healing the wounds

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何となく、ふたたび見たくなったので引っ張り出してみました。9/11の少し後くらいに配布された小冊子。

ハムザ・ユースフさんやザイド・シャキールさんといったカナダ/北米在のムスリム(非ムスリム)が中心になって運営していた、IHYA PRODUCTIONという学習サークル?みたいなのが当時あって(今はザイトゥーナ・インスティテュートを経てザイトゥーナ・カレッジという名称の、アラビア語やイスラム法学のカレッジになっている)、「ブックレットを作ったよ!1号はすぐに無くなっちゃったから送ってあげられないけれど、2号を楽しみに待っててね!」みたいなアナウンスがあったかと思ったら9/11が起きた。それで届いた2号が↑だった。

めくると最初の2ページは、簡単な祈祷のトランスリテレーションとその翻訳。神様の御名(属性)を唱えましょう、「latifun latifun lutfuhu da’iman lutfu(優しい方、優しい方、かれの優しさは尽きません)」というような。

次のページはカナダ在ムスリムの巻頭言、その次のページには「彼らと、悲劇の犠牲者となった全ての人々に捧げます」として、この小冊子を作成した時点でムスリムであることが確認された犠牲者の方々のお名前が列記されている。

それからいくつかのコラムと、あとは実践的なアドバイスなど。「ムスリム女性ならびにアラブ的外見の皆さんのための安全策」として、「一人で出かけない」「何かあった時のために、お互いの家を避難場所とする」「びくびくしながら歩いていると逆に危険なので、意識して胸をはって堂々と歩く」みたいなこと。

それからアフガン侵攻に対する苦言、アフガンの、主に女性を支援する団体の連絡先、推奨図書の紹介など。

コラムのいくつかは今読んでも、何と言いますか、示唆に富んでいる。「私達のコミュニティは以前から正しい導師を必要としている、いないことはないけれど、アクセスが非常に難しい」「とにかくヘイトスピーチは絶対に拒否すること。金曜礼拝のたびにキリスト教を悪に仕立てて、キリスト教徒が大切にしている儀式や祭礼を呪うようなイマムは避けるように」「いったい『メリークリスマス』と、隣人の祝日が善いものであるよう祈るというだけのふるまいを、何度禁じれば気が済むのだろうか」

以前に、某大学の学生さんが卒論だか何だかのためにインタビューをしたい、というので協力しかけたものの、やめたことがある。この小冊子を見せたところ、「でもそういうムスリムって主流じゃないですよね」みたいな、「少数派でしょ」「一般的じゃないでしょ」みたいなことを言われて、何か無性に腹が立って依頼を断ったのだった。

彼には彼の都合があるんだろうけれど、わたしにもわたしの都合があるし、彼の都合に合わせるわけにも行かないし。一生おまえの考える「主流」で「多数派」で「一般的」なムスリムを探してろ、と思いました。おしまい。

別のところに書いたのを、こちらに保存しました。