『精神的マスナヴィー』1巻
ジャラールッディーン・ムハンマド・ルーミー
ソロモン王とヤツガシラ
砂漠を進軍するソロモン王の従者達が天幕を建て終えると
鳥達は舞い降りて王にお辞儀をした
それから、口々に王を誉め讃えた
鳥達は、王が彼らの言葉を解することを承知していたし
王もまた彼ら一羽一羽と親しく言葉を交わした
それで鳥達は、われもわれもと争って王の傍へと急いだ
一たび天幕の中へと踏み入れば
どの鳥もぴたりとさえずることをやめた
そして無言の会話をソロモン王と交わした
むしろ無言である方が
自身の兄弟とのそれよりもずっと深い絆を結べるから
言葉を同じくすれば
互いに親しみをわかせて一体感を強くする
言葉を異にすれば
互いを不信の檻に閉じ込める
言葉が、囚人を繋ぐ鎖となる - だが、ああ!
ご覧、ヒンドゥとトゥルクの人々を
実際には、彼らの大多数が言葉を同じくする兄弟だ
そして一方 - ご覧、このトゥルクの人々を
分かち合うのは民族の名のみ
実際には異邦人同士に過ぎぬ
舌の語る言葉による理解や
舌の語る言葉による意思の疎通など
真の理解とは全く別ものと心得ねばならぬ
言葉を同じくひとつにするよりも
心をこそ同じくひとつにすることにこそ
より高い価値があると心得ねばならぬ
話し言葉も、書き言葉も、共通する仕草や習慣も奪われて
それで初めて心の奥底から何千、何万もの
真の通訳者が起ち現れるのだ
- さて鳥達は、一羽一羽がそれぞれに秘密の
とっておきの技や知識を隠し持っていた
一羽づつ、順々にソロモン王の前に出ては
次々に披露してみせた
王の歓心を得ようと鳥達はそれぞれ自らを誇示したが
それは自惚れのためでもなければ自慢するためでもなく
ただ王の親愛を勝ち得たいという一心からだった
捕虜がその境遇から脱しようと欲するなら
自らの才能の価値を君主に示さねば
奴隷として買い上げられることすらままならぬ
だが君主に買い上げられることに嫌気を感じれば
彼は何とかして捕虜のままでいようとするだろう
病を偽り、聞こえぬふりもし、歩けぬふりまでするだろう -
やがてヤツガシラの順番がまわってきた
彼は彼の技、彼の知識を王に披露した
「王様」、彼は言った -
私にはたった一つの才しかありません
それもかなりお粗末なものです
ですので、手短かにお話させてもらいます
悪しからずご承知下さいな
「構わぬ」、ソロモン王は言った -
好きなように話せ
おまえの才について聞かせてみよ
私が、高いたかあいてっぺんを飛んでいた時のことです
私はてっぺんからじっと見下ろしました
うんと注意深く見下ろしました
そしたら深い大地の底に
水が湧き出ているのが見えたんです
うんと注意深く見てましたから
水の場所もその深さも良く知ってます
水がどんな色をしているか
どこから湧き出てどこへ流れて行くのか
どの土を渡って、どの岩を伝うのかも
そんなわけですから、ソロモン様、王様
どうか私めをおそばに置いて下さい
王様の軍勢が天幕を建てる場所を決めるのに
このヤツガシラめのたったひとつの賢さを
どうかどうかお役立て下さい
- そこでソロモン王は言った
善きものよ、我が軍に加われ
水の乏しい砂漠では
おまえの才ほどに価値のあるものは無い
これを聞いたカラスは嫉妬に胸を焦がし
ソロモン王の前へ進みこう言った -
「ヤツガシラは嘘をついています、悪いやつです」
こんなやつが王様の前で話をするだなんて
とんでもないことです
とりわけ、嘘をついたり
いんちきな自慢話をするだなんて
本当にたちが悪いことだ
もしもこいつが本当に注意深く物事を見ているのなら
大地に仕掛けられたちょっとした罠だって
見逃すはずがないじゃありませんか
罠に引っかかるはずがないじゃありませんか
否応なしに鳥かごに
閉じ込められたりするはずがないじゃありませんか
「ふうむ」、これを聞いてソロモン王は言った -
ヤツガシラよ、これはどういう訳だ
最初から、私に一杯喰わせようと謀っていたのか
ほんの一口、酸いアイランを啜っただけでは酔うはずもない
喋り出した途端に高く舞い上がって自慢したくなり
私に嘘をついた、ということか
「ああ、王様、王様」、ヤツガシラは答えた -
どうか私を貶めようとする敵の言葉に惑わされないで下さい
私など、ご覧の通り何ひとつ持たぬ物乞いの身
私が本当に嘘つきなら
私の首など喜んであなた様に差し上げましょう
どうぞちょん切ってしまって下さい
何なりとお好きなようになすって下さい
そりゃあカラスは多くの知恵を持ってます
私などとは違い百も千も学問を修めてます
けれどそいつは神様に背くために学問したのです
神様の定めた運命を信じないكاف(カーフィル:不信の者)なのです
最初のكの一文字だけだとそいつは言い張るでしょう
けれどたった一文字でも隠し持ってりゃ
全身が股ぐらを覆う下履きみたいなものです
嫌な臭いをぷんぷんさせて、ところ構わず欲情して
空のてっぺんのそのまたてっぺんからだって
全部の罠を見通すことぐらい私にだって出来ますよ
運命が私の視界を遮りさえしなければね
神様のお決めになった運命に出逢ってしまえば
知恵も学問も文字通りぐっすり眠りこけてしまいます
お月様は真っ黒になるし
お天道様だって光ることをやめてしまいます
運命には『なぜ』も『どうして』もありません
不思議なことなんか何ひとつありませんさ
だって運命ってそういうものなんですから
誰かさんが運命を否定したところで
それもまた不思議なことでも何でもありませんさ -
信じない者が信じない者であること自体
それもまた運命が定めた通りなんですから!