、なぜあなたは、
愛の炎に私たちを放り込まれるのですか。
神さま、あなたは水と粘土とあなたの御力で、
私たちをお創りになった。
それにしても神さま、なぜあなたは、
月のように美しいあのひとを創られたのですか。
あなたは眉を筆にして、私に恋の物語を書かせ、
髪に投げ縄を潜ませて、恋の獲物を捉えようとなさる。
甘い唇から、砂糖よりもなお甘い水を蒸留なさる。
私を導き、私が堕落しないことを御望みなら、
なぜ私に悩みをお与えになるのですか。
なぜあのひとに、恋の火種を植え付けられたのですか。
私の服従と、祈りとを御望みなら、
あなたは創りはしなかったでしょう、
美しいあのひとの、艶やかさと淑やかさを。
道から外れた恋を罪だというのなら、
なぜ私の眼にあのひとを映し、私の眼を酔わせるのですか。
ろうそくの炎がなければ蛾も燃えず、
花がなければナイチンゲールも狂いはしないのに。
ライラが誓いを破らなければ、
マジュヌーンも砂漠を彷徨いはしないのに。
私は語りましょう、あなたの創られたことについて、
また創るあなたそのものについても。
私は怖れます、書き始めてしまえば、心の奥深くに迷い込み、
二度と戻っては来られなくなるだろうことを。
愛の炎から、なぜあなたはお与えになったのですか、
マーズーンの舌に、慎みのない言葉の数々を。
「楽しい夜」
今夜は楽しい夜、祝福された素敵な夜、
客人はあのひと、私の友。
この夜よ、永遠に続いておくれ、
夜明けよ、二度と訪れないでおくれ。
彼女が放つ光をろうそくにして、
私は礼拝堂を照らす、夜よりも暗い私だけの礼拝堂を。
昇るなと太陽に告げておくれ、
姿を見せるなと月に告げておくれ。
彼女の眉は、クルアーンに書かれたカーフの文字のよう。
彼女の胸は、中国渡りの麝香のよう。
香は要らない、彼女の髪で十分だから。
ばら水は要らない、竜涎香だって要らない。
編まれた髪には彼女の匂い、それは私の首にかけられた縄になる。
彼女の髪の香気が、私の生命と混じり合ってひとつになる。
彼女の上唇は、氷砂糖のよう。
砂糖は要らない、甘いものはそれで十分だから。
何で他に砂糖を欲しがるものか。
彼女の胸は花のよう。
果実のようなその胸に、私はそっと手を伸ばす。
ひりひりしていた私の喉が、そうしてやっと渇きを鎮める。
彼女の胸に触れた手に、移り香が残る。
ざくろは要らない、甘い果実なら十分にあるから。
陽気で可愛いこのガゼルを、野に放つことなど私にはできない。
賢くて、かわいいことを沢山しゃべる、気の合う話し相手を。
彼女を胸に抱きしめて、甘い眠りに降伏しよう。
彼女を起こそうだなんて、思ってもいけない。
最愛のひとが安らかなときだけ、私の心も安らげる。
私は全てを記憶し続けるだろう、死を免れないにしても。
私たちの物語は、永遠を持ちこたえるだろう。
物語の最後に、マーズーンはこう書こう、
「私は日夜祈ります、
全ての魂が、最も愛する者と共にありますように、
全ての心が、最も愛する者と共にありますように」
「そこにあっただけのこと」
好んで悲しみを背負おうと思ったわけではない、
ただそこに悲しみがあっただけのこと、
悲しみの宿もあったというだけのこと。
好んで杯に杯を重ねようと思ったわけではない、
ただそこに酒があっただけのこと、
酒を飲ませる宿もあったというだけのこと。
誰かが古い歌を歌う、
「愛の宿をこしらえて、二人は共に焼け焦げる」
無慈悲な赤い薔薇と、
薔薇に恋い焦がれて泣くナイチンゲール。
ただそこにろうそくがあっただけのこと、
そしてこの蛾もいたというだけのこと。
片方の痛みは重過ぎる、もう片方は軽過ぎる。
片方の心は悩み、もう片方はほほえむ。
マジュヌーンはただ愛に溺れ、
ライラはただ羞恥に溺れ、
ただそこに山があり、
頂上を目指す気狂いがおり、
美しいひと、その潤んだ瞳は命すら奪いかねない
その舌は砂糖のよう、唇は菓子職人のよう。
恋に苦しむ少年がいて、愛されかしずかれる少女がいて、
横暴な父と無慈悲な母もまたそこに居合わせた、というだけのこと。
からかいの仕草に信頼を破られ、
はにかみの矢に射抜かれて魂は揺さぶられる。
昨晩、それはマーズーンが選ばれて的になったというのではない、
ただそこに矢があったというだけのこと、
ただそこに的があったというだけのこと。
「愛の宗教」
私は砂漠を彷徨うことを選んだ あなたゆえに
一族より切り離され 部族の庇護を捨てて
その花は私が咲かせた 私の涙を注いで
運命よ! 私を私の花から切り離し給うな
王が貧しき者を欲したところで何の不都合もないが
貧しき者が王を欲したところで何の手だてもありはしない
私の望みはあまりにも高く、私の運はあまりにも拙く
もはやこの病いを癒すものは死以外にはないと見える
陰鬱な禁欲主義の修行者などに一体何が理解できようか
彼らは 信仰と宗教についてとかく議論をしたがるが
恋人たちの宗教は 最愛のかのひとのみ
私は私の道を行く、誰の足跡をも追わぬ
甘い微笑みよ、私の愛は無駄ではなかった
私は愛に理屈など求めなかった
かのひとは私を引き寄せる、
私を引き寄せる、編んだその髪を投げ縄に
どうして抗えようか、竜涎香の漂うその髪に
恋人よ、すらりと気高く美しいひと
欲するならばマーズーンは魂すらも捧げよう
恋を語ってやまぬ私の舌こそは 私の身の不運
その時は恋人の行く手に 私は私の亡き骸を葬ろう