I-VIII. ダヴィデとソロモン

『聖地の民間伝承:ムスリム、クリスチャン、ユダヤ』
著 J. E. ハナウアー

 

I-VIII. ダヴィデとソロモン

数多く伝えられている中でも、最もすぐれたものを以下に記す。

ダーウード(彼の上に平安あれ)は並はずれて信仰心のあつい王だった。自分はアッラーに対する義務を果たせているか、隣人に対する義務を果たせているかと、常に気にかけていた。そこで彼は、自分の時間を三つに分けて、第一の日はアッラーを讃え、啓示の書を学ぶのに費やし、第二は王国のために、そして第三は家族のため、糧のために働いた。家族を養うために自らの手を動かすようになったのには、以下のような成り行きがあった。

最初に王座に就いたとき、民が彼の統治に満足しているのかどうか、彼は気になって仕方がなかった。廷臣たちの賞賛など、何の役にも立たないと知っていた彼は、自らの目と耳で確かめることにした。そこで彼は市井の人々のひとりに身をやつして、王の統治について彼らがどう思っているのかを聞いてまわった。そうやって聞いてまわった人々の中に、天使が一人、これも人間の姿に身をやつして紛れ込んでいた。そして「王は自ら日々の糧のために働いていない」「その代わりに公庫の財を費やしている」「これが彼の宮廷の最も重い誤りだ」と言った。これを聞いたダーウードは大いに悩み、彼と彼の家族が民の負担にならずに済むよう、糧を得るための何かしらのすべを授けてくれるようにとアッラーに乞い願った。これが聞き届けられてガブリエルが遣わされ、王に鎖かたびらを作る技法を伝授した。その時から、暇さえあれば王はいつでも、武器を納めた兵舎でせっせと手を動かすようになった。

どんな武器によるどんな攻撃でも防いでくれるというので、彼の手製の鎖かたびらには注文が殺到した。全身をおおう鎖かたびらは、平時でも六千ディナールで売れた。王はこれを一日に一着、完成させた。代金の三分の一は彼の家族を養うために、もう三分の一は喜捨に、そして残りの三分の一は神殿を建てるための建材を購うのに充てられた。

スレイマーンも、手に職を持っていた。まるで菓子屋やパン屋が生地をこねるように、彼は石をこねて様々な形に整えるすべを心得ていた。不思議なくらいねじられた、まるで縄をねじったかのような大理石の円柱がイェルサレムの岩のドームにもいくつか残っているが、あれも彼の手仕事のひとつに数えられている。

ダーウードが、ヘブロンにある族長たちの墓所への巡礼を果たした時のことである。イェルサレムへ帰ってくると、彼は礼拝をささげ、それから自分もあの族長たちのように、アッラーに愛される者にしてくれるようにと祈った。その上、もしも族長たちのように数々の誘惑にさらされたとしても、自分は決して負けはしないし、むしろ誘惑を克服して報奨が頂けるなら、そうした恩恵にあやかりたいものだとさえ願った。ダーウードの、この祈りに対してアッラーは、「ならばおまえの祈りをかなえてやろう」とお答えになった。しかしアダムの子孫である人間たちは、時代を下るごとにますます堕落している。族長たちが耐えたような試練には、甘やかされた今の族長にはとても耐えられないだろうと、お優しい主はダーウードにもうひとつ、族長たちにさえ与えなかった恩寵をお与えになった。誘惑の試練がいつ訪れるのか、その日付も時刻もあらかじめ教えておこうと仰ったのである。こうして敬虔なる王は、誘惑の試練が訪れる日を心待ちに待って過ごした。

いよいよその日になると、ダーウードは自信満々で、今もなお「ダーウードの望楼」と呼ばれている塔の中に閉じこもり、他の者たちには決して自分の邪魔をしないよう命じておいた。それから彼は書物を読んだり、瞑想をしたりして過ごした。するとそこへ、これもまた今も昔も変わらないことだが、野を飛ぶハトの群れがやって来て、王の塔の周りを飛び交いはじめた。羽ばたきの音が聞こえるとまもなく、王は瞑想から立ち戻り、ふと窓の外に目をやった。すると窓枠のすぐ外に、とてもすばらしいハトがいた。まるで金や銀細工のような羽に、何種類もの宝石を散りばめでもしたかのように七色に光り輝いている。王は床にパンくずをまき散らしてみた。するとハトは窓の外から中へと舞い込んできて、彼の足元でパンくずをついばみ始めたが、しかしどうやってみてもうまく捕えることはできない。すっかりパンくずを食べ終えると、ハトは再び窓枠の、枠木の一本にとまった。ダーウードは最後にもう一度、このハトを捕えようとしたが、これもするりとかわされて、とうとう飛んでいってしまった。そしてその時である。ハトを見送る王の目に一人の婦人が映った。のちにダーウードは、ウリヤの妻であったこの婦人をめぐり、大いなる罪を犯すことになる。

それからしばらくが過ぎた頃のこと。地に落ちたこの王を叱責するよう命じられた二人の天使が、人間の姿をして地上に遣わされた。ダーウードの塔の門前にやって来た彼らを、番兵たちは即座に追い払った。ところが彼らはまったくおかまい無しで、いとも簡単に塔の壁をよじのぼり、王の部屋に入ってしまった。これを見た番兵たちはいたく驚いたが、もちろんダーウードも、何の前触れもなしにやってきて居座ろうとしている彼らにたいそう驚き、いったい何者で、何用あってここへ来たのかと尋ねた。すると彼らは「たとえ話を聞かせに来たのだ」と言い、「一匹の仔羊の話」1を語り、ダーウードの犯した重大な不正を非難した。

王は雷に打たれたようにその場に立ちつくしていた。命じられた通りの使いをなし終えると、二人の天使は飛び去っていった。後に残された王は、自ら望んで誘惑の試練を下されたというのに、抵抗しきれなかったことを悔やみに悔やんで、昼も夜も後悔の涙を流して祈り続けた。山も丘も、木も石も、野を駆ける生きものから空を飛ぶ生きものまで、いつでもアッラーを讃える王の歌声に合わせて一緒に歌っていたものたちも、揃って王の嘆きに合わせ、一緒に嘆くようになった。今や世界じゅうが一緒になって泣いており、ダーウードの流した涙だけでも、ビルカト・スルタン2とビルカト・ハンマーム・エル=バトラク3の両方を満たすほどのおびただしさであった。

この罪びとの悔悟する様子を見て、アッラーもついには一人の預言者を差し向け、アッラーに対する罪については許された、と伝えさせることにした。ただし自分の同胞に対しする罪については別で、彼が傷つけた人自身から許しを得なくてはならない。それを聞いて、王はすぐさまウリヤの墓へと巡礼に出かけ、その墓前で自らの罪を告白した。すると墓石から声が聞こえてきた。「なつかしきわが主人、わが王よ。あなたの犯した罪あればこそ、私は楽園に住まいを得ました。とうの昔にあなたのことを、心の底から許しておりますよ」。「そうは言っても、ウリヤよ」、ダーウードは言った。「おまえの妻を横取りしたくて、私はおまえを死に追いやったのだ」。するとこれにはさすがに返答がなかった。ダーウードは絶望したが、ウリヤが許してくれるようアッラーに祈ると、しばらくして墓石から再び越えが聞こえた。「王よ、あなたを許しましょう。何故なら地上の妻ひとりを失った代わりに、アッラーは天上の妻を千人、私に与えて下さいましたから」。

 

世間では、しばしば誤って「オマルのモスク」と呼ばれることもある岩のドームの、南側の壁の右手の方、扉のすぐ外に、大理石でできた小さな飾り板が嵌め込まれている。同じ筋目の模様をしているところからも、ひとつの原石から切り出されたものであるのが伺える。飾り板は隣り合わせに並べて嵌め込まれており、まるで花瓶の両側に二羽の鳥がとまっているのを描いたかのように見える。この天然の絵画は、これよりも暗めの色した大理石の枠で縁取られている。これについては、以下の言い伝えが語られている。

ある日のこと、偉大なるスレイマン・イル=ハキームが、自分の宮殿の窓際に腰掛けていると、屋根の上から二羽の鳩がむつまじく語り合っているのが聞こえた。雄のハトが雌のハトに大見得を切っている。「スレイマーン王が何だって言うんだい。あいつが建てた神殿や宮殿が何だって言うんだい。大したことないさ、あんなもの。やろうと思えば今すぐにでも、一発で粉々に蹴散らせてしまえるさ!」。

これを聞いてスレイマーンは窓から身を乗り出し、大ぼら吹きの雄ハトに声をかけた。「よくもまあ、そのような大嘘をつけたものだ!」。するとすっかり縮み上がった雄ハトはこう返答した。「陛下、お許し下さい。かわいい娘っ子と話をしてたところだったのです。そういう時には自慢ばなしをせずにはいられないものだってこと、あなた様ならよくご存知でしょう」。これを聞いた君主は大笑いした。「よしよし。行くがいい、この悪党め。だが二度と無益なほら話はしないように」。雄ハトは恩情に感謝して深く敬礼すると、先に飛び立ってしまった雌ハトの後をあわてて追いかけていった。

その後で、雌ハトが雄ハトに「王さまと何のお話をしていたの?」と尋ねた。「ああ、大したことじゃない」、雄ハトは答えた。「言っただろう、『あいつの神殿や宮殿なんてあっという間に蹴散らせてしまえる』って。それを聞いたスレイマーンのやつ、すっかり震え上がって『どうかそんなことはしないで下さい』とおれに頭を下げてきたのさ」。これを聞いてスレイマーンは激怒し、二羽のハトを石に変えてしまった。そして男たちには「自慢話をするな」、また女たちには「自慢話をさせるな」という戒めとしたのだった。4

スレイマーンは、植物の言葉もよく知っていた。新たな植物に出くわすたびに、その名前や用途、またどの土を使い、何を肥料とすれば最もよく育つのか、どのような特質があるのかなどを尋ね、そして植物もまた、そうしたスレイマーンの問いにきちんと答えた。

ある日スレイマーンは、神殿の中庭に見知らぬ新たな植物が若い芽を出しているのを見つけた。彼はすぐさま、名を尋ねた。「イル=ハッルーブと申します」、植物は答えた。イル=ハッルーブとは「破壊者」を意味する。穏やかではないぞと思いつつ、「して、おまえは何の役に立つ?」と王が尋ねると、「あなた様の成し遂げたことを、一つ残らず破壊するのに役立ちます」と言う。これを聞いてスレイマーンは悲しみのあまり叫んだ。「何だって!地上のものはすべて滅び去るとはいうものの、アッラーは私が死んでもいないうちから、私が地上で成し遂げた諸々を破壊するための準備をなさっておられるのか」。

そこで彼は、たとえいつ自分の死が訪れようとも、すべての人間たちがそれを知るまではジャーン(妖魔)たちに知られることがないようにと祈った。彼はそう祈ったのには理由があった。もしも自分の死について、人間たちが知る前にジャーンたちに知れ渡りでもすれば、彼らはいたずら心を起こして人間たちに悪さを働き、取り返しのつかない不義を教えかねないと考えたのである。

祈りを捧げ終えると王は、ハッルーブの根を掘り起こし、彼の庭の片隅に植えた。これが災厄をもたらす植物だというのなら、それが何であれ防いでやろう、そのためにも自分の近くに置いて見届けてやろうと、彼は毎日のように、それが大きく頑丈な苗木に育つまで見守り続けた。そして十分に育ったとき、それを切って一本の杖を作らせた。その日から、王に仕える悪しき妖魔どもが、命令に従いせっせと働いているか、逆らって人間たちに悪事を働いたり、妖魔に特有の魔法を使ったりしていないかを見回る際には、常にこの杖を携えるようになった。

さて、これよりもずっと以前の出来事になるが、シバの女王ビルキースがスレイマーンに難題を突きつけたことがある。それは真珠の糸穴に絹の糸を通してほしいというものだったが、その糸穴はまっすぐに穿たれたものではなく、まるで体をよじる蛇のようにくねくねと波うっていた。それはまさしく難題であったが、にも関わらず成し遂げられた。王は白い小さな虫に命じて絹糸の先端をくわえさせた。虫は絹糸を噛んで真珠の片側に開いた穴からもぐりこみ、反対側の穴から出てきた。取るに足らない小ささのこの生きものが見事な働きをしたというので、王は褒美として、虫が望むものを与えた。すなわち、虫がこれと欲したものなら、果実でも草木でも、何でもその中に住み、好きなだけ食べてよいという許しを得たのである。

スレイマーンも知らなかったことだが、ある時期からその虫、まだ若木だったハッルーブの樹皮の下を住まいとして暮らしていた。その後ハッルーブが杖になった頃にはハッルーブの幹の、まさしく中心にまでもぐり込んでいた。やがて王の命数が尽き、アズラエルがその魂を連れにやって来たときも、ジャーンたちがそれを知ることはなかった。王は杖に寄りかかっていたため上体が倒れることもなく、生前と同じく、王座に腰かけているようにしか見えなかったのである。

その後四十年の間、ジャーンたちは王が死んだとも知らず、真面目に働き続けていた。だがついに、虫にすっかり食べ尽くされて空洞になった杖がまっぷたつに折れた。支えるものがなくなったスレイマーンの体は傾いて、王座から地上へと転がり落ちた。こうして悪しき妖魔どもは、ようやく自分を支配していたあの王が、実はとっくの昔に死んでいたのを知ったのであった。

今でも東方を旅行すれば、バアルベックの採石場はじめ、国のあちこちに未完のまま放置されている巨石を見ることができる。スレイマーン・イル=ハキームが死んだと知れた途端に、ジャーンたちがやりかけの仕事を放り出してしまい、それ以来そのままになっているのだと伝えられている。

 


原注1. サムエル記第二、12章1-6を参照。

原注2. 伝統的には、ギホンの泉として知られている。

原注3. 伝統的には、ヘゼキアの泉として知られている。

原注4. ラドヤード・キプリング氏 “Just So Stories” (邦題『その通り物語』)収録の、「ソロモン王と蝶の話」。