ソロモンに会うには

スフラワルディーの、「蟻の言葉」から第三話「ソロモンとナイチンゲール」。


ソロモン王の広間に、全ての鳥たちが集まっていた。ただナイチンゲールだけがその場にいなかった。「我らは会って互いを知り合わねばならぬ」と、ソロモン王が招待した鳥たちに、もちろんナイチンゲールも含まれていたにも関らず。

ソロモン王の招待状が届いたとき、ナイチンゲールは巣の中にいた。自分の仲間の方を見て言った、「ソロモンがそう言うからには、きっとその通りなんだろう。彼は嘘はつかないもの。本当に彼も会うつもりでいるんだろう。でも会うなんてことは出来っこないよ。だって彼は巣の外にいるじゃないか、私たちは巣の中にいるのに。そして彼は私たちの巣に入るには大き過ぎる。どうしたって会えないよ」。

すると仲間のうち、年老いた者が叫んだ。「もしも『かれらがかれに会う日』の言葉に込められた約束が真実ならば。また『皆それぞれ、一斉にわれの前に召されよう』『われの許に、かれらは帰り来る』『最も高き王者の御許、真理の座に』の言葉が成就するならば。問いの答えはこうである –– ソロモン王が我らの巣に入れぬなら、我らが巣の外に出て彼の許へ行くことだ。でなければ、会えないに決まっている」。

ジュナイドが「スーフィズムとは何か」と問われた。彼は以下のように答えた。

「かれは私の心に歌いかける。私はかれの歌う通りに歌う。彼らのいるところならどこにでも、私たちも共にいる。私たちのいるところならどこにでも、彼らも共にいる」。


『』内は、順番にコーラン9章77節、36章32節、88章25節、54章55節。

これ、どこか別のひとの書いたものの中でも読んだことがある気がする。どこの誰だったろうか。

別のところに書いたのを、こちらに保存しました。