ダウンロードしておきたい、メトロポリタン美術館の出版物10選

メトロポリタン美術館。
The Metropolitan Museum of Art

Metropolitan Museum of Art New York
Metropolitan Museum of Art New York – Simon Fieldhouse

行ったことはない。がしかし散々お世話になっています。例えばほら。9月から来年1月はじめまで、イェルサレムをテーマとした企画展示 Jerusalem 1000–1400: Every People Under Heaven が行われているそうですが、

Jerusalem 1000–1400: Every People Under Heaven
Jerusalem 1000–1400: Every People Under Heaven – Metropolitan Museum of Art

展示品のハイライトなどが、おうちにいながらにして閲覧できたりします。

Selected Exhibition Objects
Selected Exhibition Objects – Metropolitan Museum of Art

メトロポリタン美術館(以下MET)、自分とこのMetPublicationsで制作している出版物を、2012年から順次オンライン上で公開するということをやってくれています。先日、ふと覗いてみたところ、400冊弱から始まったのが、今では500冊を超えていました。out of printになっているものはだいたいpdfでダウンロードできます。これがすごくすごいんですよ……。例えばわたしが「先日、ふと覗いてみた」のはこれだったのですが、:

Illustrated Poetry and Epic Images: Persian Painting of the 1330s and 1340s
Illustrated Poetry and Epic Images: Persian Painting of the 1330s and 1340s

Additional resourcesタブをクリックするとですね、:

Illustrated Poetry and Epic Images: Persian Painting of the 1330s and 1340s
Illustrated Poetry and Epic Images: Persian Painting of the 1330s and 1340s

このような具合に、該当出版物に収録されているor関連のある画像がずらっと。(METは2014年から収蔵品のデジタル画像約400000点を無料ダウンロードできるようにしてくれてもいるのだった。)

METの2016年の入館者数はおよそ670万人、5年連続で訪問者数600万人超を記録したそうです。その一方で一般会計1000万ドルの営業赤字も報告されており、雇い止めと数十人単位での職員解雇を余儀なくされているとも。インターネット上が身元確かな画像や資料で豊かにうるおった感じになるのはありがたいことですが、テクノロジーを取り入れるっていうのは即おかねになるかというとそういうわけでもなくて、でもいったん取り入れちゃうと、今度は発展し続けるテクノロジーにあわせて更新、更新、また更新という具合にやっていかないといけなくなるから、入ってくるおかねは未知数でも、出ていくおかねは文字通り日進月歩で出てゆく。たいへんですね。

まあ、無料公開してくれている間はしちゃうけど、ダウンロード。

そうは言ってもあれもこれも全部落としちゃうぜというわけでもなく、それなりに選んだりもしています。個人的に「これはおすすめ」というのを以下に並べてみました。いちおうこの雑記の趣旨に沿って(趣旨とかあったのか)、イスラムしばりで10冊ほど。

Illustrated Poetry and Epic Images: Persian Painting of the 1330s and 1340s

Illustrated Poetry and Epic Images: Persian Painting of the 1330s and 1340s
上記で例として挙げた一冊。14世紀ペルシャの写本2冊を紹介してあり、そのうち1冊はMET所蔵のシャー・ナーメ(後述)、そしてもう1冊がThe Mu’nis al-ahrarという、こちらがわたしの目当てだったのですが、「複雑玄妙な詩の読解のための自由人の友」といった具合のタイトルがついているこの御本、全体的には科学読本的なアンソロジー的なものなのだが、最もユニークなのが29章の部分で、この章は黒字で書かれた文章だけを読んでも何の意味も通じないが、添えられている挿絵と一緒に読み進めることで文意と韻とが成立するように書かれている/描かれているという、一種の絵解き本というか、なぞなぞの御本なのだそう。その29章の英訳が収録されているという、とてもお得感のある一冊です。

A Handbook of Mohammedan Decorative Arts

A Handbook of Mohammedan Decorative Arts
「モハンメダン装飾芸術ハンドブック」。本当は、こちらが最初の一冊となるべき。タイトルで分かる通りの、1930年の古い御本。今なら「イスラム(イスラーム)装飾芸術」と題されるであろうところの、この宗教芸術の一大ジャンルを細密画、書道、写本と製本、石工&ストッコ芸術、木工、象牙や象眼細工、金工にエナメル、セラミック、ガラスにクリスタル、テキスタイルといった具合に技法ごとに大きく分類し、それぞれ時代や地域、成果物ごとに解説してあります。コンパクトによくまとまっていてよいです。図版は白黒ですが、そこはオンラインの便利なところで、例のAdditional resourcesタブのところに画素がみっちり詰まった高品質のフルカラー画像がずらりと並んでいるので、それを眺めながら読めばいいと思うよ。

Following the Stars: Images of the Zodiac in Islamic Art

Following the Stars: Images of the Zodiac in Islamic Art
イスラム美術における星座のイメージ、というピンポイントなところをせめてくる50ページほどの小冊子。これは好きな人は好きでしょう。あくまでも星座をモチーフとした美術工芸品を並べて星座についてあれこれおしゃべりというか解説というか、まあふんわりするという、まさにおほしさまを追いかけるだけのタリスマンティックな御本なので、アストロラーベとか天球儀とか望遠鏡とかといった硬派サイエンスなガチ勢は登場しません。だってそんなんしちゃったら星に追いついて追い越しちゃうからね。追いかけていたいだけなの。

Masterpieces from the Department of Islamic Art in The Metropolitan Museum of Art

Masterpieces from the Department of Islamic Art in The Metropolitan Museum of Art
なぞなぞ本とか星座本とか、そういうんじゃなくてもっとこうさらっとしたのはないの?一般教養としてのイスラ「ー」ム美術をひとなめしておきたいだけなんだけど、という方にはこれを。METのイスラム芸術部門のマスターピースの数々をまとめて解説した御本。「在庫あり」の御本なので(そりゃそうだ)まるっとDLできるものではないけれども、オンラインで試し読みもできるし、画像一覧からもあれこれブラウズできるので便利便利。

The Minbar from the Kutubiyya Mosque

The Minbar from the Kutubiyya Mosque
モロッコはマラケシュに位置するクトゥビーヤ・モスク。ここに置かれている高さ約3.8m、奥行約3.5m、幅約90cmの木製のミンバル(説教壇)。前口上によればこのミンバル、その前身は1137年のコルドバにまで遡れるそうな。ムラービト朝の最後のスルタン、アリー・イブン・ユースフが自らのモスクのために注文したもので、その壮大さと美麗さでたちまち西方イスラム世界じゅうの大評判となり、その後1147年、ムワッヒド朝のアブドゥル・ムウミンがマラケシュを陥落し、アリーのモスクを破壊した時もこのミンバルだけは残したほどで、マラケシュ市民もその処置に喝采を送ったとの由。以来800余年に渡りモロッコの至宝として守られてきたこのミンバルの、METとモロッコ王国文化庁スタッフの皆さんによる9ケ月に及ぶ修復や洗浄、そして調査と新発見の記録。

これだけ古い木製の構造物で現存するのは、このミンバルの他にもあと数点あるかないか、というくらい珍しいそうで、しかもただ残っているというのではなく施された装飾も、その設計も使用された素材や木工技術の種類の数も、何をとってもとてもすごい。どうすごいか(ある部分にはルネッサンスの名工房で開発された技法が用いられているのも確認されていたりする、そういうすごさ)を、使用されている寄木細工や象眼細工、刻まれたカリグラフィーなどの装飾体系から、木工構造から、また保全を目的とした修復プロセスの工程ひとつひとつまで、写真や図面などを沢山使って説明してくれている一冊。執筆者の筆頭に名が挙がっているのは『イスラーム美術』のジョナサン・ブルーム氏。

モスクの名であるクトゥビーヤとは、もともとアル=クトゥビーン(図書館の司書の意)に由来しているのだそうです。

Islamic Jewelry in The Metropolitan Museum of Art

Islamic Jewelry in The Metropolitan Museum of Art
タイトル通りの、MET所蔵のイスラム宝飾品。初期(7-10世紀)、中世前期(11-13世紀)、中世後期(14-17世紀)、近現代(18-20世紀)のフェーズに分けて様々なジュエリーを紹介してある。しかし宝飾品というものは、どうしたっていわゆるトライバル的な造形が色濃く表現されてくるという性格を持っていますね。「イスラミック・ジュエリー」というジャンル分けの仕方が正しいのかどうか、ちょっとあやふやな感じがします(インタリオとかはともかくとして)。宝飾品の方が宗教よりも人類の中では歴史が長いのだから当たり前といえば当たり前のことなのですが、そのあたりを再度ふまえて眺めてゆくのがよいと思いますですよ。

143ページあたりからのメタルワークの解説がおもしろいです。ダーウードの鎖帷子ですよ。それに続く天然石の研磨技術とか、エナメルの話なんかも。

A King's Book of Kings: The Shah-nameh of Shah Tahmasp

A King’s Book of Kings: The Shah-nameh of Shah Tahmasp
「王の王書」。シャー・ナーメ、邦題にして「王書」とは10世紀の詩聖フェルドゥスィーによる全60000対句に及ぶペルシャ民族叙事詩で、その写本や写本部分は数多く存在するが、ここで解説されているのはサファヴィー朝第二代シャー、タフマースブ一世が所有したとされるもので、総計258の質の高い細密画、精緻なイルミネーション、そしてすばらしい装丁技術の施された「持ち運べる美術館」とも形容される一冊。フェルドゥスィーさんについてはもちろん、タフマースプ一世さんについてとか、サファヴィー朝についてとか、サファヴィー朝期の西アジアにおける画家の社会的地位とか、そういう解説もおもしろいのですが、細密画を見ているだけでもじゅうぶんに楽しめます。日本語だと岩波文庫の岡田恵美子氏版と平凡社東洋文庫の黒柳恒男氏版があるので(どちらも抄訳)、それらを片手に、両手でもいいけど、細密画をめくりめくりするといいと思うよ。

Persian Drawings in The Metropolitan Museum of Art
「王書」写本をめくってみて、ペルシャの細密画おもしろいなあ!と思ったら、これもめくってみてください。もっとおもしろくなってきます。たとえばこれとか。「二人の羅漢像」と呼ばれる一枚で、中国の水墨画を模写したものと考えられています。図画の左下の隅っこに「ウスタズ・ムハンマド・***・カレム」と記してあり、(御本ではなくMETサイト本体の方にあった解説によれば)まあ順当に考えればこれってスィヤー・カレム本人なり、スィヤー・カレム派の画家なりの作だよねとの由。中国水墨画が実際にペルシャに伝播したのは13世紀後期から14世紀初期のイル=ハン朝期支配下でのことだそうです。紙作りなんかもモンゴル襲来と共に伝わってきたんですよね。

「モンゴル襲来」とか物騒な話じゃなく、もっとおだやかな東西文化交流が好きだわ、という向きはシルクロードへGO:

Nishapur: Glass of the Early Islamic Period
Nishapur: Metalwork of the Early Islamic Period
Nishapur: Pottery of the Early Islamic Period
Nishapur: Some Early Islamic Buildings and Their Decoration

ニーシャープールよんれんぱつ。上から順にガラス、金工、陶工、それから建築と建造物の壁面装飾や円柱のおはなしなどの解説です。ニーシャープールとは、

ニーシャープール
ニーシャープール(Nishapur)(ペルシア語: نیشابور‎ ネイシャーブール)は、イラン北東部のラザヴィー・ホラーサーン州の都市。人口は270,940人(2005年)。

地理
「ホラサーンの屋根」であるアルボルズ山脈の一部を構成している肥沃なビーナールード山脈(ペルシア語: کوه بینالود‎ – Kūh Binalud)の麓に位置し、州都マシュハドに近い。

歴史
ニーシャープールは地中海やアナトリアと中国を結ぶシルクロードに位置しており、戦略的に重要な町でイラン高原と中央アジアを分ける境界であった。

町は3世紀、サーサーン朝のシャープール1世によって創建され、その名が付けられた。近くに豊富なトルコ石を産する鉱山がアリ・メリサイ山(mount ali mersai)にあった。その後、一時期衰退するが、9世紀にターヒル朝がこの地に生まれるとニーシャプールはその都となり、バグダットやカイロに比肩するほど盛隆し、ヨーロッパに輸出する陶磁器の生産で再び重要な町に返り咲いた。

セルジューク朝の祖・トゥグリル・ベグは1037年、この地に宮殿を造営し、ここでスルタンを名乗った。 1221年、チンギス・カンの娘婿がこの地で殺されると、モンゴルはこの地を破壊、住民を皆殺しにした。陶芸の窯ももちろん失われた。

詩人ウマル・ハイヤームはニーシャープールで生まれ、郊外に葬られている。12世紀の詩人・ファリード・アド=ディーン・アッタールの廟もある。
– Wikipedia

ああすみません、シルクロードに逃げてはみたけれどやっぱりモンゴルにやられてしまいました。インド。インドに逃げましょう。インドを忘れてはいけない。

Anvari's Divan: A Pocket Book for Akbar

Anvari’s Divan: A Pocket Book for Akbar
ムガール王国第三代君主、大帝アクバルが命じて作らせた細密画+カリグラフィーで構成された宝石箱のような御本。細密画はアクバルお抱えの宮廷画家の手によるもので、アクバルのお父さんフマユーンがペルシャから連れてきた人たちだそうです。画家の皆さん、がんばりましたね。えらかったですね。色の選び方とか、クライアントの好みにどれだけ忠実なんだよっていう感じします。まあちゃんとご注文通りに仕上げないとたいへんなことになるというのもあるんでしょうけれども(何しろ「大帝」だから)。「音楽性の違い」とか言っている場合ではない。

執筆者のおひとりがアンネマリー・シンメル氏です。この方はどこの何についても、本当に「フンフンフ〜ン♪」ってハミングが聞こえてきそうに楽しそうに書くなあ。だいすきです。

以上です。よい年末年始をお過ごしください。