検索エンジンのおうさま・ビッグ・ブラザー・グーグルに、ディレクトリ検索というオプションがあります。「日本語>社会>宗教>イスラム教」のカテゴリに、このサイトはカテゴライズされ掲載されているようです。捨てるヤフーあれば拾うグーグルあり、ですね。*追記:Googleは2011年にディレクトリ検索を終了しました。dmoz.orgに残ってるみたいです。
ではイスラム教とは何なのか。私が理解していることを、ここで確認しておこうと思います。
イスラムとは、
(1) 神の意志に従い、神の意図のもとに生きること
(2) ムスリムと呼ばれる人々が信じる宗教(いくつかの信仰箇条と儀式を含む)
(3) 特定の地域に見られる文化的・民族的・歴史的風習
少しおおまか過ぎるかも知れませんが、とりあえず上記のような理解・解釈のされ方がある、ということを前提として、少しばかり説明を加えてみたいと思います。問題は、上記の理解・解釈が、実はそれぞれ全く違う意味合いを持つにも関わらず、混同されて「イスラム教」として括られてしまうことです。私を含め、ムスリムを自認する人々でさえそれらを混同していることもあります。
イスラムの聖典とされるコーランという書物は、「神の道を歩む人々」をムスリムと呼ぶ、と説明しています。「神の意志に従い、神の意図のもとに生きること」としてのイスラムは、聖典とされるコーランを基本とした「宗教」としてのイスラムが預言者ムハンマドにより確立される以前から存在しており、旧約聖書における預言者アブラハムやその他の預言者たちは、それを「神の道を歩む」と説明しました。「神の道を歩む」とは、「神の意図に従って生きる努力をす る」ということを意味します。
(ここでいう「神の道」自体には、複数あります)
これとは逆の生き方が、「悪魔の囁きに従うこと」と説明されます。それは「人の思考による産物や空想に従って生きること」であったり、「欲望や願望を神とすること」であったりします。
歴史上の人物として、ナポレオン・ボナパルトというコルシカ人がいます。名もない兵卒から、人生の一時期においては皇帝となった人物です。彼は多くの国を征服しましたが、最後には捕われの身となり、セント・ヘレナ島に幽閉されてその生涯を終えました。彼は回想録を残していますが、その中に次のような 一節があります:
「神の存在は疑いようもない。しかし全ての宗教は人間によるものだ」
ここで彼が指す「神」が「比類なき者(=唯一の者)」としての神であり、「世界の創造主」としての「神」であるならば、彼の信仰はムスリムの信仰であると言えるでしょう。彼は神のみを信じ、人間による宗教を信頼しなかったようです。アラビア半島という地域について、また、その地域で主流の宗教が「イスラム教」であることなどは、政治家として多少の知識はあったとしても、「イスラム教」という宗教について、あるいは「コーラン」について、あるいは「預言者ムハンマド」について、ナポレオンはそれほど知識を持っていたわけではありません。しかし神を信じ、人間による宗教を神とはしないこと(=偶像崇拝を避けること)、それこそがイスラムの基本であり、それ以外のことは全てそこから派生した二次的な事柄です。
ナポレオンの例に限らず、特別な知識の助けを借りることもなく、イスラムを独自に体得し、またそれをイスラムであるとは意識せずに実践する人々は、当然ながらこの世に沢山存在します。旧約聖書におけるアブラハム、コーランにおいてはイブラーヒームと呼ばれる預言者がそうであったのと同じことです。
ここで、上記に挙げたいくつかの理解・解釈を振り返ります。
3つの説明のうち、1番めに何か感じるところがあり、唯一の神を信じ、複数の神を信じず、神とは「世界の創造者」であると考え、神の意志のもとに正直に、誠実に人生を生きて行こう、と、こころの中で考えているひとがいれば、そのひと自身は宗教としてのイスラムに関して何の知識も持たず、あるいは上記に挙げた2、3番目の条件にも関連性を持たず、イスラム以外の名で呼ばれる宗教的集団や社会的集団に属していたとしても、コーランの説明に従う限りにおいては、そのひとの宗教は「イスラム教」であり、そのひとは「ムスリム」である、と言えるでしょう。
何故なら「イスラム教」であるかどうかを判断するにあたって、2、3番目の説明に該当するか否かは、決して絶対必要条件とはなり得ないからです。