“Mizan al-haqq”

キャーティプ・チェレビーという人の『真理の天秤』というのがarchive.orgにあがっていたのを読んでみたら、これが思いがけず相当おもしろかった。ので、いきおいで日本語にして公開しました→『真理の天秤』。これで全体のだいたい1/3くらい。

キャーティプ・チェレビーという人については、ほとんど良く知りませんでした(「でした」というか、今もほとんど良く知らない)。以前に某所でパンフレットか何かの翻訳を頼まれて、そこに「偉大な地理学者キャーティプ・チェレビー」、みたいな感じの紹介文があったようななかったような……くらいですかね。地理の他にも、いろいろやってる人なんですね。

キャーティプ・チェレビー [Katib Celebi] 1609-57
17世紀オスマン朝最高の百科全書的知識人、著述家。本名ムスタファ・イブン・アブドゥッラー。ハッジ・ハリーファという呼び名でも知られる。父はおそらく改宗者。イスタンブルに生れ、青年時代は軍隊の主計官として遠征にも参加したが、20代の終りに縁者の遺産を得てからは学問に専心した。現存しないものも含めると著作の総数は23点。その内容は天文学からクルアーン解釈学、イスラーム法学、歴史、地理、同時代の政治・社会に関する評論にまで及ぶ。ラテン語を解し、メルカトルの『アトラス・ミノール』など数種の文献をトルコ語に翻訳し、オスマン朝における科学思想の西洋化の先駆者とされる。主著には1万4500種の文献を網羅した文献解題提要『書籍と諸学の名称に関する諸見解の開示』、1591-1655年の年代記『要綱』、日本からアナトリアの東境に及ぶ地理書『世界鏡』などがある。
(『岩波イスラーム辞典』)

その23点の著作のうち『真理の天秤』は、英訳者のG.L.ルイスの解説によると著者の最後の作品だそうです。

評論?というかエッセイ?全部で21編+「おわりに」的な1編のどれもとてもおもしろい。「火中の栗を拾う」というか、まあ序言にもあるようにこれは議論のお作法ハンドブック、という目的もあって書かれているのでこういうふうになるという面もあるかと思いますが、それにしたって火中の栗しか拾わないのがポリシー、みたいなとこあります。それだけでは足りずに自分でも火中の栗を生成→他人に拾わせようとしたりとかしてます。「著者による序言」に出てくるんですけど、

数学の勉強にいそしんでいた頃、私の心に三つの質問が浮かんだ。これは法に関わる問題であると考えた私は、当時のシェイヒュル=イスラムであるバハーイー・エフェンディにフェトワを求めた。回答はなかった(略)質問は以下の通りである。

(1)西に太陽が昇ることと、天文学の規則との間に一致の見込みはあるか。
(2)六ヶ月の昼と六ヶ月の夜がある土地では、人はいかにして日に五回の礼拝と断食を行なえるか。
(3)四方向のいずれもがキブラである場所が、メッカの他に存在するか。

別にインターネットが発達してイスラムQ&Aみたいなサイトがぽこぽこできたものだから「南極で断食ってどうすればいいんですか」とか「宇宙飛行士はどうやって礼拝の方角を決めればいいんですか」とかやってる人が登場した、ってわけでもなくてやっぱり昔からいたんですねこういう人。

……誰もが自分のやり方を好む。他のどれよりも、自分たちのやり方の方を好むのである。しかしそうは言っても、中には知的な者もいる。これらの相違の隠れた目的について彼らは沈思黙考し、やがてそこに多くの利点が潜んでいたことを見いだす。そうなれば彼らは、他の誰かの信条や方法に干渉したり、攻撃したりすることもなくなる。自分の宗教に照らして、それが間違っているように思えるなら、自分がそれに手を染めなければ良い。彼らは黙って心の中で否認し、それで満足するだろう。それ以外の人々はたわ言をまき散らす馬鹿どもである。彼らは相違の隠れた目的を理解せず、すべての人間がひとつの信条と行動規範を共有するべきだという不合理な概念にしがみついている。宗教の問題についてのいわれなき論戦は禁じられているにも関わらず、干渉と攻撃の罠に落ちた者たちは、ものごとを荒立てずにはいられない。もちろん、何ごともなかったようにはならない。彼らは自分で自分の首を絞めているだけである。

さて、人間にとり必要不可欠である文明と社会の目的それ自体が、目の見える者に対して知識を得ること、様々な人間どうしの相違への理解を深めること、またあらゆる地域の国家や状態を知ることを要求している。都市の人々のあらゆる階層における習慣と流儀を知ったならばその後は、地上における居住可能な地域とその住民たちについて、また彼らの状態について概略を知る努力をするべきである。そののちに、文明の隠れた目的が徐々に明らかになるだろう。ある種の議論や論争に明け暮れる者たちが、蜘蛛の巣に捕えられた蠅と同じくらい弱く無力であることが、次第に知れるようになるだろう。

随時、他の章も追加したいです。それとすごうくどうでもいいのですが、何かそれっぽい画像を、と探していたらこんなのがあった。教科書(ですよねこれ)に出てくる昔のなんか偉いっぽい人にこういうらくがきをするのって、世界共通なんだなって思いました。