デューク大学イスラム学センターのディレクターをつとめるオミッド・サーフィ先生がOn Being with Krista Tippettというとこに書いている週1連載のコラムがあります。毎週木曜更新なのですが、1/7更新分のはふだんの倍近い長文でした。
“Ten Ways on How Not To Think About the Iran/Saudi Conflict”。他の要因はすっとばして「宗派対立」で説明しちゃいたくなる誘惑は強い。スンニー、シーアといった宗派の相違が対立の要因に全くなっていないとは言わないが、でも決してそれ『だけ』ではない。本文冒頭にもある通り、要約するとそういうことが書かれたコラムですが、では理解するためには何が必要なのか、
let me share a few points that I think might be useful to keep in mind to think intelligently — and I trust, compassionately — through this latest conflict
「宗教学者の視点から以下をシェアするよ」との仰せなので、ありがたくチートシート的にかいつまんでおこうと思います。
One. In order to understand this conflict, do not start with Sunni/Shi‘a seventh century succession disputes to Prophet. This is a modern dispute, not one whose answers you are going to find in pre-modern books of religious history and theology. Think about how absurd it would be if we were discussing a political conflict between the U.S. and Russia, and instead of having political scientists we brought on people to talk about the historical genesis of the Greek Orthodox Church. …
1. この対立について理解したいなら、預言者の後継者をめぐるスンニー/シーアの対立@7世紀にさかのぼってはいけない。何故ならこれは近代の紛争だから。前近代について書かれた解説を読んだところで(類例がないから)答えは出ない。米国とロシアの政治対立を議論するのに政治学者がギリシャ正教会の歴史的経緯を持ち出したりしたらおかしいよね。
これについてはMarc Lynchの、これが最も簡潔で精緻だ。
The idea of an unending, primordial conflict between Sunnis and Shiites explains little about the ebbs and flows of regional politics. This is not a resurgence of a 1,400-year-old conflict.
“Why Saudi Arabia escalated the Middle East’s sectarian conflict”
「スンニーとシーアの終わりなき宿命の戦いという見立て方は、一進一退する地域政治の説明にはほとんど使えない。これは1400年に及ぶ戦いの復活ではない」。
イラン/サウジの対立に限らずあらゆる中東の対立をすべて宗教のタームで説明しようというのは、「近代的で世俗的な「わたしたち」」とは違う誰か」の非近代的な社会では宗教だけが全ての決定要因となっている、というオリエンタリスト的な妄想。中東理解の要因のひとつに宗教があるというのは否定しないし、ある種の対立においてはそれが第一の要因ともなりうる。ただし絶対に決してそれだけが要因ではない。ほとんどの場合はその他の要因(歴史、経済、イデオロギー、人口動態など)の方がよほど重要だったりする。
Two. Iran and Saudi Arabia are both modern nation states. Yes, they are places steeped in history, but like all nation states they have been carved out of early modern empires, often tinged through painful encounters with colonialism, nationalist movements, and anti-colonial revolts. To make sense of both states, one has to look into geopolitical competition among post-colonial nation states trying to legitimize themselves by claiming the mantle of normativity. There is indeed a competition between both Saudi Arabia and Iran to claim a place of hegemony among Muslim-majority states.
2. イランもサウジアラビアも、どちらも近代国民国家である。もちろんどちらもどっぷり歴史に漬かってはいるけど、植民地主義からナショナリズム運動から脱植民地化蜂起といった一連の痛みを経験しているという点では、近世の帝国から民族国家として独立した他の多くの国々と同じだ。両国を理解するには、「うちはうまくやってますよ」と外面を取り繕い、おのおの自国の正当性を主張する、というポスト植民地国家間の地政学的競争への目配りが必要。サウジとイランの間にも、ムスリムを多数抱える国家どうしの主導権争いがおおいに存在する。
Three. The competition is not merely over Islam. Since the time of the Iranian revolution, Iran has defined itself as adamantly anti-monarchical. Saudi Arabia is ruled through the vast network of the Saudi royal family.
3. 競合は何もイスラムについてのみ限られたはなしではない。革命以降のイランは断固として反君主制を主張している。一方のサウジは、サウジ王族どうしの巨大なつながりによって支配されている。
Four. Sunni/Shi’a is not the same thing as Arab/Persian. Today, Iran is a majority Persian culture with a majority Shi‘a population. One often hears a collapse of Iranian and Shi‘a, but there are Iranian Turks and Arabs in Iraq, Bahrain, and elsewhere who are Shi’a. In fact, a thousand years ago Iran was the center of the Sunni world, and the first major Shi‘i state was in Egypt under the Fatimid Dynasty.
4. スンニー/シーア ≠ アラブ/ペルシャ。現代のイランは最大のシーア人口を抱える最大のペルシャ文化圏。イラン人とシーアをぐだぐだにしているのをしょっちゅう耳にするけれど、イラン系テュルクやアラブはイラクやバーレーンにもいるし、それにシーアのいるとこには世界じゅうどこにでもいる。実際、千年前ならイランがスンニー世界の中心地だったし、最初のメジャーなシーア国家といえばそれはファーティマ朝下のエジプトだったし。
Five. Treating this as a Sunni-Shi‘a dispute actually overlooks the fact that, for most of Islamic history, the majority of Muslims followed an ahl-al-bayt friendly understanding of Islam. The Ahl-al-bayt are the family of the Prophet. Historically almost all Muslims — Sunni and Shi‘a alike — had love, respect, and devotion towards the family of the Prophet. …
5. スンニー/シーア間の紛争としてこれを扱うのは、イスラム史ほぼ全体に渡って大多数のムスリムがアフルルバイト(※預言者の一族)・フレンドリーな見解に従い続けてきた事実の見落としを意味する。スンニー/シーアを問わず、歴史的にはほとんどムスリム全員が預言者とその家族に対して愛と尊敬と献身を捧げてきている。エジプトにおける預言者賛美についての、Valerie Hoffmanによるラブリーなこの一文( Devotion to the Prophet and His Family in Egyptian Sufism )を参照せよ。同様に、後年のアンネマリー・シンメルによる南アジアにおける預言者賛美についての記述( Karbala and the Imam Husayn in Persian And Indo-Muslim literature )を参照せよ。あるいはヌスラト・ファテ・アリ・カーンを聞け。こっちでも聞け。
サウジをしてシーアに敵対させている背景にあるのはスンニーではなく、かの地における公式のイスラムとして定められ実践されているピューリタン的ワッハービズムである。
Six. Context, context, context. We cannot make sense of the strife of the modern world without dealing with nationalism, colonialism, and the oppressive apparatus of modern states. Watch the always amazing Mehdi Hasan to see similar points….
6. 文脈、文脈、文脈。現代の紛争を理解するのに、ナショナリズム、コロニアリズム、抑圧装置としての近代国家などを避けては通れない。これについてはいつでもとびきりすばらしいMehdi Hasanが同様の指摘をしているのを参照せよ(“Reality Check: The myth of a Sunni-Shia War(リアリティ・チェック:スンニー・シーア戦争の神話)”)。
ではなぜ我々はこうした文脈を踏まえての議論に躊躇するのだろうか?20世紀から21世紀の中東の歴史について議論しようとすれば、まずは英仏による植民地主義について、続いて米国による全体主義的・独裁的体制(イラン、サウジ、イラク、パキスタン、エジプト、イスラエル等々)への支援についての議論は避けられない。要するに、中東の不安定化についてリアルに語ろうとすれば我々自身の関与を認めざるをえなくなるというわけ。
Seven. Oil. Never underestimate the role of oil in determining the geopolitical interests of both Iran and Saudi Arabia. This map clearly identifies how the majority of the oil around the Persian Gulf is in Shi’a-dominated areas. …
7. あぶら。イランとサウジの地政学的利益を決定づけている、石油の果たす役回りをなめてはいけない。こちらの地図を参照せよ。ペルシャ湾周辺の主要な石油産出地域はシーア支配領域にあることが示されている。……
Eight. Clearly, it is Iran and Saudi Arabia who bear the brunt of the blame for escalating these hostilities. However, we in the United States should do some long and hard looking into our own culpability. It is the United States that is the largest producer and seller of military arms, and Saudi Arabia is one of the largest purchasers of weaponry worldwide (close to 60 billion dollars during the Obama presidency alone). …
8. 敵意の応酬を激化させている主体があきらかにイランとサウジである以上、その責任はおおいに追及されるべき。しかしながら同時に合衆国のわれわれもまた、自らの過ちをじっくりと厳しく内省する必要がある。世界的には合衆国は軍事兵器の最大の製造国でありかつ輸出国。そしてサウジはサウジで最大の兵器輸入国(オバマ政権下のみでも600億ドル)。サウジの人権侵害を下敷きにした上で、あえて合衆国はサウジへの長期に渡る友好的なポリシーを保持してきた。
と、いうわけでどうにかひとつ、はっきりと言えることが見つかった。つまり、世界で最も不安定な地域に武器を供給し続けていたのでは、世界平和に貢献なんかできるわけがない。
Nine. It is also about internal politics. For example, in Iran, the attack on the Saudi consulate and embassy are an attempt by the Iranian hardliners to exert pressure on the more moderate President Rouhani, who immediately denounced the attacks on the Saudi embassy. …
9. 同時に、これは内政問題でもある。例えばサウジ領事館や大使館への攻撃は、より穏健派寄りのロウハーニー大統領(サウジ大使館攻撃についてただちに非難声明を出した人物)に圧力をかけたいイラン国内の強硬派によるもの。
Ten. So… Who loses? Almost all of us lose. The population at biggest risk are the Syrian people, who have suffered one of the largest human rights catastrophes since World War II. Over 250,000 people have been killed, and over half the population of Syria are either refugees or internally displaced peoples. The famine there is so serious that the residents who have not been able to flee have had to resort to eating grass. …
10. つまり……どっちの負けなの?われわれ、ほぼ全員の負け。人数でいうならまずシリアの人たち。第二次大戦以降、最大規模の人道危機に苦しんでいる。25万人以上が殺されている。シリアでは人口の約半分以上が難民化、あるいは国内避難民化している。飢饉も深刻で、逃げ場のない人々が草を食べてしのいでいる。人類共通の歴史において最も豊かで古い文化を持つシリアが、地域政治の死の爪にかかって孤立している。イランとサウジが主導・協力し合えば長期安定をもたらせたかもしれない。でも今のところ、それは後回しにされている。シリアにおける流血を一刻も早く止めるための何か措置がなされているのかは限りなく疑わしい。
この他の敗者というとイエメンと、イエメンの人々。サウジによるイエメン空爆はほとんど知られていないが、しかし続いている。結果、約20万のイエメン人が人道的災害にさらされている。国連によれば1400万人以上が食料危機の状態にある。ここにも、合衆国の矛盾がある。HRWが合衆国に対し、サウジへの武器輸出をやめるよう声明を発している(参考:Human Rights Groups Criticize U.S. Arms Sale To Saudi Arabia)。
Let’s be clear. No one is suggesting that this conflict has nothing to do with sectarian conflicts. Of course it does, partially.
What I am saying is that Sunnis and Shi‘a have not always hated each other, and have certainly not always killed each other. Like the Palestinian/Israeli conflict, this is not an “ancient and eternal enmity.” It is an earthly, historical conflict, which at times uses the language of religion to justify a political conflict. It has an earthly beginning, and God-willing, it will have an earthly resolution. The lives in Iran, Saudi Arabia — but also in Yemen, Syria, Iraq, and elsewhere — depend on it.
はっきりさせておこう。この対立と派閥闘争は無関係だとは誰も言っちゃいない。もちろん関係している、部分的にはね。
何を言わんとしているかというと、スンニーとシーアは必ずしもお互いを憎み合っているわけではないし、いつもお互いを殺し合っているわけではもちろん、ない。パレスチナ/イスラエル紛争同様に、これは「いにしえより続く永遠の戦い」などではない。これは現世的な、歴史的な対立であり、そこに政治的対立を正当化するために宗教の語彙が時々引っ張り出されてきているに過ぎない。現世において始まったことなら、インシャーアッラー、現世において決着がつけられるはずだ。そこに、イランとサウジアラビア –– に限らずイエメン、シリア、イラク、それ以外にも –– の多くの命がかかっている。