読んでもいない御本について

歴史学者のデニス・スペルバーグさんによる『トーマス・ジェファーソンのコーラン:イスラムが建国の父に与えた影響』という(ようなタイトルの)御本についての記事。
Thomas Jefferson’s Quran: How Islam Shaped the Founders

米国独立宣言の初稿執筆者であり「建国の父」の一人に数えられるトーマス・ジェファーソン(米合衆国第3代大統領)が、その独立宣言執筆の11年前にコーランを買い求めていたこと、以降も生涯に渡って中東の言語や文化、イスラム教に関する書籍や旅行記などを熱心に収集し続けていたことを踏まえて、彼のイスラム教に対する興味や造詣が、のちの独立宣言や彼の政治活動にどのような影響を及ぼしたかを検証する御本、なのだそう。

“Not Even Past”というサイトで、この御本について著者のデニスさんのインタビューが視聴できる。

デニスさんのご専門はイスラム史。この御本の主題は、でもイスラム史というか「アメリカ合衆国と宗教」で、合衆国は建国当時「キリスト教国」としてデザインされたわけではなく、むしろ多宗教国家がイメージされていたことや、当然イスラム教徒もまた将来的には合衆国の市民となるだろうことは1700年の建国当時から予測されていたのだ、というような構成とのこと。ホワイトハウスで最初にイフタールを開催したのはジェファーソンさんで、招待客はチュニジアからの使節のひとだった、とか、そういう「ちょっと面白い話」なんかも。


トーマス・ジェファーソンが所有していたコーランについては、2007年にミネソタ州代表の連邦議員に選出されたキース・エリソンさんが就任式の際にこれを用いて宣誓したことでスポットライトが当たった:米国初のイスラム教徒下院議員、コーランで宣誓

そういうものがある、ということがそれまで全く知られていなかったというわけでもない。とは言うものの、例えばネイション・オブ・イスラム(後述)であるとか(キースさん自身、ネイション・オブ・イスラムとはつながりの深い人物)、在米のイスラム教徒たちの間ではわりかし引き合いに出されることはあったとしても、「どうだ、イスラムはすごいだろう」的なごじまんのねた程度のものであって、その前後関係であるとか、アメリカの歴史における意味合いといった点にまでは、あんまり考えられてはこなかったように思う。キースさんの宣誓の際の話題も、集まった注目の半分以上は「初のイスラム教徒の連邦議員が!」「聖書じゃなくコーランで宣誓!」の方であって、合衆国第3代大統領がコーランを持っていた、の方についてはスルーされてるぽいかった。


デニスさんの御本は読んだことがないけれど、お名前だけは知っている。

何年か前、ある女性の小説家がムハンマドとアーイシャをテーマに長編小説を書いた。それを出版予定だったランダムハウスが、やはりアーイシャを中心にイスラム初期を描写した御本を既に出版していたデニスさんとこに持ち込んで推薦文をお願いしたところ、デニスさんはがっつり歴史考証を加えて「ここ間違ってる」「ここ間違ってる」と駄目出しをした上で「下らない」「ばかばかしい」「神聖視されている歴史上の人物をソフトコアポルノ(これも後述)に書き換えるようなお遊びはするべきではない」「国家の安全保障を考えろ」と断った、っていう:Prophet Muhammad novel scrapped

2008年の出来事ですね。デニスさんの発言が「センサーシップだ!」って批判されたりしていた。

多分アメリカが中心だと思うんだけど、「ヤング・アダルト」という文芸ジャンルがある。日本で言うところの「ラノベ」とかそういう感じの。2001年9月11日以降、この「ヤング・アダルト」のジャンルに中東ものがものすごく増えた。それ以前からも、例えばディズニーのプリンセス・シリーズのようにコケイジャンではない主人公が活躍する物語を増やしていこうみたいなのはあったけど、2001年9月11日以降はそれが特に顕著になった感があった。

そうなればなったで、日本で言うところの「塩野七生問題」「司馬遼問題」みたいのも起きてくる。そういう感じ。結局、件の小説はランダムハウスではなく別の出版社から出版された。でも小説そのものは、その後あまり話題にもならなかった。ように、記憶している。


「ネイション・オブ・イスラム」について。
彼らについては色々と言うひとは言うけれど、まあ世の中には色々なひとたちがいるんだよ、と思う。とは言っても自分も以前は「ちょっとどうなの」と思ってたこともあったことは告白しておかなくては。

私がイスラムのお勉強(ごっこ)を始めたばかりの頃、今はもう天国の住人となってしまった義理パパが御本を一冊くれた。モハメド・アリの直筆サイン入り(!)の、ネイション・オブ・イスラムで発行しているイスラム解説書。当時の私はネイション・オブ・イスラムにあんまり良い印象を持っておらず、それで義理パパに「ネイションってどうなの」的なことを言った。そしたら義理パパに「きみはルイス・ファラカーンがどれくらいコミュニティに貢献したかを知った上でそういう意見を述べているのかね」と諭された。かなり恥ずかしかった。

先日、アントニオ猪木がイスラム教徒になった、というのが局所的に話題になっていた。最初に彼に宣教をしたのはモハメド・アリだったという話も聞いた。10年~15年くらい前まで、ネイション・オブ・イスラムは異人種婚には否定的な態度だったし、非黒人に宣教するということもしなかった。変化って起きるんだなあと思った。ネイション・オブ・イスラムに限らずどんな集団でも腐るときは腐るし、同時にどんな集団にもイノベーターはいる。

「ソフトコアポルノ」
ついでに告白すると、日ムス協会で取り扱ってる『預言者の妻たち』ってのがありますね。あれ、わたしすんごい苦手なんですよ。まさにソフトコアポルノという感想しかない。

別のところに書いたのを、こちらに保存しました。