第11話

『スーフィーの寓話』
メヴラーナ ジャラールッディーン・ルーミー

「凍った蛇」

 

蛇使いが一人、自らの呪文の力で蛇を捕えようと、山の中へと分け入った。

- 遅かれ早かれ、探求者は発見者となる。常に両手を用いて、探求に専念することこそ肝要である。何故なら探求そのものが、道における最良の導きとなるからだ。

たとえ足を引き摺っていようが、腰が曲がっていようが、這ってでも神のお傍を目指せ。神の探求にあっては、行儀など誰が構うものか、何の遠慮がいるものか。ある時は言葉によって、ある時は沈黙によって、またある時は漂う香りを嗅ぎわけることによって - 刻々と変化する王の芳香を捕えよ。

高貴なる者よ、部分に始まり全体へと通じる芳香を捕えよ。

賢き者よ、正反対の極から極へと通じる芳香を捕えよ。

- 戦う者が、いずれ安寧を手に入れるのは必定である。蛇使いは蛇を手に入れ、蛇と友になろうと考えていた。蛇を探してこれを世話し、飼い慣らそうと考えていた。しかし相手となる蛇には、蛇使いの世話は無用の長物であるし、もちろん世話をしたところで、世話を返すものでもない。2

蛇使いは山の奥深くまでやってきた。雪の降り積もる寒い冬の日に、大きな、大きな蛇はいないかと探して回ったのだった。彼はそこで、巨大な蛇が死んでいるのを見つけた。心臓が恐怖のあまり縮むかと思われるほどの大蛇である。これでひとつ、蛇使いはこの大蛇の死体を持ち帰ることにした。世間を、あっと驚かせてやろうと考えたのである - ああ、何という人の愚かしさか!

人とは山であるはずだ。3どうして山が、誘惑に動じるだろうか。どうして山が、蛇ごときに驚くだろうか。

だが悲しいことに、人は自分について知らなさ過ぎるほどに知らない。元来、人は高く創られている。低きへと落とされたのはその後のことだ。それなのに、人は自分を安い値で売り払う。光る絹であったものを、わざわざ要らぬ当て布をして、つぎはぎだらけの外套にしてしまう。山々も、山に住む数え切れぬほどの蛇達も、人を見ればひたすらに驚愕する。で、あるならば、どうして人が蛇に驚愕したり、魅入られたりなどということが起こるのだろうか。

蛇使いは大蛇を持ち帰った。そして興奮と驚愕をもたらそうと、バグダードの都へやって来た。取るにも足らない小銭を稼ごうと、柱ほどもある大蛇を運んで歩き回った。「大蛇の死体だよ、大蛇の死体だよ。凄まじい戦いの末に、死の物狂いで仕留めた大蛇だ」。彼は大蛇が死んでいるものと決めてかかっていた。しかし大蛇は生きていた。彼は大蛇を、よく調べてはいなかった。大蛇は、雪と霜により凍るように眠っていたのである。一見すると死者のようではあった、だがそれも外見だけのこと。大蛇は確かに生きていた。

- 世界は凍りついている。その状態は『ジャマード』と呼ばれる。動くものの無い、生なき世界である。『ジャマード』の語源『ジャミード』は、「凍る」の意である。世界がその体を動かすのを見たければ、復活の太陽が昇るのを待つ他はない。

 

すっかり興行師気取りとなった蛇使いの男が、ようやくバグダードに辿りついた。多くの人が集まる場所に、見世物小屋を仕掛ようと目論んだ。ティグリスの岸辺で男の見世物が始まると、都は大騒ぎになった - 「蛇使いが、蛇を連れてやって来たぞ。世にも珍しい、ものすごい蛇だそうだ」。馬鹿というのはいつでも、どこでも大勢いるもので、蛇使いの見世物にも、ひっかかった無数の馬鹿が次から次へと詰めかけた。

彼らは大蛇が現れるのを、今か今かと待っていた。蛇使いは蛇使いで、客が集まるのを待っていた。集まった群衆が多ければ多いほど、見世物の価値は高くなる - より多くの金も集まる。待っている間にも、暇を持て余したおしゃべり好きな馬鹿達が、背中も腹も無くひとつの輪4になっていた。今日ばかりは、男達も女達の方を見向きもしない。まるで復活の日のように、貴族だろうが平民だろうがお構いなしに混ぜこぜになっている。

蛇使いの男が出てきて、大蛇を覆う布をそろりそろりと持ち上げ始めた。人々は一斉に首を伸ばした。最初に彼らが見たものは、百枚あろうかと思われるほど大仰に重ねられた毛布や敷物。そしてその中に大蛇が - 厳しい寒さによって凍りついたように眠っている大蛇が、眼を閉じて横たわっている姿を見た。

蛇使いの男は、沢山の毛布や敷物で大蛇をくるみ、縄で縛って運んだのだった。蛇使いの意図とは別に、それは凍りついた大蛇を眠らせたままにしておくのには、たいそう具合が良かった。しかし見世物のために全ては取り除かれた。イラクに昇る太陽の日差しを受けて、大蛇のうろこがきらきらと光った。暑い国の太陽は大蛇を暖め、大蛇の体から冷気を抜き取った。

死んだように眠っていた大蛇は、今や生き生きと蘇った。驚愕の大蛇が、しゅるしゅると自らの体をうねらせた。死んでいるものとばかり思った大蛇が、体を動かしとぐろを巻くのを見て、人々の驚きは何倍にも膨れ上がった。人々は慌てて逃げ出した。大蛇に巻きつけてあった紐がみしり、みしりと音を立てるたびに、あちらこちらで悲鳴が上がる。紐はぷつぷつとちぎれ、下に滑り落ち - もはや大蛇というよりも、恐ろしい竜のようなその姿。ライオンのようにしゅるしゅると喉の奥で唸っている。

群衆の多くが、逃げまどう人の雪崩によって絶命した。あちらこちらに、百も二百もの死体が重なり合って山となった。蛇使いは恐怖のあまり身動きできなくなっていた。彼は悲鳴をあげた - 「山を越え砂漠を越え、これが私の連れて来たものなのか」。

眼の見えぬヒツジが眠るオオカミを揺り起こす。その時ヒツジは何を考えていただろうか。無意識のうちに、アズラーイールに会いに行こうとでも思ったのだろうか? - 大蛇は、茫然とする蛇使いを一口で丸呑みにした。ハッジャージュ5は造作も無く悠々と血を飲み干した。そして見世物小屋を支える柱にしゅるしゅると巻きつきながら、音を立てて蛇使いの骨を噛んだ。

 

教訓 - 蛇とは、人の身体に眠る現世的な魂である。さて、どうすればこれを殺すことが出来るだろうか?
殺すことは出来ない。死んでいるように見えても、それはただ眠っているに過ぎない。悲嘆の不足、財産 - それは手段である - の不足が、彼を凍らせているのである。

これがフィルアウン6のような境遇を得て、ナイルの河をも操れるほどの富を得たならば、これはたちまちフィルアウンのように振る舞い始める。そしてムーサー7とハールーン8にしたように、ありとあらゆるところに罠を張り巡らせて待ち伏せするだろう。

蛇の弱点は清貧である。清貧によって押しつぶせば、蛇は虫のごとく小さく縮まる。しかしブヨでさえ、力と富を得ればたちまちタカのように振る舞い始める。あらゆる欲望から蛇を隔て、雪の降り積もる山の中へ閉じ込めなくてはならない。よくよく用心すること。間違っても、イラクの太陽の下へ担ぎ出したりなどしてはならない。

 


*1 3巻976行目より。

*2 我らが詩人(メヴラーナ)が物語の最後で解説している通り、蛇とは私達の官能的自我(セルフ)の象徴であり、人類の最も手ごわい敵である。

*3 人類は神の姿に似せて創られたとされる。本質における高潔さ、力強さの点において、人と山は相通じている。

*4 体を密接し合わねばならないほどの、足の踏み場もない混雑ぶりを指す。

*5 西暦7世紀のウマイヤ朝に仕えた軍人の名。

*6 ファラオ(パロ)の意。

*7 第9話・註5を参照。(以降、当該用語については註を省略する)

*8 旧約聖書におけるアロン。コーランにおいても旧約聖書同様ムーサーの兄であり、また過去の預言者の一人とされる。