新月観測観測、再び

なんか今週はもうラマダンなんですってね。おまえマジでもうマジかよ〜

IHC orders halting transmission of ‘circus shows’ during Ramazan
イスラマバード最高裁が聖月の間のTV放映コンテンツを一部規制、という記事。

最高裁はまた、情報省、内務省、およびPEMRA(パキスタン電子メディア規制委員会)に対し、以下を確実に遂行するよう指示した:

・外国製の広告、ドラマ、映画、特にインドのは完全に禁止。
・外国製TVコンテンツの10%は前述の幹事ならびにPEMRA委員長の承認を条件として放映されるものとする。委員会は、放映予定のコンテンツがイスラム教、PEMRAの規定、行動規範ならびに最高裁の判断と矛盾しないよう万全を期すること。
・聖月の精神を乱す番組は禁止。この月は聖コーランの月であらねばならない。コーランの意味とメッセージを各地の方言を用いて宣伝せよ。
・すべてのTV局は1日に5回、礼拝の呼び出しを放送すること。
・断食明け開始前は最低五分間、広告を放映してはならない。かわってドゥルード・シャリーフ(サラワート。預言者への祝福祈願、祈祷)を放映し、パキスタンの連帯と繁栄、平安と平穏と全国民の幸福と寛容と赦しと(中略)宣伝せよ。

特にインドのはあかん、って。あんた名指しでそんな。まあ色々と思うところがないわけではないが、記事のタイトルが堂々のRAMAZANであるとこにはヨシッてなった。わたしにはそこがいちばんのみどころです。

Ruet-e-Hilal Committee to Meet on Subject of Moon Sighting of Ramadan
新月観測委員会が会合してます、っていう記事。
Ruet-e-Hilal Committee to Meet on Subject of Moon Sighting of Ramadanいい写真だ。いい顔だ。でも見出しがRAMADANだからヨシッてならなかった・・・わけではないけど、ここはひとつRAMAZANでいってほしかった。

Ban ‘private’ moon-sighting committees, PHC urged
「私的な」新月観測を禁止するよう、ある弁護士さんがペシャーワル高等裁判所に直訴してます、という記事。

ラマザンも間近、弁護士約1名が月の始まりと終わりに巻き起こる混乱に終止符を打つために、民間のいわゆる「新月観測委員会」を禁止するよう高裁に訴えた。

ムハンマド・フルシド高等弁護士は金曜、ペシャーワル高等裁判所に、こうした民間の委員会が地域の人々を分裂させ、どの聖職者が正しいのか、また誰が間違っているのかも分からないまま多大な苦痛にさらされていると主張する申立書を提出。

申立書の中でフルシド氏は「イスラム国家においてはイードとラマザンについての新月観測ならびに観測結果の公表は国家の機能である」「この地域には数十にも及ぶ地元の観測委員会が存在し、それぞれが公然と国家秩序を乱し、素朴な大衆を分裂させる聖職者によって率いられている状態である」と述べた。

「お互いに反目しあっているせいで、毎年イードとラマザンが同じ地域で異なる日に行われているのが見受けられる。こんな珍事がイスラムの伝統だといえるのかについても議論の余地がある」「彼ら(聖職者)は同じ地域に住むムスリムを分裂させた。この国には、そんなことを看過していられる余裕はないはずだ」「政策もダメなら、誤った権威から権限を剥奪するだけの政治力もない。そして貧しい人々ばかりが、いつもそのツケを払わされている」

引き続き、経過を観察していきたい案件。

*****

唐突に話を変えるんですが、先月の終わり頃ですか、代々木上原でメヴラーナについてお話をしました。以下はそのときに紹介した小話です。ここにあげておきます。『精神的マスナヴィー』5巻に収録されているものです。あとでこれの前後と合わせて、母屋の方にもあげておこうと思います。『マスナヴィー』、読み進めてはいるのですがなかなか更新に手をつけられず。

異教徒の土地で、祈りの時刻を知らせていたひどい声のムアッズィンと、彼に贈り物を持ってきた異教徒の話

あるムアッズィンがいました。彼はひどい声のムアッズィンでした。異教徒の土地で、(礼拝の時を告げる)呼び出しをやっておりました。

彼ら(ムスリムたち)は、たびたび彼に言いました。「礼拝の呼び出しをやめてくれないか。さもないと争いのもとだ、(私たちへの)敵意が生じてしまう」。

彼は(仲間のムスリムたちを)拒み、礼拝の呼び出しを続けました。まったくおかまいなしに、異教徒の土地で。

(ムスリムの)皆は(異教徒たちが)一斉に蜂起して暴動が起きるのではと、怯えて過ごしていましたが、はたしてある一人の異教徒が、外套を抱えてやってきました。

彼はろうそくやハルワ、それに素晴らしく上等な外套を贈り物として持ってきて、親しげな挨拶をしながら近づいてくると、

何度も繰り返しこう尋ねました。「教えてください、あのムアッズィンはどこですか?あの声音、あの叫び。耳にするたび、私の喜びはますます深まるばかりです」。

「あの、ちょっといいですか。あんなひどい声が、喜びをもたらすというのは一体どういうわけです?」。すると彼はこう答えました。「彼の声は、教会の中にいても聞こえるほどですよ。

ところで私には、見目もよく気立ても美しい娘がおります。(結婚するなら、相手は)ぜひ信仰者(ムスリム)を、と望んでおりました。

何人もの異教徒(非ムスリム)が、口々にいくら言って聞かせても無駄で、娘の情熱は掻き立てられるばかり。

信仰への憧れは、娘の心の中で育ってゆきました。それはまるで香炉のよう、私は(その香炉の中で燃やされる)お香になった気分でしたよ。

娘が情熱の鎖に引かれて、(イスラムに改宗して)しまうんではないかと、私は絶えず苦しみ悶えておりました。

これをいやす薬も手立てもない。そう思い込んでいたのです、あのムアッズィンがアザーンの声を張り上げるまでは。

(アザーンを聞いて、)娘は言いました。「何かしら、この忌まわしい騒音は。耳がきしむようだわ。

こんなひどい声、私たちの集まりでも修道院でも、今まで一度も聞いたことがない」。

すると彼女の姉妹がこう言いました。「この祈祷の声はアザーンというの。(ムスリムに、礼拝の時刻を)知らせる、信仰者どうしの合言葉よ」。

(にわかには信じられず、娘は)他の者たちにも、同じように質問しました。するとその人も、「その通りでございますよ、旦那様」。

(それが)本当だと知ったとき、娘の顔は青ざめて、イスラムに対する熱もすっかり冷めきってしまいました。

私は不安と苦悩から解放されました。おかげで昨晩は久しぶりにぐっすりと眠れましたよ。

彼の声が私に喜びをもたらしたというのは、こういうわけです。感謝のしるしに、この品々を贈り物として持ってきました。さあさあ、会わせてください。彼はどこですか?」。

彼は彼(ムアッズィン)に会うと、こう言いました。「贈り物を受け取ってください、あなたは私の恩人だ、救いだ。

あなたがしてくださった親切のお礼に、私は一生あなたのしもべになりますよ。

もしも私が大金持ちで、モノもカネも有りあまるほど持っていたら、あなたの口に黄金をぎっしり詰め込んでやれるのですが!」。

*****

色々、これでも考えてこれがいいだろうと思って選んだんです。配布用に訳文を夜中に整えながらひとりで「ぷぷぷ」と笑っちゃうくらいおもしろいなあと思ったんですよ。選んだときはね。でも実際にこれを礼拝堂併設の文化センターで朗読してみるとなると、いやあ。気まずいことこの上なかったですね。まあ今更「気まずい」も何もないんですが。お集まりくださっていた皆様はそういう気まずさも含めて全体としては楽しんでくださっていたようではあるので、結果オーライということにしておこう。

でも、まあ、こうして改めて眺めてみても、このお話はとてもおもしろい。好きです。登場人物がそれぞれ非常にリアルで。時報係をやるくらいには宗教的な訓練を受けているのかいないのか、ともかく実践が致命的にまずいムアッズィン。実践としてアザーンはそりゃあやるにこしたことはないが、地元の異教徒の心証を損ねたくない、宗教実践と近所づきあいを秤にかけて、ここはひとつムアッズィンに折れてほしいムスリムの皆さん。もうとにかく波風立てたくない。「穏健派」っていうあれですね。そして異教徒のこの土地で、肩寄せ合って暮らしている少数派の宗教に興味津々の嫁入り前の娘さん。すてき。あれが「ほんもの」の信仰なのね。ああいう「ほんもの」の信仰者のお嫁さんになりたいわ。夜も眠れなくなるほどお父さんを心配させるくらいの情熱を傾けてはいながら、その宗教の実践については何ひとつ知らない娘さん。周囲の人に教えてもらって、やっとはじめて知るくらい。そしてはじめて知ったその時点で、好きか・嫌いか、きれいかきれいじゃないかといった、自分のいわば主観で切り捨ててしまって、それより先に進むのをやめてしまった娘さん(ちなみに文中にある「旦那様」という呼びかけはママです。嫌味まじり・冗談まじりでそう言ったんでしょう、といったところです)。

お父さん良いですね。好き。ちゃんとオチまでつけてくれて。

「異文化交流」だとか「多文化共生」だとかといったものは、別につい最近になって発見あるいは発明された営みではないというのがわかる、という点だけでも注目されてほしいと思いました。八百年前にも、それは大変に重大なことであったのだなと。放っておけば解決するというたぐいのことではなく、みんなでその時々で知恵をあわせて具体的にコミットするべきこと、少なくともこうしてメヴラーナが、後進の教育(宗教教育!)のために執筆した自分の御本の中でねたとして取り上げるだけの価値はあると判断したということ、取り組まれるべき課題としてみなしていたということ、と、いうふうに受け取っていいんじゃないかなと思います。

アザーン置いときますね。数年前の聖月の季節に、英国の公共テレビ局チャンネル4で放映されていた夜明けのアザーンです。

Channel 4 Ramadan – Muslim call to Prayer: The Adhan from Trunk Films on Vimeo.

深夜の犯行現場みたいの

本当に必要なのか、それともたった今なんとなく欲しくなっているだけなのかよくわからないものというのがあります。だいたい、少し時間を置くと「あ、別にそんなに欲しくなかったや」などという感じで忘れていくものの方が多いです。わたしの場合、そういうものは台所まわりのもの、調理器具であることがほとんどです。

そういう、本当に必要なのか、それともたった今なんとなく欲しくなっているだけなのかよくわからないものリストの筆頭に長らく「肉たたき」というのがあがっていました。
肉叩き
なんだかこの脳内リストをそろそろ更新したくなったのです。それで「肉たたき」、購入してみました。購入してみたのが今月の頭ごろです。今日が二度めの登板でした。二度とも、たたいたのはやっすい赤いうしにくです。べんべんたたいて、溶き卵とパセリとパン粉をつけて、バターを溶かした油で揚げるのと焼くのの間くらいで火を通します。おいしいです。

で、食べ終わってそのままシームレスに仕事を始めて、今さっき休憩がてらコーヒーのお代わりを注ぎ足そうと台所に立ってみたら、血脂がこんもりくっついた「肉たたき」がシンクに転がっていて、まあ転がしっぱなしにしていたのは自分なんですが、一瞬ぎょっとしました。犯行現場にしか見えない。

ええと。それだけです。うーん、深夜だ。もう少しだけ仕事します。

わーん、ごめんなさい

つい先ほど、『ルーミー詩撰』を更新しました。といっても何か進捗があったわけではないです。訳の方は遅々としてですね、進んでいないわけではないが堂々と胸を張って進んでいると言い切れるのかというとそれもまた問題があるというか、肉眼では確認できない感じです。

更新したのは扉絵です。これです。

更新の顛末を、以下に記しておきます。

昔々、『ルーミー詩撰』と題してぽつぽつ、訳したものをネット上に公開し始めたときのことじゃった。文章へのリンクだけ、文字だけというのもなんだかつまらなく、それに始めたばかりなこともあってボリュームも少なくさみしかったので、何かうるおいがほしいわ、と思って画像を探しました。なくてもいいかもしれないが、何かあったらいいだろうくらいのきもちでメヴラーナ・ジャラールッディーン・ルーミーでgoogle検索すると、だいたい白いひげでターバンを巻いたそれらしい感じのおじいちゃんの肖像が出てきました。でも「それらしい」だけで、それが本当にメヴラーナなのかも判断できないし、誰の手によっていつ・どこで描かれたものなのかも明示がないものばかりでした。画像のコピーライト的なものも、どうなっているのかよくわからないし、つまり自分のサイトで「ルーミーです!」と言い切って掲示するにはちょっとためらわれました。

そこで手持ちの御本の中から引っ張り出したのが↑です。アンネマリー・シンメルさんというドイツ出身の東洋学の先生でイスラムやスーフィズムについてもたくさんの著書がある方が書いた御本の一冊、The Triumphal Sunにあったのがこれでした。”presumably”という但し書きが付されてはいましたが、あんまり深くは考えませんでした。いや、それなりに考えてはいました。インターネット検索で野良画像を拾ってきて貼りつけるよりも、アンネマリー・シンメルさんの御本にのっている画像を使用した方が筋としては確かだろうと考えたのです。肖像画の下部には「مولوی روم」、「ルームの先生」、と記してありました。

それから時が流れて、あちこちの美術館が惜しげも無く収蔵品の画像をインターネット上に公開するという夢のような時代が到来しました。そこでボストン美術館のサイトを検索したところ、あったあった。「ルームの先生」の肖像画のページがありました。カラーのものを期待していたのでそこは少し残念な気もしましたが、とにかくこれで画素の多い画像にも手がとどくようになったし、帰属先として正しくボストン美術館のサイトにリンクが貼れるようになったのもありがたかったです。21世紀すばらしい、くらいに思っていました。

それからさらに時が流れて、数日前のことです。やや必要があってサイト内を検索していたところ、この画像に貼っていたボストン美術館のリンクをクリックしたところ、Page Not Foundの表示がされました。あれ、どうしたのだろ。その時は出先だったので、帰宅してから改めて今度はボストン美術館のサイト内を検索しました。画像の置き場所が変わったのかな、などと思いながらキーボードを叩いてみたところ、あったあった。

よかった、じゃあこのページにリンク先を変えればそれでよし。・・・・・・うん?

ええ?

えええ?

えええええ???

*****

更新の顛末は以上になります。

そのようなわけで「おそらくルーミー」と推定されていた肖像画は、ルーミーではなくムッラー・シャー・バダフシー、カーディリーヤ教団に属していた17世紀のインドの先生を描いたものでした。えーと。わーん。ごめんなさい。

他人の読書

ひとがどんな御本を読んでるのか、おはなし聞くの楽しいですよね。

Salman Rushdie: ‘I couldn’t finish Middlemarch. I know, I know. I’ll try again’
The author on meeting Pynchon, why Kafka is unbeatable – and the trouble with Trollope

サー・サルマン・ラシュディの今ちょうど読んでる御本、人生を変えた御本、こんな小説を書いてみたい人生だった御本など。新年早々iPadにダウンロードしたトーマス・マンの『ブッデンブローク家の人々』に始まって、今年のサーの読書テーマは「再読」だそうです。で、今はエディス・グロスマン訳『ドン・キホーテ』を読んでるところなんだそうな。

私の人生を変えた本
正直なところ、私の人生を変えた本は自分が書いた本であって読んだ本ではない。1981年に『真夜中の子どもたち』が出版されたとき、自分の友人や知人以外のほんの少数の人が読んで気に入ってくれればいいと思っていた。あんなことになるとは、まったく予想もしていなかった。あの一冊は私がこうありたいと思う人生、つまり作家としての人生を与えてくれた。80年代のほとんどを、私は本ものの感謝と幸福に包まれて生きていた。それから1988年、私の人生を別の本が別の意味で変えた。だが『悪魔の詩』出版に続くあらゆる出来事を経てもなお、私はそれを誇りに思っている。奇妙なことだが感謝もしている。困難だらけのこの道は、私にどう生きるのか、何のために生きるのかを教えてくれた。

ええはなしや。以下はかいつまみ。

The book I wish I’d written
There are too many of these, of course, but if I have to choose one, then (today, anyway) I’ll choose Kafka’s Metamorphosis. Transformations have been important in my own work, but the transformation of poor Gregor Samsa is the archetype of this kind of story. His own deluded conviction that it will somehow be all right and he will return to being the person he formerly was is painful to read, and his rejection by everyone close to him even more painful. It’s also short. Five hundred pages of the sad case of the giant bug would probably be unbearable. Fifty pages … unbeatable.

「それはおれが書きたかったやつだあ」という御本はたくさんあるが、一冊だけ選ぶならカフカの『変身』だそうです。変容というのはサー自身の書くものの中でも重要なエレメンツなのだが、そういう変容のアーケタイプにあたるのが哀れなグレゴール・ザムザのそれであると。変容しちゃってもまあなんとかなるだろうと本人が思い込もうとしてるところも悲しいし、それなのに周囲に拒絶されるというのも輪をかけて悲しいし。「短いところもいいよね。巨大な芋虫の悲しいお話が500ページ続いたらたまらん unbearable だろうけど、50ページだからね…無敵 unbeatable だよね」。

執筆に影響を与えた本というと、小説を出版したりする以前はずっとトマス・ピンチョン『重力の虹』の呪いにかかってて、なんかパスティーシュっぽいのも書いちゃったりしちゃったんだけど「幸いにも」世に出すことはしなかった、今じゃその草稿はエモリー大学のおれ文庫のどこかに積んである。

最も過小評価されてる本はフアン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』で、これそもそもスペイン語で書かれた古典小説なんだが英語読者はあんまりそゆこと考えないみたいね。ガルシア・マルケスがおれは何度も読み返してしまいにゃ暗記したぞって言ってる小説なんだけど、読めばルルフォの(小説に登場する幻想の街)コマラがマコンドの出どころなんだなってはっきりわかるよ。

The book that changed my mind
I can think of books that made little explosions in my mind, showing me literary possibilities I hadn’t dreamed of until I read them. James Joyce’s Ulysses was one such book. Jorge Luis Borges’s Fictions (Ficciones) was another, and three stories from that collection, “Death and the Compass”, “Funes the Memorious” and “The Garden of Forking Paths” have never left me, and still help me to think about what I’m doing, or might do, or should never try to do.

「意識の中でちっちゃな爆発を起こさせる本」というのがあり、それはつまり「読んでみるまで思いつきもしなかった文学の可能性を味わわせてくれた本」であり、ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』はそういう本のひとつ。それとボルヘスね。『伝奇集』ね。『死とコンパス』ね、『記憶の人、フネス』ね、『八岐の園』ね。もうずっと一緒だから。今でも教科書にしてるから。何をするか、何をしようか、あるいはこれだけはやっちゃいかんなとか。

泣かせる本
読んでて泣くってことはない。ひとりぼっちでおうちで映画観てるときなんかはまた別のはなしだけど。

笑えた本
ゲイリー・シュタインガート(とロドリーゴ・コラール)『スーパー・サッド・トゥルー・ラブ・ストーリー』。それかP. G. ウッドハウス『ウースター家の掟』

読了できなかった本
この問いに対する屈辱的な回答としてですね、ぼくは『ミドルマーチ』と、そう申し上げることを常に義務として自らに課してきたわけですよ。うっせえわかってるよ読めばいいんだろ。

The book I’m most ashamed not to have read
Writer friends speak to me constantly of the joys of Anthony Trollope, but I haven’t discovered them. That’s quite a lot of books to be ashamed of not having read.

「読んだことないのがちょう恥ずかしい」御本として、友人がそのおもしろさをめっちゃ語ってくるんだけどアンソニー・トロロープ読んだことない、と答えてます。「いやー、読んでないと格好がつかない本って世の中たくさんあるよねー」って。これ、「つまらなかった」の婉曲表現なのかな。なんかそんな気がしてきました。

贈りものとしての本は特に定番を決めてるわけではないそうで、直近ではラングストン・ヒューズの詩集を贈ったと。そして「忘れないでほしい本」は息子さんのために書いた『ハルーンとお話の海』&その続編Luka and the Fire of Lifeだそうで、後世に残るのが自分をめちゃくちゃ幸福にしてくれたこの二冊だったらいいなあ、だそうです。

どうでもいいですが冒頭で「ドン・キホーテ」を検索したら驚安の殿堂がまっさきに出てきた。生きづらさ。

読みくだし:「スルターナの夢」 ベーグム・ロキヤ

ある晩のことです。私は自分の寝室の安楽椅子にもたれて、インドの女たちが置かれている状態についてぼんやりと考えていました。まどろんでいたのかもしれません。けれど私の記憶の中では、確かに私は目覚めていました。月明かりの夜空にまるでダイヤモンドのような無数の星が、きらきらと輝いているのをはっきりとこの目で見たのです。

突然、一人の婦人が私の前に現れました。彼女がどうやって入ってきたのかはわかりません。私は彼女を、友人のサラ姉さまだろうと思いました。

「おはよう」、サラ姉さまは言いました。星降る夜に、朝の挨拶だなんて。私は心の中で、ひそかに笑いました。それでも私は彼女に応じて、「ごきげんいかが?」と言いました。

「とってもいいわよ、ありがとう。外に出て、私たちの庭を見てみましょうよ」。

私はもう一度、開かれた窓越しに月を見上げました。そしてこの時間なら、外に出かけても害はないだろうと思いました。外働きの男たちは、夜は早いうちから眠りについてしまいます。おかげでサラ姉さまと、楽しく散歩ができるというわけです。

ダージリンにいた頃の私は、サラ姉さまと散歩に出かけたものでした。そこの植物園で私たちは、手に手を取って歩き、心も軽やかにおしゃべりをしました。サラ姉さまは、たぶんそうした植物園に私を連れ出してくれるのだろう。そう思った私は、すぐに彼女の申し出を受け入れ、彼女と一緒に出かけることにしました。

歩いてみると驚いたことに、それはよく晴れた朝でした。町はすっかり目覚めていて、通りは人々で賑わっており、活気にあふれていました。こんな白昼に堂々と通りを歩いているのかと思うと、とても恥ずかしく感じましたが、男の姿は一人として見かけませんでした。

通りすがる人々の何人かが、私に向かって冗談を飛ばしてきます。私には、その人たちの言葉は分かりませんでしたが、絶対に冗談を言っているに違いないと感じました。私は友人に尋ねました。「あの人たちは何と言っているの?」。

「彼女たち、あなたのことをとても男らしいと言ったのよ」。

「男らしいですって?」、私は言いました。「どういう意味なの、それ?」。

「まるで男みたいに恥ずかしがり屋で内気だ、っていう意味よ」。

「男みたいに恥ずかしがり屋で内気ですって?」。それは確かに大した冗談です。一緒にいたその人が、サラ姉さまではなく見知らぬ赤の他人だったことに気づき、私はとても不安になり始めました。ああ、私はなんて愚かなのでしょう。こんな女の人を、昔からの大切な親友であるサラ姉さまと間違えるだなんて。

私たちは手をつないで歩いていましたから、彼女には私の指のふるえが伝わっていました。

「どうしたの、あなた?」、彼女はやさしくそう言いました。「何だか、落ち着かないの」と、私はむしろ謝るような口調で言いました。「パルダーの中で生きる女としては、ヴェールも無しに歩き回るのには慣れていないの」。

「男に襲われるかもしれないなんて、ここでは怖がる必要はないわ。ここはレディ・ランド、罪と害から解放された土地。ここを支配しているのは、女自身の美徳だけよ」。

いつしか私は、風景を楽しんでいました。それは本当にみごとなものでした。ヴェルヴェットのクッションかと思えば、それは緑の芝生でした。やわらかな絨毯の上を歩いているかのように感じて見下ろせば、道は苔と花で覆われているのでした。

「なんてすてきなの」、私は言いました。

「気に入った?」、サラ姉さまがそう尋ねました。(私は彼女を、これまで通り「サラ姉さま」と呼ぶことにしました。そして彼女も、私の名を呼んで語りかけ続けてくれました。)

「ええ、とっても。でも私、こんなにやわらかくてかわいい花を踏むのは好きになれない」。

「心配しないで、愛するスルターナ。それは通りに咲く花、あなたに踏まれても大丈夫よ」。

「どこもかしこもお庭みたいね」、私は感嘆してそう言いました。「どの植物も、とてもみごとに手入れされているわ」。

「あなたのカルカッタだって、地元の男たちがそうと望みさえすれば、ここよりも素敵な庭になるかもしれない」。

「あの人たちは、他にやることが沢山あるのに庭いじりに精を出すなんて無駄だと思うでしょうね」。

「せいぜい、その程度の言い訳しか思いつかないんでしょうね」、彼女は笑ってそう言いました。

男たちがどこにいるのか、私はがぜん興味が湧いてきました。歩いている間に何百人もの女たちに出会いましたが、男はただの一人として見かけませんでした。

「男の人たちはどこにいるの?」、私は彼女に尋ねました。

「彼らにふさわしい場所、彼らがいるべき場所にいるわ」。

「ねえ、教えて。『ふさわしい場所』ってどういう意味なの?」。

「ああ、うっかりしていたわ。あなたはここに来るのは初めてだから、私たちの習慣も知るわけがないわね。ここでは男たちは、部屋の中に閉じ込められているわ」。

「まるで私たちが、ゼナーナ(婦人部屋)の中に閉じ込められているみたいに?」

「その通りよ」。

「なんておもしろいの」、私はたまらず大笑いしてしまいました。サラ姉さまも笑いました。

「でもねえ、スルターナ。無害な女を閉じ込めて、男は野放しのままだなんて、なんて不公平なことかしら」。

「あら、どうして?私たちがゼナーナから出るだなんて危ないわ、だって私たちは生まれつき弱いんですもの」。

「そうね、通りを男がうろついてる限り安全じゃないわ。野生のけものが市場をうろつくのと同じよ」。

「本当にそうね」。

「もし狂人が施設から抜け出して、男や馬や、他にも色々な生きものにありとあらゆる悪さをしたら、あなたの地元の男たちはどうすると思う?」。

「きっとつかまえて、施設に戻そうとするでしょうね」。

「その通りよ!だったら正気の人を施設の中に閉じ込めて、狂人を野放しにするのが賢いやり方だとは思わないでしょう?」。

「もちろん、思わないわ!」、私は陽気に笑いました。

「実際のところ、あなたの国で行われているのがまさしくこれなのよ!際限なく悪さをする男、少なくともそれができてしまえる男は野放しで、罪もない女がゼナーナに閉じ込められているんだわ!しつけもなっていないのに外をうろつく男なんて、どうして信用できるというの?」。

「私たちには社会をとりしきるすべもなければ、声をあげることもできないのよ。インドでは男が主人で支配者で、権力も権利もすべて独り占めして、女たちをゼナーナに閉じ込めているわ」。

「どうしてあなたはあなた自身を、閉じ込められるがままにさせておくの?」。

「だって男は女よりも強いから、どうしようもないわ」。

「ライオンは人間よりも強いけれど、人間を支配することはできないわ。あなたはあなた自身に対する義務を果たしてこなかったし、あなた自身のためになることからは目を閉ざしてきた。そうやって、あなたが生まれ持っていたはずの権利を失ってしまったのよ」。

「そうは言っても、ねえサラ姉さま、もしも私たちが自分のことを全部やってのけたとしたら、男の人たちは何をすればいいの?」

「悪いけど、何もするべきじゃないわ。男にふさわしいことなんて何ひとつないのよ。捕まえて、ゼナーナに放り込んでおくくらいしかできないわ」。

「でも、あの人たちを捕まえて四方を囲んだ壁の中に放り込むなんて、そう簡単にいくかしら?」、私はそう言いました。「それに、もしもそれができたとしたって、他のことはどうなってしまうの −− 政治とか、商売とか −− それも一緒にゼナーナの中に持ち込むの?」。

サラ姉さまはそれには答えず、ただ甘やかなほほえみを浮かべるだけでした。もしかしたら、井の中の蛙のようにものを知らない人間とは議論をしても意味がない、とでも思われてしまったのかもしれません。

その頃には、私たちはサラ姉さまの家に着いていました。サラ姉さまの家は、ハートの形をした美しい庭の中に建てられていました。波形のトタン屋根のついたバンガローです。知る限りどんな贅沢な建物よりも心地よく、素敵な家でした。それがどれほどきちんと整えられ、どれほどきれいに仕上げられ、またどれほど趣味よく飾られていたか、言葉では言い尽くせないほどでした。

私たちは並んで座りました。彼女は客間から刺繍飾りをひとつ持ってくると、そこに新たな意匠を縫いつけ始めました。

「編み物や針仕事のやり方は知っているの?」。

「ええ。ゼナーナでは、やれることが他に何もないんですもの」。

「ここでは、ゼナーナにいる人たちに刺繍なんて任せられないわ!」、彼女は笑って言いました。「男たちときたら、針穴に糸を通すだけの我慢強さも持ち合わせていないんだもの!」。

「これ、全部あなたが自分で作ったの?」。お茶用の小さなテーブルにかける刺繍入りのクロスの数々を指して、私はそう尋ねました。

「そうよ」。

「こんなに沢山のことをやるなんて、どうやって時間を作っているの?仕事もしないといけないんでしょう?違うの?」。

「そうよ。でも、一日じゅう研究室にいるわけじゃないわ。二時間もあれば、仕事なんて終わらせられるもの」。

「二時間ですって!どうやってこなしているの?私たちの土地では役人たち −− たとえば市長とか −− だって、毎日七時間は働いているわ」。

「あの人たちの働いているところ、私も見たことがないわけじゃないわ。あなた、あの人たちが七時間ずっと働いていると思ってるの?」。

「そうに決まってるわ!」。

「いいえ、違うわ。かわいいスルターナ、あの人たちは働いてなんかいないわ。たばこをふかして、ぐずぐずと時を稼いでいるだけよ。仕事の合間に、葉巻を二本か三本はふかしてる。仕事については多くを語るけれど、実際にやるのはほんの少しだけ。葉巻一本が燃え尽きるのに半時間、一人あたり毎日十二本の葉巻をふかして過ごすとしたら、ほら。わかるでしょう。毎日六時間、たばこをふかしてただただ無駄に過ごしているのよ」。

私たちは色々な話題について語り合いました。そしてここではどんな種類の伝染病にも悩まされることもなく、私たちのように蚊に刺されることもないというのが分かってきました。レディ・ランドでは、ごくまれな事故を除けば、命を落とす若者が誰もいないと聞いて、私はとても驚きました。

「私たちの台所を見てみる?」、彼女は私に尋ねました。

「喜んで」、私はそう言って、一緒に見に行きました。もちろん私が行く前に、男たちはそこから下がるよう命じられていました。台所は、美しい菜園の中にしつらえられていました。あらゆるつる草、あらゆるトマトの苗木が、それだけで飾りになっています。台所には、煙も煙突もありませんでした −− とても清潔で明るく、窓は花の園に彩られていました。石炭や火は、影も形も見あたりません。

「どうやって料理をしているの?」私は尋ねました。

「太陽の熱で」、彼女はそう言うと同時に、集められた太陽の光と熱を通す導管を指さし、私に教えてくれました。それからちょっとした料理を作り、そのやり方を見せてくれました。

「どうやって、太陽の熱を集めたり蓄えたりしているの?」私は驚き、彼女にそう尋ねました。

「それなら、まずは私たちの過去の歴史を少しだけお話しさせてね。三十年前のことよ。私たちの今の女王は、十三歳で王座を継承したの。彼女は名ばかりの女王で、実際に国を支配していたのは首相だったわ。

私たちの良き女王は、科学を大変に好まれる方だった。そしてすべての女性に教育を受けさせるようにと、ご自分の国の全土にお命じになったの。そうしたわけで、政府によって多くの女学校が設立され、支援されるようになり、教育が女たちの間にはるか遠く、広くまで行き渡るようになった。それから早婚も禁じられたわ。二十一歳以下の女を結婚させることは許されなくなったの。言っておくけれど、そうした変化が起こる以前の私たちは、厳格なパルダーの下に置かれていたのよ」。

「立場が逆転したのね」、私は笑って口をはさみました。

「それでも隔離には違いないわ」、彼女は言いました。「数年もすると、私たち専用の大学が設立されたわ。男子禁制のね」。

「私たちの女王がお住まいの首都には、二つの大学があるの。そのうちひとつが、すばらしい気球を発明したわ。沢山の導管が取りつけられているのよ。そうやってつないだ気球を、雲海よりも高く浮かべて、大気から好きなだけ水を引き出せるようになったの。大学の人たちが絶えず雲から水を引き出すようになるにつれ、曇り空になることもなくなったわ。独創的な女学長のおかげで、こうして雨も嵐も起こらなくなったのよ」。

「まあ、そうだったのね!ここに泥土がない理由が分かったわ」、私は言いました。けれど私には、どうしたら導管に水を溜めることができるのかが分かりませんでした。それがどのようにして成し遂げられるのか、彼女が説明してはくれたものの、私の科学の知識はとても限られており、彼女の理解に追いつくことはできませんでした。それでも彼女は話を続けました。

「これを知ったとき、もうひとつの大学にいる人々はものすごく嫉妬したわ。そしてそれよりも、もっと特別なことをやろうとしたの。こうして、好きなだけ太陽の熱を集めることのできる機械が発明されたの。この人たちは熱を蓄えて、他の人々にも必要な分だけ分け与えるようにしたわ。

女たちが科学的な研究に携わっている間、この国の男たちはせっせと軍事力を拡大していったわ。女たちの大学が大気から水を引き出したり、太陽から熱を集めることができるようになったことを知っても、ただあざ笑うだけだった。そしてそのすべてを、『感傷的な悪夢』と呼んだのよ!」。

「あなたたちが達成したことは、本当にとても素晴らしいわ!でも教えてちょうだい、どうやってあなたの国の男たちをゼナーナに入れたの。最初は罠にかけたりしたの?」。

「いいえ」。

「彼らが自由や、開放された生活を自分から放棄して、四方を壁で囲まれたゼナーナに自分から閉じ込められようとするとは思えない。強制されたに違いないわ」。

「そう、その通りよ!」。

「でも誰が?きっと、女戦士たちがいたのね?」。

「いいえ。武力ではないわ」。

「そうね、そんなはずがないわね。だって男は女よりも腕力があるもの。だったら、どうやって?」。

「頭脳よ」。

「頭脳だって、女よりも大きくて重いのよ。そうでしょう?」。

「そうね、でもそれが何だっていうの?象だって、人間より大きくて重い脳みそを持ってるわよ。それでも人間は象を飼いならして、思い通りに働かせることができるわ」。

「まあ、その通りだわ。でもお願い、教えて。本当のところ、いったい何が起こったの?どうしても知りたいのよ!」。

「女の頭脳は、男のそれよりもいくらか回転が早いのよ。十年前、軍人たちが私たちの科学的な発見を『感傷的な悪夢』と呼んだとき、何人かの若い女たちは、そういう発言に対して何か言い返したがっていたわ。でもどちらの女学長も、彼女たちを引き止めてこう告げたの。言葉じゃなく、機会を捉えて行動で返すべきだと。そしてその機会は、遠からず訪れたわ」。

「なんてすてきなの!」私は心から手を叩き大喜びしました。「そうして今や誇り高き紳士たちの方が、感傷的な夢にひたっているというわけね」。

「その後まもなく、近隣の国からある人々が私たちのところへ避難してきたの。その人たち、何か政治的な罪を犯して困ったことになっていたのね。善良な治世よりも権力を重視していたその国の王が、私たちの心優しい女王に、その人たちを彼の役人に引き渡すよう頼んできたわ。彼女は断ったの、難民を見捨てるなんて彼女の主義に反することだったから。拒否されたことを理由にその国の王は、私たちの国に対して宣戦を布告したの。

私たちの国の軍人は、敵と相まみえようとたちまち勇み足で飛び出していったわ。けれど敵は、あまりにも強かった。私たちの兵士は勇敢に戦ったわ、それは疑いのないことよ。でもねえ、どれほど勇敢かどうかに関わりなく、その国の軍勢は日に日に、私たちの国に対する侵略を深めていったの。

男たちのほぼ全員が、戦争に出かけていったわ。たった十六歳の少年でさえ、家には残されていなかった。私たちの兵士のほとんどが殺され、残った者は追いやられ、敵はとうとう首都から二十五マイルのところまで攻め入ってきたわ。

この地を救うには何をすべきか、何人もの賢い女たちが女王の宮殿に集まり、助言をするための会議が開かれたわ。ある人たちは、兵士のように戦うことを提案した。女は剣や銃を持って戦う訓練は受けていないし、武器で戦うことにも慣れていないのだからと反対した人たちもいた。また別の人たちは、私たち女は絶望的にかよわい体をしていると言って残念がっていたわ。

すると女王がこう言ったの。『身体の力が劣るせいで、自分の国を救えないというのなら、頭脳の力でやってみましょう』。数分の間、誰もが沈黙していたわ。いと高き女王陛下は、こうも言ったの。『私の土地と名誉を失うくらいなら、私は死を選ばねばならない』。

その時よ。会議の間じゅう、ずっと黙って考えていたふたつめの大学(太陽の熱を集めていた方の大学よ)の女学長が、自分たちは何もかもを失っており、残された希望もほとんどない、と述べたの。でも彼女には、ひとつのある計画があったのよ。以前から試したいと思っていた、それもこれが最初で最後になるだろう計画がね。もしも彼女が失敗したなら、残された道は自ら死を選ぶことのみ。その場にいた全員が、たとえ何が起きようとも、自分からすすんで奴隷になるなど、決してあってはならないと厳かに誓ったわ。

女王は彼女たちに心から感謝し、女学長に彼女の計画を試してみるよう頼んだの。すると女学長は再び起立して、こう言ったの、『私たちが外へ出る前に、男たちはゼナーナに入らなくてはならない。私はこの祈りを、パルダーのために捧げましょう』。『ええ、もちろんですとも』、いと高き女王陛下はそうお答えになったわ。

翌日、女王は男たち全員に、名誉と自由のためにゼナーナに入り、休息するよう呼びかけたわ。傷つき疲れていた彼らは、その命令をむしろ恩恵と捉えたのよ!彼らはすっかり安心しきって、ひとことも文句を言わずゼナーナに入っていった。彼らは、この国には全く望みがないと信じ込んでいたのね。

それから女学長と、彼女の女学生たち二千人は戦場を目指して行進し、到着すると集めておいた太陽の光と熱のすべてを敵に向けて放ったの。

あまりにも大量の光と熱に、敵は耐えられなかった。焼き焦がすような熱にどうしていいか分からず、慌てふためいて逃げていったわ。逃げるときに置き去りにされた、戦争に使う銃や弾薬も、同じ太陽の熱で燃え尽きたの。それ以来、誰も私たちの国を二度と侵略しようとはしなくなったわ」。

「そしてそれ以来、あなたの土地の男たちもゼナーナから出てこようとはしないのね?」。

「もちろん自由になりたがってるわよ。警察の長官や地方の裁判官の中には、確かに軍人たちの失敗は、投獄に値するには違いない、とはいえ彼らは義務を怠ったわけではないのだから、処罰されるべきではない。それぞれが戻るべき職務に復帰できるよう祈る −− と、まあそんな嘆願を女王に送った者もいたわ。

いと高き女王陛下は、必要とあらば彼らを職務に復帰させないこともない、とほのめかす回覧状を送り返したの。そしてそれまでの間は、このまま留め置かれるべきだとも。今となっては彼らもパルダーに慣れて、隔離されることに不平不満をこぼすこともなくなった。だから私たちもこの制度を、『ゼナーナ(婦人部屋/女性隔離)』とは呼ばずに『マルダーナ(紳士部屋/男性隔離)』と呼んでいるわ」。

「でも警官や裁判官もなしに、窃盗や殺人が起きたときにはどうやって取り仕切っているの?」。

「『マルダーナ』という制度が確立されてからというもの、犯罪も罪悪もなくなっていっているわ。だから私たちには犯人をつかまえるための警官も必要ないし、犯罪を裁くための裁判官もいらないのよ」。

「それは本当に良いことだわ。もしも正しくない人がいたとしても、叱って簡単に済ませることができるというわけね。一滴も血を流さずに決定的な勝利を得たあなたたちからすれば、犯罪や罪人を一掃するのもそう難しいことではないわね!」。

「さあ、かわいいスルターナ。ここに座る?それとも私の客間に行かないこと?」彼女は私にそう尋ねました。

「あなたの台所ときたら、女王の私室にも劣らないんですもの!」、私は楽しげな笑顔でそう応えました。「でもそろそろおいとましようかしら。長いこと台所仕事から追い払われた殿方たちが、私のことを呪っているかもしれないわね」。私たちは、二人とも心から笑い転げました。

「家に帰ってお友だちに話してあげたら、どんなに喜び、驚くかしら。はるか遠くのレディ・ランドでは、男たちがマルダーナに閉じこもって子育てしたり料理をしたり、ありとあらゆる家事をやっている間に、女たちが国を治め、社会の問題を取り仕切ってる。それにその料理ときたら。料理することが純粋に楽しくなるほど簡単にできてしまうだなんて!」。

「ええ、そうね。あなたがここで見たことすべてを、お友だちにも話してあげてね」。

「ねえ教えて、あなたたちはどうやって土地を耕しているの。畑を育てたり、他にも色々と大変な手作業があるでしょう」。

「私たちは電気を使って畑を耕しているわ。電気は、他にもたくさんの重労働をこなすための動力をもたらしてくれるの。私たちは空中移動にも電気を使ってる。だから鉄道も、舗装された道路もここにはないのよ」。

「と、いうことは鉄道事故や交通事故もここでは起きないのね」、私は言い、それからこう尋ねました。「雨が降ったらいいのに、と思ったことはないの?」。

「『水の気球』が作られて以来、まったくないわね。ほら、大きな気球と、取り付けられた導管が見えるでしょう。あれのおかげで、私たちは必要なだけの水を引くことができるわ。それに、洪水や豪雨に苦しめられることもないの。自然からどれだけ沢山の恩恵を得るか、これだけでも十分忙しいのに、お互いに争っているひまも、怠けて過ごすひまもないのよ。私たちのいと高き女王は、とりわけ植物がお好きなの。この国全体をひとつの壮大な植物庭園に作り変えることが、彼女の最大のお望みなのよ」。

「それはすばらしいお考えだと思うわ。あなたがたは何を主食にしているの?」。

「果物よ」。

「暑い日には、どうやって国を涼しく保っているの?夏に降る雨は、天の恵みだと思っていたけれど」。

「暑くてたまらなくなったら人工の噴水を使って、地面に沢山の水をシャワーのように浴びせるの。それから、寒い日には太陽の熱で部屋を暖めるわ」。

彼女は、浴室を見せてくれました。屋根が開閉式になっており、屋根を動かして(それは箱の蓋のようでした)、シャワー菅の蛇口をひねるだけで、好きなときにいつでも入浴できるのです。

「あなたたちったら、何て幸運なのかしら!」、私は思わず叫んでいました。「何でもそろっているのね。質問してもいいかしら。あなたたちの宗教は?」。

「愛と真実に基づくのが私たちの宗教よ。お互いを愛し、お互いに絶対に真実であることが、私たちの宗教の義務なの。もしも誰か嘘をつく人がいたら、その人は……」。

「死刑になるの?」。

「いいえ、死刑にはならないわ。私たちは神の作った生きものを殺して楽しんだりはしないわ、特に人間はね。この土地を良い状態に保つためにも、嘘をついた人はここから立ち去り、二度と帰らないよう命じられるの」。

「犯人が許されることは決してないのかしら?」。

「心から悔い改めれば、許されるわ」。

「自分の親族以外の男性には、会ってはいけないことになっているの?」。

「神聖な親族以外はね」。

「私たちの場合、神聖な親族にあてはまる身内の輪がとってもせまいのよ。一番近いいとこでさえ、神聖ではないとされているわ」。

「でも、私たちの場合はそれがとても広いのよ。遠く離れたいとこだって、兄弟のように神聖だとみなされているの」。

「それはすごく良いことだわ。この土地を統治するのは純潔そのものなのね。私、あなたたちのすばらしい女王さまに会ってみたいわ。こういう法律のすべてを作り上げた、とても賢明で思慮ふかい方なのね」。

「いいわよ」、サラ姉さまは言いました。

それから彼女は腰掛けをふたつ、四角い一枚の板にはめ込みました。そしてこの板に、彼女はふたつのなめらかな、よく磨かれた球を取りつけました。その球がいったい何なのか、私が尋ねると、彼女はそれが水素球であること、これを使って重力を無効にすることなどを説明してくれました。そして持ち上げたい分だけの重量に応じて、それぞれ異なった球があるのです。それから彼女はこの空飛ぶ車に、二枚の翼のような羽根を固定しました。彼女が言うには、これは電気で動くのだそうです。私たちがゆったりとそれに乗り込んでから、彼女が把っ手にふれると、羽根が旋回し始め、それは徐々に、そしてますます速くなってゆきました。最初に六、七フィートほどの高さに浮いたかと思うと、私たちはもう飛んでいました。そして自分が移動していることを飲み込むよりも先に、私たちは女王の庭についていました。

友人が機械の動きを逆回りにすると、空飛ぶ車は下へ降りてゆき、地面に触れたかと思うと停止して、私たちは車を降りました。

私は空飛ぶ車から、女王が幼い娘さん(四歳になるそうです)と、お付きの女官たちと一緒に庭を歩いているのを見ていました。

「ハロー!ようこそ、いらっしゃい!」、女王が大きな声でサラ姉さまに挨拶しています。私はいと高き女王陛下に拝謁しましたが、どんな固苦しい儀式もなしに、心からの歓待を受けました。

私は彼女と知り合えて、とても嬉しく感じていました。会話の中で彼女は私に、自分の国と他の国々との交易を許可することには何の異論もない、と仰いました。「でもねえ」と、彼女は続けてこうも仰いました。「女たちがゼナーナに閉じ込められているような国では無理よ。私たちとの取引ができる国ではないんですもの。だって男たちって道徳がなっていないでしょう、だから取引したくないのよ。私たちは他の人たちの土地を侵略したりしないわ。ダイヤモンド欲しさに争うこともしないわ、たとえそれがコーイ・ヌールの千倍も輝いていたとしてもね。孔雀の羽根を飾った王座につく支配者を、羨ましいとも思わないし。私たちは知識の海を深くもぐるの。求めているのは、自然が私たちのために用意してくれた貴重な宝石よ。私たちはできる限り、大自然の贈り物を追求し続けるの」。

女王とお別れした後で、私は有名なあの大学を訪れ、それから彼女たちの工場や研究所、展望台などを見に連れて行ってもらいました。

こうして数々の名所を訪れてから、私たちは再び空飛ぶ車に乗りましたが、動き始めるとたちまち、どういうわけか私はすべり落ちてしまいました。落下に驚いて、私は夢から覚めました。そして目を開けてみると、私は相変わらず自分の寝室で、あの安楽椅子にもたれかかっていたのです!

 


原文:Sultana’s Dream by Rokheya Shekhawat Hossein (1880 – 1932)
原著者:ベーグム・ロキヤ(ウィキペディア)

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