トライプのスープ


ルーミー語録〈イスラーム古典叢書〉 (岩波オンデマンドブックス)

本当のことだ、わしは詩など少しも好きではない。いや、本心を言えば、詩ほどいやなものはないのだ。ちょうどそれは動物の臓腑を料理して手を突っ込み、どろどろにかきまぜる人のようなもの。ただお客の食欲のためにそんなことまでするのだ。お客の食欲が臓腑に向っている以上、どうしてもやらざるを得ないのである。

“Sufi Cuisine”の、「メヴラーナの作品において言及があり、かつ現代においてもコンヤで作られている料理」で紹介されているスープのひとつ、トライプのスープを作ってみました。

トライプのスープ
トライプのスープは今でもコンヤで作られる料理です。特にクルバン・バイラム(犠牲祭)の時期など、犠牲を捧げたどのご家庭でもこの料理を作ります。現代では仕上げにカイエンヌ・ペッパーを散らし、レモンと一緒にいただきます。

[4人分]
きれいに洗った下処理済みのトライプ 250g、またはこんもりと1カップ
水 1リットル、または4と1/2カップ

澄ましバター、またはバター 大さじ2杯
小麦粉 大さじ2杯

*ソースの材料
ワイン酢 100ml、または1/2カップ
にんにく 6かけ

飾り用の澄ましバター 大さじ1杯
クミン、ミントまたはシナモン 小さじ1/2杯

[作り方]
鍋にトライプを入れて水を注ぎ、火にかける。沸騰したら表面に浮いたアクを取り、ふたをして約2時間(圧力鍋なら1時間)、やわらかくなるまでゆでる。塩を加えて5分ほど経ったら火から下ろしてボウルに移す。煮汁が減っていれば水を足し、全体で1リットルになるよう調節する。トライプは細かく刻む。

鍋にバターを溶かす。小麦粉を加えて休みなくかき混ぜる。小麦粉がほんの少し色づくまで火を通す。絶対に焦がし過ぎないこと。トライプの煮汁を全量、いっぺんに加える。沸騰しはじめたら刻んだトライプを鍋に加える。火を弱めて更に5分ほど煮る。
ボウルに酢を入れる。塩と一緒につぶしたにんにくを入れて混ぜ、鍋に加える。必要なら塩を足して味を整える。5分ほど煮たら、スープ・チュリーンに注ぐ。

鍋でバターを溶かし、スープの上にまわしかける。クミン少々とミントまたはシナモンを振りかけ、タンドールで焼いたパンと一緒に供する。

最後の一文でぐっとハードルが高められました。タンドールで焼いたパンって。それはちょっと待って。

今回も材料調達はなみかた羊肉店です。NASCOでも調達できたみたい。こちらはラムではなくてマトン。

トライプ、トリッパというと牛の胃(だけ)を指すのかと思っていたのですが、どうもそうでもないようです。下ゆで済みのものを買えば掃除もしてありらくちん。とは言え沸騰してから10分くらいで一度ゆでこぼし、裏返してもろもろした脂肪の筋だとか、膜っぽいところだとかを取りのぞくくらいはしました。必要なかったかもしれませんが経験上、この程度はしておいた方がいいような気が何となくしたので。

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いわゆるハチノスっぽい感じの部分もあったり。水を替えて、ここから本気でゆではじめます。

今回も可能な限りレシピに忠実にやろうと努力はしました。しましたが、まず材料の羊の胃が450gほどありました。仕方がないのでいっぺんにゆで、残りは冷蔵庫にストックすることに。ゆでているうちにやはり独特の匂いが台所に漂いはじめました。悪臭ではないけれど、羊でありかつ臓腑である、としかいいようのない匂い。このゆで汁をストックとして使い回せるのだろうか……。ちょっと不安になってきますが、努めてあまり気にしないようにします。きっと時間が解決してくれるはず。

2時間、ひょっとすると3時間近くゆでたかもしれません。すこしだけ冷めるのを待って、ゆだった真っ白な胃を細かく刻み、鍋にバターと小麦粉を入れてへらでかきまぜる。(ところで”Sufi Cuisine”には「特に説明のない限り、へら、レードル、まな板の類はすべて木製のものを使用してください」とあります。)バターは澄まさずそのまま使ってしまいました。そして酢。今回はワイン酢を買ってきてみました。使うのは初めてなので、どのくらい酸味があるのか少しなめてみたところこれ相当すっぱい。本当に100mlも使っちゃっていいのだろうか。メーカーによっても色々あるのだろうし、と勝手に解釈して少しづつ加減しながら足しました。結果、100mlも入れずともかなり酸味のあるスープに。

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ついついクセでパセリを入れてしまう。ネギを散らすみたいに何にでも散らす。あ。これおいしいです。仕上げにレモン、とレシピにはありましたがこれ以上酸っぱくする必要はないかと。トライプもそのストックも全く匂わない。時間もそうですが、主に酢とにんにくが解決してくれたのだろうと思われます。

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トライプもいい感じにやわらかくなりました。次に作るときは、小麦粉を少し多めにしてもうちょっととろみをつけてあげた方がわたしは好きかもしれない。そして溶かしバター!もっと熱くして、焦げる寸前くらいのをまわしかけてあげるのが香ばしくていいかもしれません。

本書で紹介しているスープの他にも、メヴラーナはその著作においてキャベツのスープやレバーのスープなどを取り上げています。キャベツのスープは今でもカラデニズ地方で作られていますし、レバーのスープはイスタンブルの名物料理ですが、どちらも現代のコンヤではほとんど食べられることもありません。レバーのスープはアリ・エシュレフ・デデのレシピ集に収録があり、本書でも彼のレシピとして別ページで取り上げましたが、キャベツのスープについては別の機会に譲ることとしました。

カラデニズ地方といえば、メヴラーナはカラデニズで作られているコーンブレッドについても語っています。ですが実際に彼が口にしていたコーンブレッドはコンヤで作られたものであったことでしょう。あるいはカラデニズ出身の弟子が、デルガー(修道場)の台所で焼いていたのかもしれません。

残ったトライプは後日ホールトマト、にんにく、塩、オリーブ油でぐつぐつしました。ブオーノでした。

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ところで『ルーミー語録』、今年1月に復刊したかと思ったら3ヶ月後にはあっけなく40%値引きにされていました。同様に、オンデマンド+根拠不明の強気価格で復刊していた『鳩の頸飾り』もなしくずしな値引きがされており、なんというかこう……昔とても楽しい御本を作っていた本屋さんが気がついたらノベルティグッズ屋さんになっていた、あれと近しいえもいわれぬ感があります。せめて『イスラーム法理論序説』だけでも幸せになってほしい。と、思いました。