自然現象と宗教的規律について

「断食」と五輪がバッティング!! イスラム教選手、日中飲まず食わず? メダルいらない?
今年のロンドン五輪は7月27日から8月12日まで。この日程がイスラム教を信奉する選手にとって、ちょっとした問題となっている。“聖なる月”とされるラマダンとちょうど重なるのだ。

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当然、イスラム教国家は国際オリンピック委員会(IOC)に対して、「フェアではない」として、ラマダンと五輪の日程が重ならないように働きかけてきた。しかし、五輪の日程は以前から決まっていたため、変更はされなかった。今回の五輪で、イスラム教の選手は約3000人に上るとみられている。日没から日の出までの夜間は“食いだめ”ができるとはいっても、真夏の暑いさなか、日中に一切飲まず食わずというのはかなりのハンディだ。

とはいえ、もともとラマダンには柔軟性がある。妊産婦や病人、乳幼児など、事情がある場合は断食が免除されるほか、旅行者も除外の対象となる。この“旅行者”を拡大解釈して、ラマダン中に旅行に出かけ、“断食逃れ”をすることも実際には可能なのだ。

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一方で、イスラム教を信じる選手の中には「ラマダンはとても神聖な期間であり、たとえ断食中でも、むしろ集中力が増してパフォーマンスが向上する」として、精神的な側面からプラスにとらえている人もいるという。もちろん、戒律を厳格に守りながらメダルを獲得するようなら、イスラム世界から大喝采を浴びることは間違いない。しかし、実際のところ、断食とメダルの両立は難しいだろう。中にはラマダン期間を自主的に五輪後に“延期”する選手もいるほどだ。

いずれにせよ、信仰を取るかメダルを取るか…。イスラム教を信じる選手はこの夏、“究極の選択”を迫られることになりそうだ。(五輪取材班)

「信仰を取るかメダルを取るか…。イスラム教を信じる選手はこの夏、“究極の選択”を迫られることになりそうだ」。いったいどこの誰が何を根拠に何を誰に迫っているというのか。世の中のみなさんは(ムスリムか非ムスリムかに関わらず)、ムスリムがなにをどうしたら満足するのかな。なんで「信仰を取るかメダルを取るか」みたいな話になってしまうのか。どっちも取ったらいいですよ。それでいいじゃないですか。

「あいつはメダルを取った」的なことを言い出すひとは必ずいるだろうから、そういうバカは無視してがんばってくださいと思います。「信仰」を取ったら取ったで(それにしてもこういうひとたちの言う「信仰」とは何を指すのだろう)、「あいつは原理主義者だ」的なことを言い出すひとも必ずいるだろうし、そういうバカも無視してがんばってくださいと思います。

その上で、とりあえずアスリートは「肉体労働者」に分類しても決して間違いではないだろうから、それだけでもう断食の免除対象なのではないか。「旅行者」に分類する、というのも記事文中には出てきているけれど、地元出身の選手だっているだろうし。と、思ったらロンドンの夏は日の出から日の入りまで17時間もあるんですね。ひー。

そういうふうに、環境のほうが慣行から大いに逸れて極端な場合は、「日の出」「日の入」といった自然現象にこだわるよりも、むしろ「1日5回(ないし3回)の礼拝」という宗教的な規律の方を優先させる、というふうに習いました。たとえば神のおはからいで、あしたの朝から太陽が昇らない日々がやって来たとしても、定められた礼拝は礼拝としてやるんです。太陽が沈まなくなったとしても、それでも礼拝は礼拝としてやるんです。定められた「日の出の礼拝」を実践すれば、空の太陽が昇らなかろうが心の太陽は昇るんです。定められた「日の入の礼拝」を実践すれば、空の太陽が沈まなかろうが心には月が昇るんです。

あと、今ちょっと手元で調べられないのだけれど(調べろ)、「新しい(見慣れない)知識を見つけても避けたりしないで身につけなさい。知識はもともと全部ムスリムのものだから」というムハンマドの言葉、わたしは「かぼちゃのハディース」の次くらいに好きです。オリンピックなどの舞台に出かけてゆくムスリムは、色々な意味で新しい知識を獲得しに出かけてゆくひとびとだと思うので、がんばってくださいと祈っています。

別のところに書いたのを、こちらに保存しました。