メトロポリタン美術館(以下MET)、自分とこのMetPublicationsで制作している出版物を、2012年から順次オンライン上で公開するということをやってくれています。先日、ふと覗いてみたところ、400冊弱から始まったのが、今では500冊を超えていました。out of printになっているものはだいたいpdfでダウンロードできます。これがすごくすごいんですよ……。例えばわたしが「先日、ふと覗いてみた」のはこれだったのですが、:
Illustrated Poetry and Epic Images: Persian Painting of the 1330s and 1340s 上記で例として挙げた一冊。14世紀ペルシャの写本2冊を紹介してあり、そのうち1冊はMET所蔵のシャー・ナーメ(後述)、そしてもう1冊がThe Mu’nis al-ahrarという、こちらがわたしの目当てだったのですが、「複雑玄妙な詩の読解のための自由人の友」といった具合のタイトルがついているこの御本、全体的には科学読本的なアンソロジー的なものなのだが、最もユニークなのが29章の部分で、この章は黒字で書かれた文章だけを読んでも何の意味も通じないが、添えられている挿絵と一緒に読み進めることで文意と韻とが成立するように書かれている/描かれているという、一種の絵解き本というか、なぞなぞの御本なのだそう。その29章の英訳が収録されているという、とてもお得感のある一冊です。
A Handbook of Mohammedan Decorative Arts 「モハンメダン装飾芸術ハンドブック」。本当は、こちらが最初の一冊となるべき。タイトルで分かる通りの、1930年の古い御本。今なら「イスラム(イスラーム)装飾芸術」と題されるであろうところの、この宗教芸術の一大ジャンルを細密画、書道、写本と製本、石工&ストッコ芸術、木工、象牙や象眼細工、金工にエナメル、セラミック、ガラスにクリスタル、テキスタイルといった具合に技法ごとに大きく分類し、それぞれ時代や地域、成果物ごとに解説してあります。コンパクトによくまとまっていてよいです。図版は白黒ですが、そこはオンラインの便利なところで、例のAdditional resourcesタブのところに画素がみっちり詰まった高品質のフルカラー画像がずらりと並んでいるので、それを眺めながら読めばいいと思うよ。
Following the Stars: Images of the Zodiac in Islamic Art イスラム美術における星座のイメージ、というピンポイントなところをせめてくる50ページほどの小冊子。これは好きな人は好きでしょう。あくまでも星座をモチーフとした美術工芸品を並べて星座についてあれこれおしゃべりというか解説というか、まあふんわりするという、まさにおほしさまを追いかけるだけのタリスマンティックな御本なので、アストロラーベとか天球儀とか望遠鏡とかといった硬派サイエンスなガチ勢は登場しません。だってそんなんしちゃったら星に追いついて追い越しちゃうからね。追いかけていたいだけなの。
The Minbar from the Kutubiyya Mosque モロッコはマラケシュに位置するクトゥビーヤ・モスク。ここに置かれている高さ約3.8m、奥行約3.5m、幅約90cmの木製のミンバル(説教壇)。前口上によればこのミンバル、その前身は1137年のコルドバにまで遡れるそうな。ムラービト朝の最後のスルタン、アリー・イブン・ユースフが自らのモスクのために注文したもので、その壮大さと美麗さでたちまち西方イスラム世界じゅうの大評判となり、その後1147年、ムワッヒド朝のアブドゥル・ムウミンがマラケシュを陥落し、アリーのモスクを破壊した時もこのミンバルだけは残したほどで、マラケシュ市民もその処置に喝采を送ったとの由。以来800余年に渡りモロッコの至宝として守られてきたこのミンバルの、METとモロッコ王国文化庁スタッフの皆さんによる9ケ月に及ぶ修復や洗浄、そして調査と新発見の記録。
Islamic Jewelry in The Metropolitan Museum of Art タイトル通りの、MET所蔵のイスラム宝飾品。初期(7-10世紀)、中世前期(11-13世紀)、中世後期(14-17世紀)、近現代(18-20世紀)のフェーズに分けて様々なジュエリーを紹介してある。しかし宝飾品というものは、どうしたっていわゆるトライバル的な造形が色濃く表現されてくるという性格を持っていますね。「イスラミック・ジュエリー」というジャンル分けの仕方が正しいのかどうか、ちょっとあやふやな感じがします(インタリオとかはともかくとして)。宝飾品の方が宗教よりも人類の中では歴史が長いのだから当たり前といえば当たり前のことなのですが、そのあたりを再度ふまえて眺めてゆくのがよいと思いますですよ。
A King’s Book of Kings: The Shah-nameh of Shah Tahmasp 「王の王書」。シャー・ナーメ、邦題にして「王書」とは10世紀の詩聖フェルドゥスィーによる全60000対句に及ぶペルシャ民族叙事詩で、その写本や写本部分は数多く存在するが、ここで解説されているのはサファヴィー朝第二代シャー、タフマースブ一世が所有したとされるもので、総計258の質の高い細密画、精緻なイルミネーション、そしてすばらしい装丁技術の施された「持ち運べる美術館」とも形容される一冊。フェルドゥスィーさんについてはもちろん、タフマースプ一世さんについてとか、サファヴィー朝についてとか、サファヴィー朝期の西アジアにおける画家の社会的地位とか、そういう解説もおもしろいのですが、細密画を見ているだけでもじゅうぶんに楽しめます。日本語だと岩波文庫の岡田恵美子氏版と平凡社東洋文庫の黒柳恒男氏版があるので(どちらも抄訳)、それらを片手に、両手でもいいけど、細密画をめくりめくりするといいと思うよ。
Persian Drawings in The Metropolitan Museum of Art 「王書」写本をめくってみて、ペルシャの細密画おもしろいなあ!と思ったら、これもめくってみてください。もっとおもしろくなってきます。たとえばこれとか。「二人の羅漢像」と呼ばれる一枚で、中国の水墨画を模写したものと考えられています。図画の左下の隅っこに「ウスタズ・ムハンマド・***・カレム」と記してあり、(御本ではなくMETサイト本体の方にあった解説によれば)まあ順当に考えればこれってスィヤー・カレム本人なり、スィヤー・カレム派の画家なりの作だよねとの由。中国水墨画が実際にペルシャに伝播したのは13世紀後期から14世紀初期のイル=ハン朝期支配下でのことだそうです。紙作りなんかもモンゴル襲来と共に伝わってきたんですよね。
町は3世紀、サーサーン朝のシャープール1世によって創建され、その名が付けられた。近くに豊富なトルコ石を産する鉱山がアリ・メリサイ山(mount ali mersai)にあった。その後、一時期衰退するが、9世紀にターヒル朝がこの地に生まれるとニーシャプールはその都となり、バグダットやカイロに比肩するほど盛隆し、ヨーロッパに輸出する陶磁器の生産で再び重要な町に返り咲いた。
Anvari’s Divan: A Pocket Book for Akbar ムガール王国第三代君主、大帝アクバルが命じて作らせた細密画+カリグラフィーで構成された宝石箱のような御本。細密画はアクバルお抱えの宮廷画家の手によるもので、アクバルのお父さんフマユーンがペルシャから連れてきた人たちだそうです。画家の皆さん、がんばりましたね。えらかったですね。色の選び方とか、クライアントの好みにどれだけ忠実なんだよっていう感じします。まあちゃんとご注文通りに仕上げないとたいへんなことになるというのもあるんでしょうけれども(何しろ「大帝」だから)。「音楽性の違い」とか言っている場合ではない。