新月観測観測

6/18からラマダン月に入りました。久しぶりに“MANIAC MUSLIM”が更新されているのを見てああラマダンだねと確認しました。ラマダン・ムバーラク。

ラマダンとは何か? イスラム教徒の断食、その歴史、期間、あいさつの言葉、そしてルール(Huffington Post)
多国籍社会の現実――ラマダン(断食月)に職場で必要となる配慮とは(IBTimes)
世界各地のラマダン入り(WSJ)

イスラム教のラマダン(断食月)はイスラム暦で最も神聖な月とされており、15億人を超えるイスラム教徒が日の出から日の入りまで断食するほか、喫煙や性行為も控える。今年は19日にラマダン入りした国が大半となっている。

グーグルが「ラマダンの友(My Ramadan Companion)」というナビゲーション・ページを立ち上げてます。

スクリーンショット(2015-06-20 18.26.48)

時間帯によって色合いの変わるバナーがかわいい。画面の右上には日没時刻が表示されます。ロケーションによってはお近くのレストラン情報だったりイフタールやイベント情報だったりもカスタマイズ表示できたりするみたい。それからラマダンの特別番組の動画リンクだとか、レシピ動画のリンクなど(サモサ動画ありすぎ。みんなそんなにサモサが好きか)。グーグル公式ブログに掲載された開発者氏のアナウンスによれば「子供の頃のラマダンの一番楽しかった思い出は家族と一緒におなかがはちきれるくらいレンズ豆のスープを食べたり、連続TV番組を鑑賞したりしたこと」で、遠く離れて暮らしている家族とラマダンの季節をテクノロジーでもって一緒に過ごしたいと思ってつくったよ、とのことで、

In fact, technology helps more than 200 million Muslims living away from their families connect and share moments with loved ones.

With My Ramadan Companion, we hope we can help you take care of the little things, so you can focus on the big things. Ramadan Kareem!

いいはなしだ。つられて Ramadan Kareem! ってなります。レンズ豆のスープおいしいよね。

しかしわたしが毎年ラマダンに楽しみに、いや「楽しみ」というのは若干あたらないかも知れませんが、ともかく注目しているのはサモサであるとかギャザリングであるとか以前にそもそも

「ラマダンの開始日はいつなのか」

です。

参考記事。
Ramadan Predictions 2015: Moon Sighting, Astronomical Calculation Disputes Prevent Muslim Consensus On The Start Of The Islamic Holy Month(IB times)

タイトルでほぼすべて説明されていますがかいつまむと、

 –– 今年は中東の2つの天文観測機関が「ラマダンの開始日は6/18」と発表した。しかしそれで多くのムスリムたちがさっそくカレンダーにしるしをつけるかと言えばそうはならない。毎年恒例の宗教行事であるラマダンの、開始日の決定とは「ムスリム世界全体における神学と科学をめぐる論争」なのだ。その結果、多くの国々やコミュニティが同日にラマダンを祝っても他の地域では1日、2日、あるいはそれ以上ずれたりすることもしばしば起きている。

 –– イスラムの初期においてはことはもっと単純で、肉眼で新月を確認できればそれがラマダンの始まりだった。(肉眼での新月観測こそは)聖なるラマダン月の開始を決定するのに最も適切である、とみなす多くのムスリムたちがこの伝統を維持し続けている。一方で、実際の新月観測を必要不可欠な条件と認めつつ、望遠鏡の使用はOK(つまり裸眼である必要はない)だとするムスリムもいる。

 –– しかし肉眼での新月観測は地域によって結果がまちまちになり開始日にずれが生じる。気象条件によっては観測できないこともままある。それで近年は天文観測機関が開始日を予測する計算方式が採用され始めている。

 –– トルコやフランスでは観測方式ではなく計算方式をとっている。サウジアラビアは観測方式で、学者で構成された観測委員会の立ち会いのもとラマダンの開始日が決定される。エジプト、クウェートといった国々は典型的な「サウジが言ってる通りにやる」方式。理由は「サウジアラビアにはイスラムの生誕地である聖なるメッカがある」から。

 –– バーレーンは民草の7割を占めるシーア派を少数のスンナ派上層部が支配する国だが、去年はその支配層への不信感を募らせたシーア派市民たちが独自にラマダン開始日を決めて実行した。

 –– 欧州ムスリムの場合は宗教者たちが計算方式をひろく推奨している。一方で南アジア出身者を数多く抱える英国では、ほとんどコミュニティが観測方式をとる。その上、新月が観測できないと彼らは自分たちの「故郷」の開始日を参照する。おかげで「混乱」に拍車がかかる。

と、言うわけでラマダン開始日の決定についてはおおまかに「観測方式組」と「計算方式組」があり、「ラマダンの開始日はいつなのか」また「何を根拠として開始日を決定するか」というのはここ何ディケイドかにわたり常に末端信者たちの大いなる関心事であり続けているのだった!

それを分かっているから上述のグーグル公式ブログは(6/17付で公開されてはいるものの)開始日をはっきりとは記していない(賢明である)のでは、などと思ってしまいました。北米(&カナダ)では2006年から計算方式に統一しているので、そちらを参照したのかな。グーグルが新しいサービスを開始するのに社屋の屋上で新月観測やって「よし、公開だ」とかやってたらそれはそれでおもしろいのでいいですけども。

ラマダンが近づくと、この月にまつわるいろいろな記事を目にするようになります。糖尿病学会が啓発をやったりだとか、「ラマダン・インフレ」が起きたりだとか。とは言っても量的にはやっぱり「観測方式組」対「計算方式組」論議のはなしが多いです。今年はペシャワルでのラマダン開始日にまつわる記事を目にしました。新月観測が絵に描いたようなセクト主義的な争いの場と化している、という内容でした。
As Ramadan approaches, the moon-spotting arguments begin(Guardian)

 –– ペシャワル北西に位置するパシュトゥン支配地域では、主流となっているデオバンド派シャイフをつとめる人物が組織している新月観測委員会が「毎年、必ずと言っていいくらい他より1日早めにラマダン入りを宣言してはパキスタン人たちにどちらに従うか選択を強いる」。

 –– ラマダンの終わりが近づけばさらにたいへん。「みんな疲れてるし弱ってるし、早くラマダン明けのお祭りを祝いたくなってるから」。ペシャワルを州都に擁するカイバル・パクトゥンクワには長いこと対立し合っている二つの新月観測委員会がある。去年のラマダン明けの祝祭にしても、この二つの委員会が互いに別々の日付をラマダン最終日と宣言した上、大規模なアフガン難民たちのコミュニティが自分たちの故郷であるカブールの発表に従ったため、ラマダン明けの祝祭が3つの別々の日付で行われるという事態になった。

 –– 「これは宗教の問題ではなくエゴの問題だ」と「高名な宗教学者」であるTahir Ashrari師。そんな師の提案する解決策は「新月委員会なんかぶっつぶしてしまえ。(開始日の決定は)科学者たちにやらせておけ」。

おつかれさまです。きもちは分かります。とは言え新月観測というの、それはそれで楽しみにしているひとたちもいるだろうからぶっつぶしてしまえ!とまでは思いませんが。「新月を見た者は良いムスリムである」というハディースがあり、「良いムスリム」として認められたい!というひとがいる限り、その機会は残しておいてあげてもいいんではないかと思ったりします。

そういうわたし自身はどちらかと言えば「消極的計算方式組」。計算方式がイスラム的に絶対に絶対に絶対に正しい!と確信しているわけでもないし、ラマダンの開始日なりラマダン明けの祝日なりは絶対に絶対に絶対に統一するべきだ!というようなモチベーションもほとんどわいてこない。単純に、新月が観測できなかった場合の「居住地にいちばん近いイスラム国の決定に従う」だとか「サウジアラビアの決定に従う」だとかといった二の案が、んーなんかちょっと意味わかんない、というだけなのですが。危機管理がぬるたいのはちょっと。

さてこうして毎年のように新月観測観測を続けているとなにかしら新しい動きも出てくるもので、これなどはいいはなしだと思いました。

あすラマダン入り 各団体 4年ぶり統一 ムスリムの連帯感重視(じゃかるた新聞)

月の観測結果だけでなく、連帯感を高めることを重視した。ラマダンは礼拝だけでなく、宗教行事や帰省など文化や伝統に配慮することも重要だ。

「観測方式組」対「計算方式組」論争というのは、どちらも表面上は「(開始日は)統一されるべき」と主張しますが実際のところは相手に対して「おれに従え」と言っているだけの場合がほとんどです。こういうふうにじゃあみんなで調整しよう、となるのはおとなっぽくていいですね。そしてちゃんと調整できたのだからさらにいいことです。

それからこういうのも。
New Ramadan rules to help Nordic Muslims with fasting(Newsweek)

今年のラマダンは季節的に夏至をまたいでおり、どこでもかなりたいへんなことになっています。シャルジャ首長国プラネタリウムの研究員氏によれば、シャルジャでは今年のラマダン月中は日の出から日没までが平均15時間だそうで、「今年は過去32年のうちで最も断食時間が長い過酷なラマダンになる」だろうとのこと。

昨年は断食時間が17時間だった英国で、ある宗教者の先生がもっと柔軟に解釈しよう、ざっくり一日の半分の12時間が昼ってことで問題ないでしょ、というファトワを出して「いくらなんでも大胆過ぎねーか」と話題になっていたりもしましたが、その英国も今年は19時間。さらにデンマーク、アイスランド、フィンランド、ノルウェー、スウェーデンといった北欧では日照時間が長いというよりそもそも「日が沈まない」。

それで今年はEuropean Council for Fatwa and Researchという機関が、北欧在住のムスリムたち向けに「最後にはっきりと日の出と日没が確認できた日」の時刻に従って断食を実行すればよい、というガイドラインを出したそうです。「スウェーデンは2014年だけでも中東やアフリカから80000人近いムスリム難民を受け入れている。つまり去年だけで急激にムスリム人口が増えたことになる」。80000人が出身地ごとにコミュニティ作っててんでに新月観測委員会を立ち上げちゃったりなんかしたらにぎやかですね。

それから、これはもうひとつ別の角度からの新しめな何か。
Why are Indian Muslims using the Arabic word ‘Ramadan’ instead of the traditional ‘Ramzan’?

「亜大陸のムスリムたちは歴史的には「ラマダン」ではなく「ラムザン」とこの月を呼んできた」。「特にウルドゥー語やヒンディー語で会話する際は例外なく「ラムザン」と発音してきたし、更にz音のないベンガル諸語では「ロムジャン」と呼び慣わしてきた」。「それが過去10年くらいの間に多くの亜大陸ムスリムたちがこうした伝統的な発音を避けはじめ、彼らがアラビア語であると考えるところの「ラマダン」という呼び方をするようになった」。

あー。これ最初に「新しめ」と書いてしまったけれど、「それはイスラムなのか、アラブなのか」問題と捉えれば特に新しいわけではなかった。

カタカナで検索すると「ラマダン」の方が「ラマザン」よりも多いですが、こんな見出しの記事もあったりして。「ナマーズ」「ローザ」といった語彙と共に、どれも臨機応変に積極的に使っていこうと思います。