夏がとてもあつくて困っています

暑くてあつくて呆然としていたらそろそろ7月も終わるそうです。このまま呆然としているその間隙を夏が勝手に自主的に縫うようにして過ぎていってくれるとたいへん助かるのだが。

Salman Rushdie on Islam: ‘We have learned the wrong lessons’
サルマン・ラシュディ氏、氏というかサーがイスラムに関して、というかイスラムに関して語る際のお作法的な何かについて、「われわれは間違った教訓を得てしまったらしい」と仏週刊誌のインタビューで語っているという記事。「もしも今のタイミングで『悪魔の詩』を出してたら、よってたかってシャルリ・エブドをたたいてる文芸エリートどもはおれのこともかばっちゃくれないんだろうなあ」と。

仏雑誌『エクスプレス』のインタビューに応じた小説家(サルマン・ラシュディ)は1989年、イラン指導者アヤトッラー・ホメイニーが彼に対する死刑宣告のファトワを発令したため潜伏生活に追い込まれた『悪魔の詩』の経緯を振り返り、「われわれは誤った教訓を得たらしい」と語った。「言論の自由に対する攻撃には抵抗すべきだとはっきりと悟るかわりに、妥協と自主規制でもって懐柔すべきだと考えるようになった」。

5月に米国ペンクラブが『シャルリ・エブド』誌への「書くことの勇気」賞授与を決め、これに対して「かねてより西欧世界のいたるところに見られる反イスラム・反マグレブ・反アラブ感情をいっそう強める材料」を定着させることになる、と訴える抗議文に総勢200名以上の書き手たちが名を連ねた一件について、この対立は「深い亀裂」を文学界にもたらしたとラシュディは述べた。マイケル・オンダーチェ、ピーター・ケアリー、ジュノ・ディアズのような作家たちが「こうした態度をとるとは」全く思いもよらなかったことだ、と彼は言う。彼はまた反対派の重要人物のひとりであるテユ・コールに、この状況について手紙を書き送ったことも明かした。

「(コールは)けったいな返信を送ってよこしたよ、『わが親愛なるサルマン、マイ・ディア・ビッグブラザー、ぼくは全てをあなたの足元で学びました』とか何とか」、とラシュディ。「だが彼の返信は、その大部分が欺瞞的な主張ばかりだった。これが『悪魔の詩』に対してなら自分は決してこういう立場はとらないとテユは請け合うんだが、何故ならわたしのケースは冒涜が罪に問われたわけだが、しかし『シャルリ・エブド』の場合はこの雑誌のムスリム・マイノリティに対するレイシズムが問われているから違うと言うんだ」。

これには同意しないとラシュディは『エクスプレス』誌に語った。『シャルリ・エブド』誌の事務所で殺害された12名は、その言論が冒涜的であるとみなされて殺されたのだから「違いなどまったくない」と彼は言う。「そういうわけでわたしは、もしも今『悪魔の詩』に対する攻撃がなされたとしてもこの連中はわたしを擁護せず、同様の論法でもってわたしを非難し、わたしが民族的・文化的マイノリティを侮辱していると言うのだろうと思っている」。

小説家は仏誌に「世界の未来にとりとてつもない重大性をもつ」とイスラム国の台頭にふれ、「知る限りわれわれは最も暗黒の時代を生きている」との確信を述べた。「もしかしたら『イスラムフォビア』かも」というタブー化に終止符を打たねばならない、と彼は主張する。

「何故われわれはイスラムについて議論できないのか」、と彼は述べる。「個々人をリスペクトし不寛容から保護するのと、彼らの思想に懐疑的であることや時には容赦なく批判するのは両立可能なことだ」。

サルマンおじさんの書くことはいつもすごく読みにくく分かりにくいですが(でも読んじゃう)、言うことはいつもすごく分かりやすいです。

わたしには、ですが。